064;邪竜人、討伐すべし.14(牛飼七月)

 《カラミティストーム》


 そのスキル名が浮上ポップアップしたその瞬間に、何故だか僕は咄嗟に斜面の上の後衛陣を振り向きました。

 きっとそれは予感で、予感には良い予感と悪い予感とがありますがそれは悪い予感だったのだと思います。


 ぐねぐねと折れ曲がった軌跡で奔る雷条がその正面に落ち、激しい衝撃が白い波となって爆ぜます。


 僕はこの目で見てしまいました。その白い衝撃波の中で光の粒子となって消えていく、セヴンの姿を。


 頭がぼんやりと、何一つ明確な思考を生まなくなりました。

 ただただ吐息の音だけが煩く鼓膜を叩いていて、何度瞬きをしても彼女がいなくなった光景が元に戻ることはありませんでした。


 どくり、どくりと高鳴る脈を打つ心臓が、その速度を早めた気がします。

 全身に広がる黒い熱が、《原型解放レネゲイドフォーム》によって纏う黒い気流と混じり合って、まるで溶鉱炉の中にいるみたいに――



 嘘だ。



 どうして。



「ジュライ! 応戦しろっ!」


 アリデッドさんが叫んでいます。それでも僕は、爆ぜた後で白い煙を上げる後衛陣の正面から目を離せずにいました。その僕の横っ面を、跳び上がって襲い掛かって来た小型の邪竜人イヴィルドレイクが痛烈に殴りつけました。


 僕は当然吹き飛ばされ、邪竜人グルンヴルドの身体から落ちます。

 うちの道場で軍刀術の研鑽をしていた元自衛隊員のおじさんから五点倒地を習っていた僕は、結構な高所から落ちても割と大丈夫だったりします。

 それでもこの時は、それを使う頭すら無いまま、とても無様に背中から地面に激突しました。

 嫌な軋みが背中に生まれ、きっと土の地面じゃなかったなら肺が破れていたかもしれません。肋骨や背骨も、いくつか折れていたかもしれません。


 しかし僕にはどうでもいいことでした。

 黒い熱が遂に頭も冒し始め、僕の視界は真っ赤に染まり上がっていきます。


 ああ、これ――――あの時と同じです。

 僕が、妹を



◆]警告。

  現実に悪影響を及ぼす行動意思あり[◆

◆]プレイヤーロストの恐れがあります[◆

◆]直ちに真実の追窮を中断して下さい[◆

◆]あなたには真実を閲覧する

      権限が付与されていません[◆



 だから、真実って何のことですか?



◆]直ちに真実の追窮を中断して下さい[◆

◆]あなたには真実を



 煩い。

 立ち上がると同時に、眼前の警告窓アラートウィンドウを叩き斬ってやりました。

 勢い余って追撃しようとそこまで来ていた小型の邪竜人イヴィルドレイクの鼻先をも斬ってしまいましたが、それでも警告窓アラートウィンドウは次々と降って湧き、僕の視界を埋め尽くそうと躍起になっています。


 煩いです。

 真実なんてどうでもいい――ただ今は、セヴンを殺したこいつを仕留めなければ気が済まない。


「あああああっ!」


 思考を挟まなくても、身体は自然と馴染んだスキルの形をなぞります。

 《月》が邪竜人イヴィルドレイクの喉元に突き刺さり、《円閃》がそのまま首を割り裂きました。そのまま返す刀で繋がった皮一枚も斬って落とします。


 違う。こいつじゃない。


「……お前か」


 見上げる、巨大な体躯。僕に左脚を壊されたことで片膝を着いて動けなくなった木偶の棒。


「お前だ」


 走ります。地面に横たわる脛から太腿へと跳び上がり、腰骨を蹴って背中に太刀を突き刺して張り付きます。


「うああああああああっ!」


 そのまま、突き刺した太刀を引き摺るようにして背を斬り付けながら駆け上がった僕は、翼の付け根、その手前で太刀を引き抜いては振り上げ、渾身の一撃を唐竹に繰り出しました。


「お前がっ! お前がっ! お前がっ!」


 何度も何度も振り上げては振り下ろし、叩きつけては斬り刻みます。

 ああ、一振りで死なないのは本当に面倒です。頭がくらくらして、黒い熱に浮かされてしまいます。

 あの時は六人とも



◆]警告。

  現実に悪影



 煩い。


 えっと、何でしたっけ――ああ、そうそう。

 あの時は六人とも、一太刀とはいかないものの直ぐに命を落としてくれましたから、こんなに疲れることは無かったんです。こんなにたがが外れたまま冷静さを失い、この身に宿る修羅の如く悪意の籠った閃撃を繰り返すだなんてことは無かったんです。


「死ね、死ね、死ね死ね死ね死ねしねしねシねしねシねしねしネしねシねしねしネしねしネしねシね使使使使使使使使使使――」


 呪詛ト同時ニ繰リ出ス一撃ハソノ全テガすきるヲナゾリ。

 僕ハ一心不乱ニタダタダ太刀ヲ振ルイ続ケマス。


 アア、アタマガ、ダンダント、ボクヲ、ボクカラ、ボク、ジャナイ、ボク、ボク、ボク――


 ボクハ、ナンダ?

 ボクハ、ダレダ?

 ボクハ、ドコダ?


 ボクハ――――――――






「――“Apply for Using of Authority.”」


 がつっ


 ボクハアタマヲツカマレ、ソシテ――――


「ジュライ、気持ちは分かる。だからこそ心を保て。飲まれるな」

「……ありでっど、サン?」


 清廉な光が僕の中に吹き抜けました。それと同時に、僕の《原型解放レネゲイドフォーム》は強制的に解除されました。


「翼は破壊された、お前たちのおかげでな。もうこいつが増援を要請することも、阿保みたいに強いスキルを使うことも無いだろう」

「……はい」

「セヴンがやられて気が動転したんだろ? だがこいつはゲームだ。本当に死んだわけじゃない」

「……はい」

「それに――戦う仲間なら、戦えなくなった奴の分の想いを背負って、全うするべきだ。違うか?」

「……その、通りです」

「OK。もう一度頭に戻るぞ、頭も破壊出来ればだ」

「……はいっ!」


 真上に広がる晴れた大空のようにすっきりと澄んだ僕の心の、その緒を僕は引き締めました。

 そうです。これはゲームなのです。セヴンは【砂海の人魚亭】に戻って自室で肉体の復元を待ちながら、その間は確かこのレイドクエストの様子を遠隔リモートで観察できる筈です。

 気を取り乱して格好悪さを曝け出すだなんて――とても彼女のパートナーとして相応しくありません。


 さぁ、残り生命力HPは四割を切りました。

 もう少しです。セヴンの分まで、確りと戦い切ってみせましょう!

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