079;七月七日.04(牛飼七月)

「さて。じゃあジュライ――そいつの名前はどうする?」

「名前……」


 そうでした。

 固有兵装ユニークウェポンというものは、世界に一つだけしかない固有の装備。

 それ故、その名前は所有者が自由につけることが出来る、逆に言えば所有者がその名をつけなければいけないのです。

 セヴンから聞いていたのに、僕としたことが失念してしまっていました。


「それとも、セヴン達が戻って来てからにするか?」

「……いえ」


 パーティ名は僕たち二人のものでした。ほぼ僕がつけた様なものですが、しかし【七月七日ジュライ・セヴンス】という表記には、セヴンの拘りもちゃんと含まれています。

 そしてこの固有兵装ユニークウェポンは、僕だけの専用装備です。ならば他の誰でも無い僕自身がつけなければいけないと、それがだと僕は思うのです。


 何もかも、一人で決めきれないような人間が、一人の大切な人間を守りたいなどと思うことは片腹痛し、です。


「自分で決めます」


 軍刀を見詰めながら深呼吸を繰り返し、そして僕は作業台に置いていた鞘に納めてその場に胡坐を掻くと、膝の上に軍刀を載せながら瞑想を始めます。


「え、何してんの!?」


 ユーリカさんの驚き様は無理もありません。ですが、何かを深く熟考するならばこの形が僕にとっては最適です。

 これからきっとずっとお世話になるであろう軍刀のを感じながら、まるで刀自体と対話するように、自然に答えが浮かび上がってくるのをただ待つ。


 脳裏にはまだあまり、幾つもの文字列が湧き上がって浮かび上がって舞い上がっています。

 ですが瞑想が深まっていく中で、それらのは次第に消えて行き、真っ暗で真っ新となった思考の海の中に、波を立ててひとつの想いが飛び上がってきました。


「――決めました」

「うっわ吃驚したっ! 急に驚かすのやめてよ……お化け屋敷とか苦手なんだよ……」


 ユーリカさんに「すみません」と頭を下げて、立ち上がった僕は再び軍刀を抜き放ちます。


「……〈七七式軍刀ナナシキグントウ〉」

「ななしきぐんとう?」

「はい。この武器の名前は、〈七七式軍刀ナナシキグントウ〉です」


 軍刀が、僕の名付けに呼応するようにきらりと刀身を照り返したような気がします。

 僕はその様子に嬉しくなって、ユーリカさんもまたうんうんと頷いてくれています。


「〈七七式軍刀ナナシキグントウ〉ね……うん、いいと思うよ」

「はいっ!」



◆]ジュライは固有兵装ユニークウェポン

  〈七七式軍刀ナナシキグントウ〉を手――ずばんっ



「あ……」


 しまった。今のは警告アラートではありませんでした。

 しかし通常のウィンドゥもこんな風に斬れるんですね、本当どういうシステムなんでしょうか。


「ちょっ、ジュライ!」

「す、すみません……つい……」


 かくかくしかじか、と僕は事の経緯を掻い摘んで話します。ユーリカさんは納得しないという顔をしながらも、ううと唸って最終的には僕の話を飲み込んでくれました。


警告アラートね……でも、このヴァーサスリアルってゲームは割と何でも出来る筈なんだけどなぁ。それこそ現実でやったら犯罪になる行為だって非推奨じゃないし」

「そうなんですか?」

「ああ。あー、勿論、ってことはあるらしいけどね。でも現実の法に比べれば随分と優しいことになってるって噂だよ」

「……じゃあ、そんな風に違法行為に耽っている冒険者もいるってことですか?」


 言いながら、僕はこの世界にログインし立ての頃を思い出しました。

 見渡す限り雪原の中、襲い掛かって来る魔動機兵――アルマキナ帝国のロボットソルジャーです。

 僕はそれを返り討ちにしてしまいましたが、その後アルマキナ帝都に入場した折に、大通りで帝国の騎士団に捕まりそうになりました。


 つまりは、ああいうことなんでしょう。


「アタイはそういう奴らとはつるんでないから実際にはどうかは知らないけど……プレイヤーのブログとか非公式のまとめサイトなんかにはそういう情報も載ってるよ」

「そうなんですね……」

「でも、そうした情報の中にはジュライが言うような現実に悪影響うんぬん、っていうのは無かったと思う」

「そうですか……」

「ただいま~」


 アイナリィさんの声が店の表から聞こえてきました。


「お、帰って来たみたいだな。楽しみだろ?」


 ユーリカさん、何ですかその表情は……確かに、心臓は高鳴りましたけれども。

 そして振り返った僕の目に、恐らくアイナリィさんに背中を押されたんだろうセヴンが、わたわたとした足取りで工房へと入って来ました。


「……セヴン?」


 目を疑いました。そこにいるのがセヴンじゃない誰かだと言われたら、もしかすると信じてしまったかもしれません。

 でも僕の目に映る彼女は、やっぱりセヴンでした。見違えるほど可愛くなった――あ、いえ、元から彼女はとても愛らしい容姿をしており、でもそれが天井を突き破ったというか、ああ、何だか思考がバグってしまっているようです。これは……まさかアイナリィさんの!?


「どう、ですか……?」


 その声に我に返った僕は不要な雑念を振り払い、再び彼女の姿に目を向けました。


 僕の不躾なお願いオーダー通り、露出は最低限になっているにも関わらず、寧ろその設計デザインは彼女の体型プロポーションを助長する、何とも素晴らしい仕上がりになっています。


 肩に切れ込みスリットの入った、首元までしっかりと覆った桜色の編地ニットの上着は、身頃はぴったりとしているのに袖がやや大き目ぶかぶかで、一目で動きやすさと可愛らしさが同居していることが判ります。

 胴から下は脛丈のプリーツスカートが、焦げ茶色の袴のようなシルエットで彼女の下肢を包んでいます。配色のイメージは満開の桜の木でしょうか?

 覗く足には黒革の長靴ブーツがシックな印象。

 二つお下げツインテールだった髪型も下ろされていて、何でしょう……とても冒険者とは思えない、大人の女性の様相です。

 だと言うのに、胸元は豊かなシルエットを強調していますし、お腹周りは逆にすっきりとくびれていて、露出が無いのに非常に……何と言いますか……こう……


「ちょっとジュライく~ん? セヴンが感想求めてるんやけど~?」

「ア、アイナリィちゃん!」

「あ、ああ……ごめんなさい……その、つい、見蕩れてしまっていました」


 ボン、と音が聞こえた気がしましたが、何の音でしょうか?

 驚いて照れで伏せた目を再び真っ直ぐ向けると、セヴンが両手で覆い隠した顔がとても赤くなっていました。


「あ……あり、ありがとう……」


 え?

 僕、まだ感想言ってないんですけど……???

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