066;戦いの後で.01(シーン・クロード)

「だぁからぁ! 俺は巻き込まれただけだっつってんだろっ!」


 バン、と木の机で音が弾けた、俺が苛つく余りに拳を叩きつけてしまったからだ。

 弁明すると、レイドボスである邪竜人グルンヴルドを倒し切った後ニコを筆頭に全員で大聖堂へと戻り、そんな中で俺だけが衛視兵に詰所へと連行され、小一時間ほど邪教徒との関係を問い詰められているのだ。


 ちなみにスーマンは同じ攻撃部隊の前衛として割と頑張っていたが、邪竜人グルンヴルドが召喚した小型の邪竜人イヴィルドレイクにやられてあっさり退場した。

 アイナリィもセヴンと同時にやられてしまったため、あの邪竜人グルンヴルド復活の経緯を知っているのは俺だけだと言うことだ。


 Damn it!!


「森にそれまで入れなかった洞窟があったんだよ、冒険者だったら入るだろ!」

「入れなかった洞窟とは何だ!? お前たち冒険者は時折そういう変なことを言うな!」


 さらに腹が立つのが俺たちPCプレイヤーキャラクターのシステム的な都合が全然通じないことだ。

 スーマンのことを売るのは全く問題が無いんだが、フレンドでも無いから何処にいるのか分からない。


 流石に邪教徒の組織に食い込んでいると思うから皇国のどこかにはいるだろう。って言うか寧ろ、あいつを探し出して俺の無実を証明せざるを得ない流れだ……


 Fxxk!!


 結局そうするしかこの場を切り抜けられそうな考えの浮かばなかった俺は、魔術による強制力の働く契約を結び自らの無実を証明するなんて言うクソクエストを受注する羽目になった。


 くっ……スーマン、マジで覚えてろよ……タダじゃおかねぇ、タダじゃ済まさねぇからな!




 衛視詰所から漸く解放された俺は、改めて自分の能力値ステータスを確認する。

 が、変わっていない。


 邪竜人グルンヴルド討伐による経験値はまだ配布されていない。運営による各種集計がまだ、ってことだ。

 実際のところどうなんだろうな……ランキング上位に食い込んでなくてもそれなりに経験値は貰えそうなもんだが。


 そんなことを考えながら歩いていると、いつの間にか俺が所属する冒険者ギルド【流星の輝き亭】に辿り着いた。

 中に入り、クソクエストを受注せざるを得なかったことをギルマスに告げ、労いの言葉を貰う。


 そして減った腹を満たそうと席に着こうとしたところで――そこに、完全に意気消沈しているジュライの姿を見つけた。


「Hey. 随分と落ち込んでんな?」


 影の差す、隈の物凄い顔がぎちぎちと軋むようにこちらを向く。


「ああ、アリデッドさん……」

「セヴンは残念だったな。まあレイドクエストにもなりゃあんな事故は起こるもんさ、お前のせいじゃない」


 注文を取りに来たウェイトレスに肉を中心としたメニューを適当に頼み、待つ間もジュライの話に付き合うことにする。


「あの、……また、戻してもらって、ありがとうございました」

「気にするな」


 ジュライはやはり、《原型解放レネゲイドフォーム》に入ると自分の制御が出来なくなって戻れなくなる、そこは変わっていなかった。

 こう言ったリアルすぎるVRゲームでは度々、ゲームの中の自分と現実の自分のリンクが深まりすぎてこいつみたいに感情やらを上手く制御できなくなるって奴も出て来る。

 数年前に問題視されたが……聞いた感じジュライはVRゲームは初めてらしいし、しょうがないとは思う。こればっかりは、やっていきながら感覚を掴むしかない。


「お待たせいたしましたーっ」


 日は落ち、店内は喧騒に満ち溢れている。ジュゥ、と音を立てて肉を焼く鉄板を載せた木皿を運んできたウェイトレスの声も活気づいている。

 切り出した、という表現が合うごろりとした肉塊を三皿。表面は焼いて、中は血が滴る感じで食べるのが俺の中での至高Bestだ。


「……アリデッドさん」

「ん?」


 ナイフで肉を切り分ける最中、ジュライが唐突に口を開いた。って言うか、こいつちゃんと飯食ったのか? あれだけの長時間の戦闘の後だ、疲弊しているのは分かるがちょっと生気無さすぎじゃないか?


「……セヴンがやられた時のことなんですけど、」

「おう」


 西洋山葵Horseradishがつんと鼻に来るが旨い。


「僕、……何かを思い出したんです」

「何かって何だよ」


 赤ワインをベースに仕立てたこのソースも堪らんな。


「多分、……僕自身のことです」

「そりゃそうだろうな。他人の記憶を思い出すってのは超能力者Esperかって話になるからな」


 横に添えられたガーリックトーストがまたヤバいな。


「……僕は」



◆]警告。

  現実に悪影響を及ぼす行動意思あり[◆

◆]プレイヤーロストの恐れがあります[◆

◆]直ちに真実の追窮を中断して下さい[◆

◆]あなたには真実を閲覧する

      権限が付与されていません[◆



 そして現れた、警告窓AlertWindow。管理者権限を持つ俺だからこそそれを視認できるのか、それとも今ジュライが俺に何かを託そうとしたから対象である俺にも視認できるように現れたのか。


 いやにしてもオニオンスープが口の中をさっぱりとさせてくれるからフォークが止まらんな。


「《原型解放レネゲイドフォーム》の時も、怒りで我を忘れてしまった時にこいつが出て来たんです」


 警告窓AlertWindowは一時的に退避した。ジュライが放った言葉が、警戒している内容と乖離していたからだろうか。


「思わず斬り付けてしまったんですけど、そしたらウィンドウが割れてしまって」

「ああ、俺も何度かぶん殴って壊したことあるぞ」

「え?」

「意外だよな。どういうスクリプト組まれてんだ、って思うけど……ああ、悪い。大事なところはそこじゃないんだよな」


 俯くように小さく頷いたジュライには悪いが、俺は空になった鉄板を避けて二皿目に食指を伸ばす。先程の牛の赤身も旨かったが、今度の駝鳥のステーキはどうだ?


「……僕には、よく思い出せないことがあります」

「ん?」

「セヴンとの思い出は、鮮明に思い出せるんです。僕にとっても、セヴンとずっと一緒だったあの中学の三年間はとても楽しかったですし……」


 ああ、こいつら確か中学校JuniorHighSchoolの同級生だったか。


「でも、それよりも長く、それこそいつも一緒だった筈ののことを、うまく思い出すことが出来ないんです」


 妹、と聴いて僅かに俺のフォークが止まる。

 妹と言えば――牛飼ウシカイ七華ナノカ。牛飼七月による連続殺傷事件の、一人目の犠牲者だ。二人目から七人目までの大学生たちが犯して穢し、その絶望から駆け付けた七月に自らを殺すことを切願し、そして七月は持ち出していた形見の軍刀で、その首を断った。


 牛飼七月はその後、件の六人を一人ずつ殺害。そして六人全てを斬り終えた後で、自らの足で警察へと出頭した。

 捜査中には一切出て来なかった七月の痕跡が、逮捕後急に幾つも上がり出した点。日本では四例目となるAI裁判の結果、死刑宣告が下され、そして七月自身は控訴せずその判決を受け入れた。


 色々と不可解な点は多く――牛飼七月がジュライとしてヴァーサスリアルにログインしている点が最も不可解だが――疑おうと思えばいくらでも疑えそうな顛末。

 そしてここに来て、当の本人が発した“妹のことをよく思い出せない”という障害。


 ――システムは、牛飼七月が牛飼七華を殺害した、という情報を秘匿したいのか?


 待て。もし仮にそうだとすると――

 セヴンに及んでいるシステムの干渉はジュライの過去が発覚しないように?

 ジュライに対してフレンド登録が出来ないのも過去に繋がる遣り取りがメッセージやチャットでされないようにか?

 ジュライの言う妹の記憶を思い出せないという事象はそのまま?

 辻褄は合っているか? しかしだとして、妹を殺害したという記憶を思い出したりその事実が発覚して何かシステム側に困ることがあるのか?


「あの、アリデッドさん……」

「ん、ああ、悪い。つい考え込んじまった」

「いえ……隣……」

「あ?」


 見ると、俺に無視され続けていたことが腹に立ったのか、警告窓AlertWindowがいくつも重なって出現している。目をぱちくりとしばたかせて眺めていると、次から次に警告窓AlertWindowは出現してくる。魔物の巣窟MonsterHouseかよ。

 嘆息し、俺はその天辺を掴んでは、静かに地面に押しやって棄却した。

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