068;戦いの後で.03(牛飼七月)
「それで……大事な話、と言うのは……何でしょうか?」
黒い
長い睫毛が揺れ、細まった切れ長の双眸がにたりとした弧を描きます。
「……《
「《
「戻れない」
「――っ!?」
僕は覚えています。
僕がセヴンの退場を受けて暴走し、効かなくなった自制をアリデッドさんの権能で無理矢理引き戻してもらった時――ロアさんは《マスカレイド》によって仮面を着け、僕と同じ攻撃部隊の前衛として
だから僕のその失態をロアさんが見ていたとしても、おかしくはありません。
おかしくは、ありませんが――
「でも大丈夫ぽよ。直に慣れるすふぁ」
ええい、本当に気が散りますねこの人の語尾は!
僕は心の中で自らの頬を張って気合いを入れ直し、乱される集中が途切れないよう固く歯を食いしばりました。
「どういうことですか?」
「あーしもそうだったんだぬん」
「ロアさんも?」
首肯。言葉の無い彼女の仕草は洗練された美しさを纏っています。
「そうだっぽろんちょ」
だからこそ余計に、語尾が本当に残念過ぎるのです!
ああ、いけませんいけません。集中、集中っ。
「だから本当の問題は、レベル50」
「レベル、50――」
「《
《
セヴンの話によればレベル50を迎えたキャラクターはそのまま《
《
「それに、どんな問題があるんですか?」
「無いぽよ」
「無い!?」
「そうだぴょん。普通は、問題なんて無いぽよ。だけどあーしや君には、大ありなんだっぽろんちょ」
語尾のせいもあってやや頭が混乱してきました。ロアさんは一体、何を知っていて、そして僕に何を教えようとしてくれているのでしょうか。
「でももう遅いぴょん。あーしは選んでしまったぽよから、君も選ぶといいすふぁ」
「選ぶ……」
「そう。あーしと同じ、《
途端に、その美麗な顔が悪魔のように思えました。
そして脳裏に浮かんだのは――レイドクエストで、《マスカレイド》は使っても、《
あれは、使わなかったのではなく使えなかったのだと言うことでしょうか。
「大丈夫ぽよ。ちょっとばかり見た目は変わるすふぁけど、《
「待ってください……問題の話が終わってないじゃないですか」
僕が強く言い離すと、ロアさんはどこかきょとんとしたような目付きになってほんの少し首を傾げました。
「ただでさえ僕は《
「……そうかぴょん」
「……そうですぴょん」
うわ、うわぁ……語尾が
「ロアさんには、《
組んだ腕、遠く虚空に投じられた視線――思考するという仕草すら、モデルさんがポーズを取ったように決まっています。
何が飛び出してくるのかという不安も含めて、僕はごくりと唾を飲み込みました。
「……残念だぬん」
「何がですか?」
そしてそう言い放ったロアさんは、急にすっくと立ち上がりました。
「降りる駅だっぽろんちょ」
「えっ?」
気が付けば列車は減速を始めており、出発した【ルミナシオ駅】の隣駅である【キドニア渓谷入り口駅】へと到着する旨のアナウンスも流れています。
『お忘れ物にご注意ください』
「またね、ぽよ」
「……あっ、ちょっ!」
降りる人たちの最中にあっても、背の高いロアさんは頭一つ分飛び出ている筈なのに――直ぐに人ごみの中に紛れ、どうしてだか行方が分からなくなってしまいました。
車窓からホームを覗いても、やはりその姿はどこにも見当たりません。
「……そう言えば」
呟きながら、僕はロアさんが
アリデッドさんと同じように、周囲の風景に溶け込むことの出来るような
「……《
改めて座席に腰かけながら、僕は脳内でロアさんの言っていたことを反芻しました。
『だけどあーしや君には、大ありなんだ』
回想ですから不要な語尾は省きます。
この言葉の意味はつまり、僕とロアさんは何かが同じであると言うこと――それ以外の
確か僕とロアさんは、ともに《
ロアさんは女性であると聞いていますし、ゲーム内での共通項はアニマくらいなものかと思いますが……
『お待たせいたしました。出発時の揺れにご注意ください』
アナウンスが響き渡り、列車が重い音を立てて動き始めました。それと同時に、車窓の外の宿場町の明かりがゆっくりと遠ざかっていきます。
相変わらず頭を捻って僕とロアさんの共通項を探す僕は、もしかしてそれはゲーム外の話なんじゃないかと思い付きました。
しかし僕はロアさんの
極めつけは、深く思い出そうと記憶を掘り返し始めると――
◆]警告。
現実に悪影響を及ぼす行動意思あり[◆
◆]プレイヤーロストの恐れがあります[◆
◆]直ちに真実の追窮を中断して下さい[◆
◆]あなたには真実を閲覧する
権限が付与されていません[◆
――出て来る、この警告窓。
その上辺を掴んで地面へと押し遣ると、窓は容易く床に融けて無くなります。それでもやっぱり思い出そうとする度に出て来るのです。
ぴこん、という警告音がロアさんの語尾並みに煩くて集中できません。
結局、所属している冒険者ギルド【砂海の人魚亭】に戻り着くまで、僕が自分のことを思い返すことはありませんでした。
「あっ、ジュライ! お帰りなさい!」
出迎えてくれたジーナちゃんが快活に手を振りながらぱたぱたと駆け寄り、その声に釣られて出てきたギルドマスターのエンツィオさんと共にレイドクエストを生き延びた僕を労ってくれます。
「疲れてるでしょ? ご飯すぐ用意するから!」
「あ、いえ……皇国で食べて来ましたから」
「そっか」
「すみません。その分、朝ご飯は豪勢に頂こうかな、って思っています」
ジーナちゃんの顔付きがぱぁっと明るくなりました。
エンツィオさんもジーナちゃんも、二人きりでこのギルドを切り盛りしているのですから二人とも料理の腕前は折り紙つきです。
セヴンと僕がこのギルドに来て色々とクエストをこなしていくうちに少しずつギルドも大きくなる兆しが見え始めていますが、やはりまだまだ未来の話です。
セヴン――早く、会いたいな。
自室に戻りながら、閉ざされた隣の部屋のドアを垣間見て僕は、そんなことを思いました。
そして今日の怒涛の疲れから僕は、まるで泥のように深く眠りに就きました。
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