067;戦いの後で.02(牛飼七月)
「ジュライ、飯は食ったのか?」
アリデッドさんが大振りの肉を齧りながら僕に訊ねました。
そう訊かれて漸く、僕はそう言えば何も食べていないなんてことに気が付きました。
昼過ぎにこの街に着いて、急ぎ足でこのギルドに駆け付けて、大聖堂に集まって作戦を聴いて、森へと足を運んで、戦って戦って戦って……
お腹が空かない筈なんて無いのに、どうしてだか何も喉を通る気がしなかったんです。
それだけ、セヴンがここにいないことがショック、なんでしょうか?
「まぁ疲れてるのは分かるよ。俺だって相当クタクタだ」
言いながら、アリデッドさんは三皿目に手を着け始めました。
「でもそういう時だからこそ、そして戦いに勝った後だからこそ、たらふく肉を食らわなきゃな」
「……そうですね」
軍刀術に大会なんてものはありませんでしたが、木刀を用いた他流試合は
「いいぜ、奢るよ」
「悪いですよ」
「気にすんな。俺はもう、お前のことは仲間だと思ってるからさ」
「……仲間、ですか?」
「ああ」
何だかむず痒いその響きに、僕はほんのりと顔が緩むのを感じて、だからどんな顔をすればいいのか分からなくなって、自分が今どんな顔をしているのかとても気になってしまいました。
「で? 何食う?」
「じゃ、じゃあ……」
僕はアリデッドさんが二番目に食べていた駝鳥のステーキを所望しました。
「ソースは……
「かしこまりましたぁ~」
「ああ、こっちも追加注文いいか?」
「はいはいどうぞ~」
凄いです、アリデッドさん。まだ食べるつもりです。
更なる追加でデザートの品まで頂いた僕たちは、張ったお腹で【流星の輝き亭】を後にしました。
外は完全に夜の帳が落ちて表通りには街灯と建ち並ぶ店の明かりで煌びやかな様相を見せています。流石目抜き通りです。
「お前は帰るんだろ?」
「はい。いつまたセヴンと会えるかは分かりませんが、目覚めた時に傍に入れるよう、今日はもう帰ります」
「明日にはまた会えるさ――それと、明日になればどっかのタイミングでレイドクエストの総括が発表される。どれくらいの経験値が貰えるか、楽しみだな」
「そうですね」
「お前もきっと
「はい。でも、出来ればセヴンと、話し合いながら決めようと思っています」
「まぁ……それもいいな。じゃあな」
「あの、アリデッドさん!」
手を挙げて踵を返したその背中を、僕は呼び止めました。
振り返る横顔は、街の明かりを背にして後光が差しています。
「色々と、ありがとうございました」
「……気にするな。これから、そのツケは返してもらう。言っておくが、俺はお前たちのことをもう仲間だと思っているからな。巻き込むぞ、俺の物語に」
「……望むところです」
にぃ、と口角を上げて嗤う爬竜の顔。
そしてアリデッドさんは街明かりの中の喧騒へと、その身を投じていきました。
その背を見送り、僕もまた踵を返して駅へと向かいます。
ツェンリア駅の改札を潜り、ホームで列車が到着するのを待ちぼうけて。
やがて来たダーラカ方面行きの車両に乗り込み、ボックス席に座ってぼんやりと車窓の外を眺めながら。
『それでは出発いたします』
車内アナウンスの終わりと同時に機械式の自動開閉ドアがぷしゅうと閉じて。
そして、その人は僕の目の前にどかりと座りました。
「……あ」
覚えています。あれだけ鮮烈な人だったのです、忘れてしまうわけがありません。
「えっと……ロアさん、でしたよね?」
対面に座るは長身痩躯、美麗なる女冒険者。
このヴァーサスリアルというゲームのトップレベルプレイヤー――ロアさんです。
鮮血のような真っ赤な髪は眺めているだけでドキドキと鼓動が焦り出すようで、白藍色の双眸は心を見透かされているような感じがして何処となく後ろめたい気持ちになります。
口元を覆う
そんなロアさんが、両膝を揃えて礼儀正しく僕の前に座しているのです。両手も揃えたその膝の上に添えているのです。背筋だってしゃんと伸びていますし、その見透かすような眼差しを、僕へと向けているのです。まるで企業面接か何かを思わせます。
「……レイドクエスト、お疲れ様でした」
告げながら頭を少し下げると、ロアさんは何も言わずにすっと頭を下げ返して来ました。
喋らないというのがこんなにも不気味だとは思いませんでした。一体何を考えているのか、冷淡にしか見えない半分だけの表情も何一つ変わらないままですし、きっぱり判りません。
度々ジーナちゃんに揶揄されて来ましたが、僕もまたこんな風に、何を考えているか判らない、等と思われているのでしょうか。感情表現はこれでもしているつもりなんですけど……
「……レイド」
「え?」
ごにょごにょ、と何かが聞こえた気がして、伏していた視線を持ち上げました。
すると
「……お疲れだぴょん」
「……だぴょん?」
だぴょん!?
え、今この方何て仰ったんですか!?
慌てて僕は耳に指を突っ込み、異物が入り込んでいないかを確かめましたが勿論そんなものはありません。よく考えれば判るのですが、例え異物が入り込んでいたとしても人が発した言葉の語尾が「だぴょん」に聞こえるような異物って何ですか!?
「君、強かったぽよ」
ぽよ!?
「あーしら、同じ《
だぬん!?
「これは是非よろしくしておかないとと思っていたんだすふぁ、」
だすふぁ!?
「そしたらまさか同じ列車に乗っているとは夢にも思わなかったんだっぽろんちょ」
っぽろんちょ!?
まるで聞き慣れない特殊語尾の襲来に完全に面食らった僕に、ロアさんはすっと右手を差し伸べました。
「よろしく、だぴょん」
「は、はい……よろしく、です……」
その、白魚のような手に僕は自分の手を重ねて悪手を交わしました。
すると全く何を考えているか判らなかった無表情が、少しだけ綻んだのです。
やはり、女性の笑顔と言うのは美しいと僕は思いました。
セヴン――ちぃちゃんとは違う種類の可憐さがそこにはあって、ロアさんは口元が
「フレンド、なろうぽよ」
「フレンド、ですか? 実は僕――」
どういうわけかフレンド登録というものが出来ないのです、と言おうとして。
◆]ロア から、
フレンド申請があります[◆
ぴこん、と通知が報じられ、僕はまたも驚いてしまいました。
◆]申請を受理すると
フレンドとして登録されます[◆
通知が重なり、僕は心の中で頷いてみます。
◆]ロア と、
フレンドになりました[◆
意識を再度ロアさんに傾けると、ロアさんは穏やかに細めた双眸で僕を見据えていました。
僕の頭の中にはいくつもの“何故?”がぐるぐると渦巻いていました。
しかし“何故?”はまた、新たに生まれます。
「実はそれだけじゃ無いんだぬん」
「それだけじゃ無い、って?」
ロアさんはまたもか細い声で囁くように言葉を紡ぎます。
「大事な大事なお話があるすふぁ、それは君のこれからにとっても、とぉっても大事なことなんだっぽろんちょ」
うう……語尾のせいで……なかなかシリアスな雰囲気が入って来ませんが……しかし僕はその真剣な眼差しに、強く一つ頷きました。
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