080;七月七日.05(姫七夕)

「え、そんなにかかったんですか!?」


 固有兵装ユニークウェポンを着ぼくが、ヘアメイクとお化粧を施してここに来るに至った経緯を聞いたジュライは珍しく判り易い表情を見せました。


「そんなに……」


 愕然とさせてしまったぼくは途端に胸がぎゅうと締め付けられるような想いに駆られ、申し訳ない気持ちでいっぱいになります。


「せやけどジュライくん? 女の子が可愛くなるためやったらそれは惜しんだらあかんやつやで? そらたかがされどって言いはるかも知れんけど」

「え? ああ、すみません。三万強ですよね、でも僕たちレイドクエストのおかげでウハウハなので、そこは別に気にしてません」

「「「はい?」」」


 その場にいた女性陣3名――ぼくとアイナリィちゃん、そしてユーリカさん――が絶妙な共鳴ハーモニーを奏でます。っていうか、え、ジュライ? じゃああなたは一体何を気にしていたの……?


「実は……固有兵装ユニークウェポンの名前を決めるのに瞑想をしていたんですが……僕としてはほんの二、三分だと思っていたんですけど、まさか二時間以上も瞑想していたなんて思っていなかったので……」


 時間のことでした!


「アイナリィさんの意見には僕も同意です。女子にとっての“美”というものは、男子にとっての“強さ”と同じで惜しみなく時間とお金をかけるべきだと僕は思います。ああ、勿論、今の世の中ですから、性別がどう、というのは関係ないですね。とにかく、余裕があるならば手を着けてもいいと思いますし、それを目標とするなら邁進できますし」


 ぼくたちはぽかんと顔を見合わせ、そしてアイナリィちゃんがひとつ感嘆し、ぼくの肩に手をぽんと置きました。


「……えらい上玉やんか。財布の心配あらへんな?」


 褒められてるってことで良いんですよね!?


「そう言えば、セヴンのその魔装はもう名付けたのか?」


 ユーリカさんがぼくに話を振りました。場の興味の対象がぼくに移り変わります。


「はい。着替えている間ずっと考えていたんですが……」


 ぼくは〈織女しょくじょ星衣ほしぎぬ〉というこの固有兵装ユニークウェポンの名前を訥々と発表しました。

 うまく名付けられたか心配ですが、三人の反応はまずまず。まぁ、変えたくなったら固有兵装ユニークウェポンの強化時に変更することも出来ますから。もっといい名前を思い付いたら、変えるってことも視野に入れればいいと思います。


「ええなぁ、二人とも。何やうちも固有兵装ユニークウェポン欲しくなってきたわ」


 アイナリィちゃんのぼやきを聞いて、ユーリカさんが眼を輝かせました。


「おっ!? じゃあ行くか? ジュライもセヴンも、新装備の性能試したいだろ? アタイは勿論、自分が作った固有兵装ユニークウェポンの試し切りには付き合いたい!」

「えっ、初めて作ったんですか!?」

「ああ、初めてさ。言っただろう、アタイもレベル30一人前にはだって。まぁ今はレイドクエストのおかげで、参加してないのにボーナス経験値もらえたから腕は上がってるけどさ」

「「「ボーナス?」」」


 なんだか今日は、異口同音ユニゾンの多い日です。


「え、知らない? レイドクエスト終了時に登録完了していたプレイヤー全員に、一律10レベル分のボーナスが発生しているって話だけど」


 ぼくたちは顔を見合わせましたが、勿論そんな話は初耳です。


「登録完了って……キャラクターを作っていなくてもですか?」

「そうそう。そういう場合は、キャラクターメイキングが完了した時点で経験値が付与されるんだってさ」

「そんなん、参加せぇへん方がとくやない?」

「そうでも無いだろ。参加者は戦果に応じた経験値と報酬がもらえるんだから。あくまで非参加者は経験値だけ。初めてのお祭りなんだし、いいんじゃないか?」


 そう言われると、確かに課金型のソーシャルアプリなんかは何かと記念記念とガチャのサービスなんかがあったりしますよね。VRMMORPGではあまり聞かないですけど……


「あとは……今回のレイド、かなりギリギリだったらしいじゃん。もっとゲームを盛り上げるために、人手プレイヤーが欲しいんじゃないか?」


 なるほど、それは一理あると思います。

 確かに、レイドに代表されるお祭りの度に非参加者でも経験値がもらえるとなると、プレイヤーの数は増えるかもしれません。

 でも、参加者と非参加者の間に軋轢が生まれそうですけど……


「数値的な強さは上がっても、実力が増えるかと言ったらそうじゃないですよ」


 そこでジュライが挟んだ口に、三人の目がまた集中します。


「スキルを使いこなすにはある程度やはり訓練が必要ですし、このゲームは現実の身体感覚の延長線上にありますから。ぽっと湧いた付け焼刃の10レベルなんて、伸びしろにしかなりません。だから、そこまで心配することじゃ無いと思います。それに……」

「それに?」

「……ゲームを楽しんでもらうために、運営さんが一生懸命考えて下した措置です。気兼ねなくもらっておいていいと思います」

「「「おお」」」


 ジュライが、まさか運営の肩を持ちました!


「あと、僕としてはたくさんプレイヤーが増えれば、きっと強い人も増えますから。そういった方々と《決闘》したり、レイドなどで共闘するのはとても楽しいはずです」


 今日のジュライは判り易い表情が多いです。にこにこと、本当に楽しそうな笑顔を見せてくれています。

 でも引っかかったのは、ジュライの口から出た《決闘》という言葉。

 ジュライはこのゲームがVRMMORPG、引いてはゲーム自体の初めてです。一通り小出しにこのゲームがどういうものか等は伝えてきましたが、ゲーム内のシステムやルールを自分から口にするのは何だか違和感があります。


「ジュライ?」

「何でしょう?」


 だってジュライを相手にこれまでフレンド申請が出来なかったのです――謎の、システムによる警告アラートを受けて。

 どうしてだか今は鳴りを潜めていますが、警告アラートは強制的に思考を棄却するなんていう暴挙でそれを阻み続けていました。

 《決闘》はフレンドとなったPC同士でしか行えません。パーティ戦なら必ずしもパーティメンバー全員がフレンドじゃなくても、最低一人ずつフレンドになっていればいいのですが、そもそもぼく自身が《決闘》未経験なのです。つまり――


「誰かと、《決闘》したん、ですか?」

「ああ、そう言えば言うのを失念していました。すみません」


 それは、つまり――


「あのロアさんと縁あって、フレンドになりました」

「「「ええっ!?」」」


 ぼくたち女性陣はわたわたと慌てふためきました。

 ロアさんのことは勿論、レイドクエストの前から知っています。このゲームのトップレベルの冒険者であり、またパーティを組まないソロプレイヤーとしても非常に有名なのです。

 どうしてもパーティを組まなければならないクエストの攻略のためだけに、初心者さんを誘ってまるで実地研修みたいに攻略をこなす様から、一部では“教官”などと呼ばれることもあります。

 でも、そのロアさんは自分が誘ったパーティやPCと、フレンドになることはありませんでした。そのことは非公式のまとめサイトにも載っています。

 それが本当なら、ジュライはロアさんの唯一のフレンドということになります。そして逆に、現時点でジュライにとってもロアさんが唯一の――


「ちょっとジュライくん!? 君なぁ、セヴン言う女性ひとがおりながらそれはあかんのとちゃうかなぁ!?」


 アイナリィちゃんが捲し立てます。


「えっと……ご、ごめん、なさい……?」

「何やその気ぃ抜けた謝罪はぁ! 見てみぃ、セヴンちゃんこない――ちょっ、泣いとるやん!?」

「え?」


 あれ?――気付くとぼくは、確かに涙を流していました。それもありますが、とにかくジュライがロアさんとフレンド登録していたことが思いの外ショックだったんだと思います。

 ぽろぽろと零れて、頬を流れていく涙。鼻先にじゅるっとした感覚――でもぼくは、メイク崩れないかなぁ、可愛くなくなっちゃわないかなぁ、と、変なことで頭がいっぱいでした。


「――セヴン」

「ちが、違うのっ、これは、これはね? これは……」


 するとジュライが目を伏せ、すぐに視線を真っ直ぐ持ち上げます。ジュライの胸元あたりの空間からシステムメニューが浮かび上がり、視線での操作でジュライは“フレンド”の項目を――えっ、何してるんですか!?



 ぴろん



◆]ロア との、

  フレンドを解消しました[◆



「ちょっ!?」

「ごめんなさい、セヴン。ロアさんには後ほど事情を説明します」


 そして――



 ぴろん



◆]ジュライ から、

  フレンド申請があります[◆



「ジュライ……」


 ぼくは固唾をのんで言葉を待ちました。アイナリィちゃんも何も言いません。ユーリカさんも。

 そしてシステムメニューに向いていた目がぼくへと移ります。真っ直ぐに見詰める申し訳なさそうな目が、でも力強い決意の眼差しに変わります。


「セヴン」

「……はい、」

「初めてじゃなくてごめんなさい。でも、これから一番長い時間を共にする、最良の“友人”に、なって、くれますか?」

「……はいっ」



 ぴろん



◆]ジュライ と、

  フレンドになりました[◆

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