078;七月七日.03(姫七夕/牛飼七月)
「本当に、ご心配をおかけしました……」
無事、駅の改札を抜けてツェンリアの冒険者ギルド【流浪の風亭】へと辿り着いたところで、ぼくはジュライとそして駆け付けてくれたアイナリィちゃんの二人に頭を下げました。
「ええよええよ。ゲームの中でも人間は人間、誰でもそないなことはありよるやんな」
可愛らしい笑顔でうんうんと頷くアイナリィちゃん。つられてジュライもうんうんと頷いています。
それからぼくたちはギルドの一階で食事を摂りながら、レイドクエストのことを中心に談話の花を咲かせます。
俄かに起きた貧血のような体調不良はアイナリィちゃんがお水を買って来てくれたり、ジュライが治癒魔術を使ってくれたおかげで嘘みたいにさっぱりと無くなりました。
そして無くなったと言えば――
まぁ出ても、ジュライが殴り飛ばしてくれるんですけどね。
「「「ご馳走様でした」」」
そしてぼくたちは裏路地へと入ります。ぼくとジュライの
先ずは手前側にある【
「こんにちはー」
ジュライを先頭に踏み入り、そのまま無人の店内を奥へと進むと――工房の片隅で作業を黙々と続けるユーリカさんの姿がありました。
「おう、悪いな。仕上げの研ぎの真っ最中なんだ」
「じゃあ僕はここで待っています」
「ああ、そうしたら
「大丈夫です、引き受けました」
ジュライが店番……長く付き合わないと感情の機微が判らないほどの
「大丈夫ですよ。アイナリィさん、申し訳ないのですがセヴンについていてもらってもいいですか? また具合が悪くなると大変ですし」
「おっけおっけ。うちに任しとき」
「ありがとうございます」
手を振り合って、ぼくとアイナリィちゃんは店の外に出ました。出るなり、アイナリィちゃんがぼくを肘で小突きます。
「セヴンちゃんセヴンちゃん? 何であんたら付き合っとらんの?」
「えっ!?」
「傍から見てたらどっからどう見てもちゃんとしたカップルやん。ほんま羨ましいわー」
「いえ、その……ごにょごにょ」
「何てー? 聞き取られへんかったわ」
「あの、その……ごにょぎょにょ」
「もーえーわ。とにかくうちは応援しよるかんね」
「う……うん……」
カラン――ドアを開けると心地よい鐘の音が【フロスベルリ】の店内に響き渡ります。
「いらっしゃいませー」
店員モードのハルベニさんが迎え入れ、そしてぼくを見るなり目を輝かせました。
「セヴンちゃん! 出来上がってるわよ!」
有無を言わさず、という表現が実に適切な対応でぼくはお店の奥へと連れ込まれ、それをアイナリィちゃんがぽかんと眺めているのが印象深かったです。
店内には更衣室もありますが、そこじゃなくお店の奥だったのはハルベニさんが色々と説明をしてくれながら着替えを手伝ってくれたからでした。
着こなしについては一通り聴きましたが……自分一人で出来るかちょっと心配です。
「元の装備は? 一応買取もしてるけど」
「あ、はい。そうしたら、お願いします」
そして店内へと戻ったぼくを見たアイナリィちゃんは、目を丸くしていました。
そう――その目は、鏡を見たぼくときっと一緒でした。
「に、似合うかな……?」
「あかん、あかんで、セヴンちゃん。その台詞は、ジュライくん相手に取っときぃ!」
「え? う、うん……」
「大丈夫や、うちが保証する。元からそうやったけど、新装備のセヴンちゃんはどちゃくそ可愛い。道歩くとき気ぃ付けぇや? 特に一人ん時は。ばちぼこナンパ来るで?」
「そ、そんなこと……」
「あるある、大いにありありや! セヴンちゃんはもっと、自分がものごっそ可愛い言うことを自覚せんとあかん」
「そ……そう、かな?」
うう、だとしたらもっとコスプレの映像作品売れててもいい筈なんですけどね……
「せやけどメイクがいまいちやな」
「それはそうよ。元の装備に合わせたお化粧でしょうから」
「ハルベニさんもそう思う?」
確かに、元の装備に合わせたオレンジベースのお化粧にしていましたが……この新装備だと、ピンクベースの方がいい気がします。
「じゃあ特別サービスで、メイクもしていっちゃおう」
「え? いいんですか?」
「よっしゃ、ハルベニさんめっちゃ気が利くやん!」
「え?
「ええから! 何ならうちが払ったるわ!」
「ちょ、アイナリィちゃん!」
「女の子がこれからもっと可愛くなる言う時に! 金に糸目つけるんはやったらあかん!」
大きく
「メイク講座はどうしますか?」
「教えてくれはるんやったら勿論
「お時間と、追加でお金もいただきますけど?」
「わ、悪いよ! ほら、ジュライだって待ってると思うし……」
「あかん言うとるやろ! 全部載せや!」
「ちょっと待って! 流石に全部支払わせるのは! モモっ!」
「ぷひっ!」
あわあわと慌てるぼくに、モモはぷりぷりっと冒険者
それを手に取り、ぼくはさっとハルベニさんに差し出します。
「……ちなみに、ヘアメイクはどうします?」
「ヘアメイク……」
「全部載せや言うたやないかハルベニさん!」
「締めてお会計、二万三千六百ステリアです♪」
「二万……三千……」
「六百ステリア……」
安くありません。決して安くありません。
ですが幸いにもぼくはレイドクエストに参加したことによる莫大な報酬があります。それでも、ぼくに根付いた庶民の心はついぷるぷると差し出した冒険者
「高い。高いけど……可愛さや美に比べたらナンボのもんやで、セヴンちゃん!」
「う、うん……お、お願いします!」
「毎度ありがとうございます♪」
◆
「ジュライ、お待たせ」
結局店番の出番はありませんでした。武器の質はそこそこいいとは思うのですが、やはり立地と、そして外観が駄目なんでしょう。僕の前にお客さんは一人も現れませんでした。
店の奥の工房へと入り、ユーリカさんが差し出した一振りを受け取ります。両手にずっしりとした、重量だけでは無い重みを感じます。
「いざって時に使えるよう、鞘も金属製にしておいた。主材は
黒革の帯の巻かれた柄はそれまでの得物に比べると長く、ちゃんと両手で握って振れるようになっています。また、鍔に近い手を守るための護拳も、非常に
「これは……っ!」
鞘から刀身を引き抜くと、反りの無い直刀の美しさが目を引きました。
「お前の得意分野は突きだって聞いていたからな。アタイの独断だけど、反りの無い直刀にさせてもらった」
「いえ……とても、素晴らしいです」
鍔に近い根本に刃はありません。鍔迫り合いとなった際に刃が毀れるのを防ぐためです。
黒地に大小の波紋が美しく、そして中央に掘られた
極め付きはその切っ先の形状です。峰側が少し欠けており、突くのに非常に適した形となっているのです。
「その分強度を増すためにすごく硬くなってるから、研ぎは難しいと思う」
「大丈夫です。むしろ、願ったり叶ったりですよ」
鞘を作業台の上に置き、軽く軍刀術の型をなぞって振り回します。
初めて振るうのに、しっくりと手に馴染む――武器としての性能はまだ強化の余地はあるとは思いますが、ですがこれは紛れもなく業物です。ユーリカさんにお願いして良かったと、心の底から思いました。
「気に入ってくれた?」
「ええ、とても。とても――言葉に出来ません」
へへへ、と照れ臭そうに笑ったユーリカさん。釣られて僕も、うふふと笑いました。
ああ、早く、この軍刀を試したい。どんな切れ味を、そしてどんな切り口を魅せてくれるのか、今すぐにでも知りたい。
「さて。じゃあジュライ――そいつの名前はどうする?」
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