065;邪竜人、討伐すべし.15(姫七夕)

 このヴァスリというゲームでは、死んだPCプレイヤーキャラクターは登録しているギルドの自室に強制送還され、そこで肉体の復元を待ちます。

 肉体が完全に復元するまではログイン状態を継続できても、特にやれることはありません。何せ身体が無いのですから、そこから動くことも誰かに話しかけることも出来ないのです。


 その状態でじゃあ何が出来るのか――今は、レイドクエストの状況を眺めることが出来ます。


 ベッドの上で寝転がった身体の、ちょうど視線の先にウィンドウが開き、ぼくはそこに映し出されている光景をまじまじと見詰めました。


 左脚に続いて両の翼を破壊された邪竜人グルンヴルドは、部位破壊のために[一部スキル封印]という特殊なステータス異常が付与されました。

 邪竜人グルンヴルドの《カタストロフィア》や《カラミティストーム》そして《ミリアッドストラトス》というスキルは全て、広げた翼でマナを吸収して繰り出すものでした。

 そのステータス異常が封印するスキルとは、おそらくそれらののことでしょう。


 その証拠に、ロアさんの最期の一撃で削られた生命力HPが四割を切っても、《カラミティストーム》は発生しませんでした。

 ならばもう、後は叩き潰すだけです。


「攻撃部隊を生かせ! 敵愾心ヘイトを溜めろ!」


 ターシャさんが声を張り上げます。

 ぼくと一緒にアイナリィちゃんも、周囲の補給部隊の方々も落ちてしまいましたから、もう堅牢な盾はありません。

 ターシャさんが敵愾心ヘイトを上昇させながら自らを含む周囲の仲間たちの防御力を増強する《ファランクス》を使いましたが、邪竜人グルンヴルドの振り下ろした拳はターシャさんを含む防衛部隊前衛陣の十数人を巻き込んで死滅させました。


 いくら何でも、レベルが違い過ぎるのです。

 しかし戦団は怯みません。騎士団も、エルフの友軍も、果敢に攻め続ける冒険者に倣ってその場に足を踏ん張って留まり、何度も何度も各々の武器を振るい続けています。


「いい加減ぶち壊れろ!」


 流星の如く落ちてきたアリデッドさんの再三の突撃が邪竜人グルンヴルドの額に突き刺さると同時に。


「貫けぇぇぇえええええ!」


 ジュライの《月》が、太刀の切先を固い頭骨の内側に深く沈めます。

 与えるダメージは貫通系、そのタイミングが同時。

 二人の繰り出した一撃一撃は重なり、絶命の一撃フェイタルダメージを生み出しました!


「GUOHHHHHHHH!」


 穏やかじゃない絶叫を上げて、邪竜人グルンヴルドの巨体が大きく前のめりに傾き、ずずぅんと地響きを上げて倒れ伏します――頭の、部位破壊です!


 [朦朧]


 ステータス異常が新たに付与されました。一時的に意識を失い、身体を全く動かせなくなる[朦朧]です!

 勿論今が好機チャンスと全員が倒れ伏した巨体にダメージを与えていきます。


「喰らえっ!」


 ニコさんの《イサリッククロス》が十字の軌跡を叩き込み、それに合わせてアリデッドさんも《クロスグレイヴ》を放ちます。

 ジュライは相変わらず《戦型:月華》を基盤とした繋がるスキルを連続で繰り出し、他の戦団の方々も、騎士団の方々も、エルフの友軍の方々も、全員で激しく邪竜人グルンヴルドを攻撃します!


 ロアさんがここにいないのがとても残念です。彼女がいれば、もっと痛烈に生命力HPを削れたでしょうに……


 勿論、ぼくがそこにいないことも残念で仕方ありません。

 ぼくは詠唱士チャンターですから、前衛の方々を巻き込まずに放てる攻撃魔術というのはありません。範囲を“一体”にまで絞ることの出来るスキル《リトルワード》を修得できるのは二次職セグンダからですし。

 でも、先程みたいに《王の軍勢コンキスタドーレス》で手数を増やしたり、攻撃に参加している方々の能力値ステータスを増強する支援役に移行シフトしたりと、結構やれることは多かったんです。上位の詠唱魔術チャントマギアも暗記してますし。


 それだけじゃなく、ただただその場にいれないことが悔しく、そして羨ましかった。

 頑張れと何度も何度も強く念じながら、心がぎゅっと引き絞られるような感触に涙が出て来そうでした。




 流石に強力なスキルも封じられ、身体を満足に動かすことすら出来ない邪竜人グルンヴルドは、残り生命力HPが二割あたりまで削られた時に[朦朧]が解けて再び動き出しましたが、そこから戦の流れを取り戻すことはありませんでした。

 防衛部隊の前衛陣は必死に敵愾心ヘイトを溜めて攻撃部隊を守り、彼らの身代わりとなって次々と散っていきました。

 しかし攻撃の勢いは衰えるどころか増し――攻撃部隊の方々はちゃんと分かっています。彼らの分まで邪竜人グルンヴルドに猛攻撃をしかけることでしか、その想いを引き継ぐことが出来ないということを。


「行け行けぇ!」

「押せ押せぇ!」


 あちこちから怒号のように鼓舞する声が湧き起こり、邪竜人グルンヴルドという巨大で強大な敵の討伐劇は着実に終わりへと向かっていきます。

 晴れ渡った高い空に雲はもはや一つもありません。強く照る陽射しは煌々とした輝きを戦場へと降り注いでいます。


 残り、一割五分。


「落ちろぉっ!」

「ぶちかませぇっ!」


 残り、一割。


「ぶっ潰ぅす!」

「ぶち上れぇ!」


 残り、五分。


「行っけぇぇぇっ!」


 残り、三分。


「まだまだぁぁぁあああああ!」


 残り、二分。


「《セイクリッドツイン》!」


 残り、一分。


「《スティングファング》!」


 残り、五厘。


「《望月》!」


 残り――――






「GIAHHHHHHHHHHHH――――」


 天を仰いだ邪竜人グルンヴルドが、大きな口を開けて巨大な咆哮を放ちました――いえ、きっとそれは断末魔の叫びです。

 観測画面上部に表示されているレイドボスの生命力HPを表すゲージはもう真っ黒です。1ミリたりとも命は残ってなどいません。


 地響きと土煙を上げて倒れた巨体が、段々と光の粒子へと変換され、吹き抜ける風に浚われて空へ舞い上がって散っていきます。


「……勝った、のか?」

「勝った」

「勝った!」

「倒した!」

「倒したんだ!」

「勝った、勝ったぞ!」

「やったあああああ!」

「レイドに勝った!」

「勝ったぞおおおおお!」


 鬨の声が上がり始め、舞い上がる邪竜人グルンヴルドの光とともに戦場に広がっていきます。

 皆さん疲れている筈なのに、跳び上がったり、隣の仲間と手を合わせたり、お互いを湛え合ったり……本当に、嬉しそうです。


 勿論ぼくも、本当に本当に嬉しいです。少しばかりまだ残念な気持ち、後悔と未練とは残っていますが、嬉しくて嬉しくて涙が零れます。

 ああ――でもやっぱり残念です。本当ならぼくは、このタイミングでジュライに駆け寄っていって、思い切り抱きつくことが出来たんですから! この場のこのタイミングにおいては、そうしたって誰も不自然だと疑うことが無いんですから!


 はぁー、運営の北七ばか北七ばか北七ばか北七ばか……あそこで《カラミティストーム》の被害に遭ってなかったらきっときっとぼくも最後まで生き残っていたと思いますし、そしたら堂々とジュライに抱きつけたって言うのに……


 ちらりとぼくは視界の下端にある復元完了までの所要時間に目を向けます。

 14:38:56――あと14時間強も暇です……

 うう、これはお仕事しなさいという神託ですか? まぁ、ちょっとサボり気味だったことですし、状況の変化は後でシーンさんとGREETして聞くことにします。


 レイドボスが見事討伐されたことで観察画面も閉じられました。

 ぼくは名残惜しさを感じながら、システムメニューを開いてログアウトの項目を選択しました。



◆]ログアウトします[◆

◆]お疲れ様でした[◆

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