072;クラスアップ.01(姫七夕)

◆]失われた肉体の復元が完了しました[◆



 そろそろかという頃合いを見計らってログインしたぼくの目の前に、システムメッセージが表示されました。

 長かった……とても、長かったような気がします。レイドクエストを見終わってログアウトしたぼくは、ちょっと溜め込み過ぎたお仕事に手を着けましたが、やっぱり流石ヴァスリヲタを自称するだけあって全く捗りません!


 もし一気にレベルアップして一人前レベル30になっていたらどうしようかなぁ、とか、ジュライの二次職セグンダどうしようかなぁ、とか、ギルツ連邦に固有兵装ユニークウェポン取りに行かなきゃな、そしたらギルツでクエスト受けた方がいいよなぁ、とか――もう、気が気じゃありませんでした!


 うう、それにジュライに会えなかったことも気が気でなくなる要因でした。

 フレンド同士ならメッセージの遣り取りが出来ますから不安になることもありませんが、ジュライには何故かフレンド申請を行うことが出来ない、というシステムからの干渉を受けていますから――ああ、このシステムの干渉にも立ち向かわなければいけません。


 はぁ……ただ、楽しくゲームを遊びたいだけなのにな……


 湧き上がった憂鬱な気持ちを振り払い、ぼくは眠っていたベッドから立ち上がって自室のドアを開きました。

 そしてギルドの一階へと降り立つと、ぼくの姿を見るなり心配そうな顔で看板娘のジーナちゃんが駆け寄ってきました!


「セヴンさん! 大丈夫!? 元気になった!?」

「ジーナちゃん……うん、ありがとう。もう大丈夫だよ」


 ほんの少しまなじりを濡らしたジーナちゃんに、ぼくは何だか罪悪感を抱きました。

 PCが死亡したことは所属ギルドの職員に直ぐに報じられます。この遣り取りは何度も発生するイベントではありますが、あまり頻発させたくないものです。


「あ……セヴン」


 そして背中の方向で、とても聞き慣れた――そして聞きたかった声が聞こえてきました。

 ぎゅっと心臓が縮み上がり、どくどくと強くて速い鼓動を始めます。

 振り向くだけの行為に、意を決する必要がありました。それでもどうにか振り向いて、その泣きそうな表情を見たぼくは――飛び出しました。


「ジュライ! ごめんなさい、ごめんなさい――」


 嗚咽が交じって呂律の回らない舌でどうにか告げながら、気が付くとぼくはジュライに抱き着いてしまっていました。本当ならば違う意味で抱き着きたかったのですが、戦場を離脱してしまったぼくには出来なかった行為です。なのでしょうがありません。


「……セヴン、僕の方こそごめんなさい。セヴンを、守ることが出来ませんでした」


 きっと恐る恐る回した手が、僕の背中と頭を撫でます。優しく、柔らかく。その手がとても心地よくて、ぼくはずっとこうしていたい気持ちに悩まされましたが、でも駄目です。

 自分の心臓の鼓音が聞こえてしまったらどうしようという思いが、ぼくの身体をジュライの身体から引き剥がしました。すん、とひとつ鼻を啜って、照れ隠しの笑顔で涙を拭きながらジュライに正対します。


「……初レイド、お疲れ様。ランキング見ましたか!? 初めてで10位だって! ジュライ凄いです!」


 ジュライの表情も同じ照れ隠しの苦笑いです。小さな声で「ありがとう」と呟いて、どうすればいいのかよくわからない顔できょろきょろと目を泳がせました。


「ご、ご飯、食べましたか?」


 そう言えばそうでした。時刻はちょうどお昼時――ですからぼくたちは、いつもの席に着いて一緒にお昼ご飯をいただくことにします。


「ジュライ、改めて本当におめでとうございます」

「いえ……皆さんの、特にセヴンのおかげです」


 エンツィオさん特製の日替わりランチ――今日は砂漠地鶏の塩レモンソテーです――を口に運びながら、楽しくて楽しくていっぱい喋ってしまいました。


「ジュライはレベル何になりました?」

「あ、いえ、実はまだ見ていないんです……セヴンが来てから、と思っていましたし」

「えっ!? じゃあぼくが復元されるまでどうしてたんですか?」

「はい、暇だったので、ギルドのお手伝いなんかを少々」


 レベル30に上がったPCにはアルマの更新作業が訪れます。一次職プリマから二次職セグンダにクラスアップしないと、それ以降経験値が入ってもレベルアップしないのです。

 ギルドのお手伝いは、得られる経験値こそ微々たるものですが、れっきとしたクエストの一種です。ギルドを大きく育てたいという方には必要不可欠なやつです。


 ぼくはログイン時に確認した時、一次職プリマアルマである《詠唱士チャンター》のレベルがカンスト――30まで上昇していました。つまりぼくも二次職セグンダへのクラスアップが発生します。

 ジュライはぼくよりも高レべルでしたし、それにランキング入りも果たしています。レベルがカンストしていない、ということは無い筈です。

 勿体ないです! クラスアップはヴァスリの一つの醍醐味。

 でも……ぼくを待っていてくれたのはとても嬉しいです。何だかよく解らない笑みが零れてしまいます。


「じゃあジュライ、一緒に見ましょう。そして、一緒に、クラスアップしましょう」

「はい。実を言うと、二次職セグンダをどうしようか、セヴンに相談したかったんです」


 クラスアップは所属ギルドに存在する自室からしか行えませんが、パーティを組んでいるメンバーならその空間を共有することが出来ます。

 ご飯を食べ終えたぼくたちは、カウンターでお会計をして――いつもそうなんですが、エンツィオさんとジーナちゃんはぼくたちがお会計をしようとする度に頑なに「お代なんて要らない!」と繰り返すんです。根負けさせるのにいつも一苦労します――そしてお互いの自室へと入ります。

 フレンド登録を済ませていれば、このそれぞれの自室にも気軽に入れるように



◆]警告。

  現実に悪影響を及ぼす行動意思あり[◆

◆]プレイヤーロストの恐れがあります[◆


◆]プレイヤーの思考領域から

     特定の行動意思を抹消します[◆


◆]……コマンド承認[◆

◆]……コマンド実行完了[◆


◆]プレイヤーの思考領域から

     特定の行動意思の抹消を確認[◆


◆]ゲームを続行します[◆



 えっと、何でしたっけ?

 あ、そうそう。フレンド登録を済ませ



◆]警告。

  現実に悪影響を及ぼす行動意思あり[◆

◆]プレイヤーロストの恐れがあります[◆


◆]プレイヤーの思考領域から

     特定の行動意思を抹消します[◆


◆]……コマンド承認[◆

◆]……コマンド実行完了[◆


◆]プレイヤーの思考領域から

     特定の行動意思の抹消を確認[◆


◆]ゲームを続行します[◆



 ???

 まぁいっか。何を考えていたのかぱったりと分からなくなりましたが、とにかく部屋に入りましょう。

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