084;七月七日.09(シーン・クロード)

「がぁぁぁあああああ!」


 抜いたふたつの短剣のそれぞれを、俺と髭野郎ダルクに向けて投擲するスーマン。

 頭上には《バタフライエッジButterflyEdge》というスキル名。しかし回転する刀身からは白い煙が周囲へと漂っている――やはり毒だったか。


 スーマンは鞘を毒で満たし、納めた短剣の刃に常に毒を補充していた。

 以前に対峙した際は掠っただけで全身を弛緩させる麻痺系の毒だったが……今回はどうだろうな、何せ前の時と様相が変わっていやがる。

 何にせよ、大きく回避するべきか――そう考えて《ラテラルスラストLateralThrust》を行使した瞬間。


ァ――ッ!」

「ぐぶっ!?」


 跳び退こうとした横っ面を、髭野郎ダルクに強烈に蹴られてしまった。

 しかしスキルは予定通りに発動し、俺の身体は吹き飛びながら大きく壁の方向にスライドする。

 空を切った回転する短剣が巻き戻り、経路上に白い煙を撒き散らしてスーマンの手に収まる。その、直後。


「きゃぁっ!?」


 ドカドカと燃え上がる、爆発の連続が沸き起こった。短剣が撒き散らしていたのは誘爆剤。火臣ウォースピリットとなったスーマンの自動追尾攻撃が起爆させたのだ。

 髭野郎ダルクは短剣こそ躱していたものの、見事にその爆発に巻き込まれた。だが俺の絶命の一撃フェイタルを受けてもピンピンとしていた奴だ、どうせ何とも無い涼しい顔をしているに違いない。悲鳴はブラフだろう。


 立ち上がった俺は槍を構え直してスーマンに向き合う。メラメラと表皮を燃やすスーマンは絶望に怒り狂ったような表情で俺を睨み付け、そして叫び上げる。


 《シャウトShout


クソがっFxxk!」


 蛮士バーバリアンの基本にして真髄のスキル、《シャウト》――味方に勇気を与えながら敵には恐怖を撒き散らす、何とも使い勝手のいいスキルだ。

 無論俺は撥ね退けるが、それでも行使者自身に及ぶ効果が消えるわけじゃない。スーマンの頭上には[勇敢Brave]というステータス付与の表示が浮上PopUpしている。


「がぁぁぁあああああ!」


 表示が切り替わる――《クリティカルエッジCriticalEdge》。命中させた攻撃を程度に関わらず強制的に致命の一撃クリティカルへと変化させる凶悪なやつだ。

 しかし、スーマンの太刀筋はてんで素人だ。レベルは高くなったのだろうが、それでも多少の差ならば地力でどうにでも引っ繰り返せる。トリックスターでも無い限り、その刃が俺を捉えることは無い。


「突っ込んでくれて助かるよ――《ペネトレイトPenetrate》!」


 当たり前だが、短剣に比べて槍と言うのは射程リーチが長い。振り被った一瞬を捉え繰り出した突きはスーマンの胸に突き刺さってその突撃を止める。

 その時にはすでに俺の頭上のスキル表示は切り替わっている――穂先を突き立てた場所から大きく跳び上がる跳躍スキル《スピアヴォールトSpearVault》だ。

 跳び上がった際に、ついでにスーマンの身体から噴き出る炎の自動反撃も躱せる――全く、相性がいいねぇ!


「がはぁっ!?」


 たたらを踏んで耐えるスーマン。しかし慌てて短剣を振り払っても俺はもうそこにはいない。


Hey, I’m here.おいおい俺はここだぜ?――がぁっ!?」


 降下からの強烈な一撃を叩き込む筈が、それを髭野郎ダルクの蹴りが阻む。

 ちぃっ、そういやアイツ、空飛べるんだったな――くそ、厄介な奴だ……


「アタシのことぉ。忘れちゃってなぁい?」

煩ぇよ Shut up ――」


 筋肉量に正比例する蹴りで大きく体勢を崩して落下した俺は、スーマンの追撃を逃れるために《ラテラルスラストLateralThrust》で再び大きく距離を取って着地する。

 スーマンは追手である俺しか眼中に無い様子で、狂気じみた形相で駆け込んでくるし、空からは滑空する髭野郎ダルクがスーマンを利用する形で肉薄する。


 おいおい、三竦みはどこ行ったよ。


「はぁ……独りぼっちは寂しいね、っと!」


 重心を低く構えながら、俺は心の中で強く想起する。

 途端に足元から湧き上がる水飛沫――《原型解放RenegadeForm》だ。


 スーマンの属性は火。対する俺は水。この世界の法則Ruleじゃ、火は水に。いくら解放Form変異Shiftで強弱があろうと、レベル差もそこまで離れていない俺とスーマンの相性は本当にいい。


「らぁっ!」

「がぼっ!」


 薙ぎ払った一閃が突進してきたスーマンの腹部を斬り裂き、その回転を弛めずに今度は足元から斬り上げる斬閃を放って仰け反らす。


「ほら、十字だぞ?」


 《クロスグレイヴCrossGlaive》――斬痕が砲撃を放ち、スーマンを、そしてその斜め後ろを飛んでいた髭野郎ダルクを吹き飛ばす!


 ちなみに《クロスグレイヴCrossGlaive》の属性は通常だと日属性だが、《原型解放RenegadeForm》状態にある場合に限り自身の属性に変更することが出来る。

 あの髭野郎ダルクは光の双翼を生やしていることから《天遣イリオスのアニマ》だってことは判る。つまり、日属性だ。同じ属性での攻撃はダメージが減少する。だから俺は《クロスグレイヴCrossGlaive》を水属性で放ったのだ。


「がっ……ぐ……ぅ……」


 火属性どころか火の化身になったスーマン相手には効果は覿面てきめん。何せ、弱点属性による攻撃は倍になるからな、変異Shiftは。

 取り敢えずそのまま眠ってくれると大いに助かるが……


「やるじゃなぁい♪」

「はぁ……ま、そうだよな。ピンピンしてるよな」


 青い光の残滓が晴れたそこから現れた、何も無かったかのように涼しい顔をしている髭野郎ダルク。身体や衣服に傷や汚れがついていることから、幻などの類じゃなくただ単に耐えているのだと思うと本当に嫌な気分になった。


「流石、だわぁん」


 しかしその言葉で、嫌な気分は吹き飛んだ。

 ノア・クロード――俺の探している、実の兄にしてこのゲームの開発者の一人。


You!お前! Why that name!?どうしてその名を!?

「教えてあげると思うのぉん? ふふ、可愛いこと……ァッ!」


 来た! あの一瞬で距離を詰める


「ぐぅっ!」


 ガツンと髭野郎ダルクの拳が縦に構えた槍の柄にぶち当たる。普通なら拳が割れてもおかしくない衝撃が走り、だが髭野郎ダルクの奴は止まらない。


ァァァアアアアアッッッ!!!」


 怒涛の連撃Rush――槍は遠間なら利を得られるが、こんな風に肉薄されると途端に弱い。推進系スキルで跳び退いてもあので距離を帳消しにされ、跳び上がっても髭野郎ダルクは空を飛んで追従してくる。


「どうしたのかしらぁん? さっきまでの威勢が嘘みたいよぉん?」

「ぐ、っ――クソがっ So Fxxk !」


 埒が明かない――万事休す、って奴か?

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