073;クラスアップ.02(牛飼七月)

 自室に入ると、クローゼットの傍に立つ姿見に何やら異変が起きていました。

 姿を映すはずの鏡面が、どこか違う場所を映しています。

 触れると俄かに波を立て、波紋がじわりと拡がります。


 セヴンから、聞いていた通りでした。

 ですから不思議さはあっても奇妙さは僕の心に現れません。


 この中に身を投じれば、クラスアップの空間へと赴くことが出来ます。そしてそこにはセヴンもいますから、ゆっくりじっくり、未来へと馳せる想いを楽しむのです。


「行きます」


 謎の意気込みを吐いて、僕は姿見の鏡面に足を踏み入れ、そして身体を通します。

 通り抜けた先――そこは何やらものものしい、閉ざされた空間でした。


 壁に掛けられた非常に大きな鏡を通じてその空間に降り立った僕は、思わず部屋全体を見渡しました。

 部屋の中央には一段高くなった、直径およそ3メートル程の台座がありました。いや、ミニステージ、でしょうか?

 そこから2メートルほど離れて、十二の壁がこの空間を取り囲んでいるのです。

 天井は吹き抜けと言うほどではありませんが高く、おそらく4メートルから5メートルくらいはあるでしょうか。格子の張り巡らされた広い円形の天窓から、清廉な白い光が降り注いでいます。

 そして取り囲む全ての壁には、人が一人、悠々と映る程の大きな鏡が掛けられているのです。僕もこの中の一つからここに降り立ちました。


「ジュライ」


 セヴンの声に振り向くと、僕が出てきた隣の鏡からちょうどセヴンが出て来ているところでした。

 何となくほっとしました。こんなものものしい場所で一人きりだと、ちょっと身構えてしまいますからね。


「じゃあジュライ、よく見ててね」


 告げて、セヴンは円形の壇上の中心に立ちます。

 すると天井から降る光量が少なくなり、俄かに空間全体が暗く影が立ち込めました。



◆]クラスアップを行います[◆



 システムメッセージが表示されたと同時に、空間全体に同じアナウンスが響き渡ります。

 そして時計で言うとセヴンから見て一時の方向にある鏡に、異なった衣装に身を包んだセヴンが映し出されました。



◆]二次セグンダ・アルマ――《吟遊詩人バード

  楽器を奏で、歌を唄うことで

  様々な効果を得られるこのアルマを

  選びますか?[◆



 アナウンスが途切れると同時に、今度は十一時の方向にある鏡に、また異なった衣装に身を包んだセヴンが映し出されました。



◆]二次セグンダ・アルマ――《呪言士インカンテイター

  新たに呪印魔術を修得し、

  多様な力を得られるこのアルマを

  選びますか?[◆



 成程、映し出された二つのアルマから一つを選ぶのですね。

 セヴンはどっちを選ぶのでしょうか……


 遊牧民のように大味な柄の布地を何枚も重ねた様なお洒落な服を身に纏い、そしてあれはギターでしょうか? 掻き鳴らすタイプの弦楽器を背負った《吟遊詩人バード》に扮するセヴンはとても愛らしく、思わず見蕩れてしまいます。

 セヴンが楽器を弾き鳴らして歌い上げる、というのはとても興味があります。そそります。


 しかしセヴンが選んだのは後者、《呪言士インカンテイター》でした。

 鏡が映す《吟遊詩人バード》の映像が消えたと思ったら、台座ではなく壁がずるり、ごごごと動き、セヴンの見据える正面に《呪言士インカンテイター》を映した鏡が来ました。

 そして鏡面全体に白い光が満ちると光は放たれ、セヴンの格好が、映し出されたものと全く同じになりました。


 和服のように広く四角い袖、中華服のような意匠デザインの前身頃、何やら文字のような模様で縁取られた布地の重なったマーメイドスカート。

 帯革ベルトに吊られている革は筒状になった紙の束を保持し、全体的な色彩は暗めです。



◆]《呪言士インカンテイター》でよろしいですか?[◆



「はい、大丈夫です」


 セヴンが告げると、再び鏡面に《呪言士インカンテイター》の姿が映し出され、セヴンの格好は元に戻っていました。

 そして。



◆]《呪言士インカンテイター》を選びました[◆



 アナウンスの終わりと共に、鏡に映し出された姿も消えて行きます。

 踵を返し、壇上からセヴンが降りて来ました。何だかるんるんと嬉しそうです。


「《呪言士インカンテイター》はですね、呪印魔術シンボルマギアを修得できるんですよ」


 うきうきと説明する姿は遠足を翌日に控えた子供のようです。

 何でも詠唱魔術チャントマギア呪印魔術シンボルマギアは相性が良く、しかし呪印魔術シンボルマギアを初期に修得する《呪術士ソーサラー》だと二次職セグンダで修得するのが構築魔術ソートマギア星霊魔術スピリットマギアになってしまうみたいで、それだとよろしくないのだとか。


詠唱魔術チャントマギア呪印魔術シンボルマギアを両立できるアルマはこれしか無いんですよ。だから《呪言士インカンテイター》がいいんです」


 ほくほくです。何だか僕も嬉しくなってしまいますね。


「さ、次はジュライですよ。ぼくがやったみたいに、あの円座の上に立ってください」


 あれ、円座って言うんですね。

 僕は歩を進め、彼女の言う円座の中心に立ちました。

 すると全く同じシステムメッセージが表示され、そしてアナウンスが流れました。


 一時の方向にある鏡には日本史の教科書で見たことのあるような和風の甲冑に身を包んだ僕の姿が映し出されます。



◆]二次セグンダ・アルマ――《サムライ

  重装備をも身に着けることが出来、

  さらに継戦能力の高まるこのアルマを

  選びますか?[◆



 そして十一時の方向にある鏡には、所謂黒い忍装束しのびしょうぞくに身を包み黒い頭巾で頭を隠して目だけを出した僕の姿が映ります。



◆]二次セグンダ・アルマ――《シノビ

  隠密性・機動性に優れ、また新たに

  魔術の力をも修得するこのアルマを

  選びますか?[◆



 ここまでごてごてのものを見せつけられると、何だかどちらもそこまで魅力的に映らないから不思議ですよね。


「ジュライはそう言えば、どちらにするか迷ってるんですよね?」


 後ろからセヴンが声を掛けます。僕は振り返って首肯しました。


「じゃあ、要素をひとつずつ抜き取っていって吟味しましょう。大丈夫です、この二つ程度ならぼくにも説明が出来ますから」

「ありがとう、セヴン」


 やっぱり、持つべきものは最高のパートナーです。


「先ずは変わらない点から整理しましょう。《サムライ》と《シノビ》では、装備できる武器に殆ど違いはありません。一応、《サムライ》は“大太刀おおたち”という両手持ち専用の武器、《シノビ》は“忍刀しのびがたな”という片手持ち専用の武器を追加で装備できるようになりますが、ジュライはそこに拘りって無いですよね?」

「はい。僕はこれからも軍刀しか使わないと思いますし、それに固有兵装ユニークウェポンもありますから」

「ですよね」


 防具も、《サムライ》だとシステムメッセージにも書いてあったように“重装”に分類される、鎧や甲冑などを装備できるようになりますが、あのような重苦しいものは着ける気にはなりません。


「次に、スキルの違いですね。これは大きいですから、よく比べて考える必要があると思います」

「スキル……大事ですね」


 ゲームを始めた頃は全く使っていなかったのに、感慨深いです。


「《サムライ》のスキルは今の《刀士モノノフ》と大きく変わりません。戦型スキルのうち初期修得のものは最大でランクBまで、後期修得のものも片方はランクCまで、もうひとつもランクDまで修得します」

「《雷哮》や《旋舞》もそこまで修得できるんですか?」

「そうです。逆に《シノビ》を選ぶと、初期修得のもの以外は殆どになります」

「それは……《サムライ》の方がいい気がしますね。《雷哮》も《旋舞》も、繋ぎに必要なスキルですから」

「ぼくもそう思います。特に《サムライ》は、《飛翔閃》という遠隔魔術攻撃を行える切断系スキルを修得できますから、魔術攻撃が行えるようになるというのは大きいです」

「《シノビ》には魔術攻撃は無いんですか?」

「いえ、あります。魔術攻撃の豊富さで言うと《シノビ》の方が多いです。何せ、《シノビ》は《星霊魔術スピリットマギア》を覚えますから」

「成程……」


 星霊魔術スピリットマギア――治癒魔術を筆頭に、各種魔術を修得できる手堅くて使い勝手のいい魔術、と聞いています。恐らく初期から治癒を行えるからでしょうが、最も使い手の多い魔術系統だと言われているのです。

 難点は、魔術ごとに異なりますが行使から発動までの待機時間レディタイムが発生することです。強力なものほど長く待たなければならないそうで、凄いものだと行使してから三分後とか五分後とかに漸く発動する魔術もあるみたいです。


 セヴンはどちらかと言えば《サムライ》を推しているようですが、しかし僕の頭の中は《シノビ》の方がやや優勢です。


 さて――――

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