061;邪竜人、討伐すべし.11(牛飼七月)

「うああああああああ!」


 絶叫とともに刀身を叩き付ける剣戟は、半狂乱の頭だと言うのに正しく切断の意図をアキレス腱に伝えます。

 でもまだ足りません。スキルを駆使して漸く、半分ほど削れたところです。


 まだ足りない、まだ足りない、まだ足りない。

 このを打ち崩すには、まだ赤色も足りなければ飛沫も足りな過ぎて――だから僕はまだまだ斬り続けます。


 頭上ではアリデッドさんが《原型解放レネゲイドフォーム》で強化された強靭さによる一撃を、飛沫上げる立体的な機動で翻弄するように叩き込んでいます。

 邪竜人グルンヴルドの前面では、防衛部隊の前衛陣がここぞとばかりに総攻撃を仕掛け、その中に交じって仮面で顔を覆ったロアさんが裂帛の気勢の猛攻を見せています。

 矢や銃弾が飛び交い、また様々な攻撃魔術も叩き込まれています。


 でも僕にはそんなの、関係ありません。

 ただただこの木偶の棒のアキレス腱を叩き切る。それが僕の今のやるべきことであり、誰に何の指示も受けていませんがとにかくそれに集中すべきです。


「ぜあぁっ!」


 空中で身を翻しながら両手で握った太刀を強かに打ち付ける《三の太刀・望月》――着地と同時に渾身の一撃を僕は叩き込みました。


「VOHHHHHHHH!」


 雄叫びを上げ、ゆっくりと立ち上がる邪竜人グルンヴルド

 ちょうどスキルの。僕は血振りをして〈鋼の太刀〉を構え、《戦型:月華》のスキル補正の恩恵を享受します。


『『『『『うおおおおおおおお!!』』』』』


 突如として沸いた半透明の軍団が加勢します。僅か十人ばかりではありますが、きっと彼らは僕たちよりも強者。練度凄まじく、流れるような連携で着実にダメージを重ねていきます!


 立ち上がった邪竜人グルンヴルドが拳を振り下ろしました。しかしその攻撃は後衛陣の張った障壁スキルにより防がれます。


 何と、何と滾る戦いなのでしょう――そうか、。これは“お祭り”と言うのも頷けます。


 高揚した感情は全て殲滅の意思に転化させます。何度も何度も、僕はアキレス腱に執着して刃を深く斬り入れました。



[NICO:GRNVRD HP REST 75%]



 ニコさんから全体メッセージが届きます。


「援軍だ!」

「勝てる! 勝てるぞ!」


 神聖ルミナス皇国の騎士団がさらに追加されました。また、後方で挟撃するエルフの友軍も人員が増えた模様です。

 先程まではそこにいなかった筈の冒険者も、僕と同じ前線で剣を、槍を、斧を、鎚を振るっています。


 時折邪竜人グルンヴルドの使う《カタストロフィア》が障壁を突き抜け、被弾した冒険者や援軍を散らしていきますが、それでも僕たちの勢いは変わりません。

 失った数より、追加される数の方が多いのです。時間が経てば経つほど、僕たち戦団や援軍、友軍は数を増して邪竜人グルンヴルド生命力HPをこれでもかと削っていきます。


「だああああああああっ!」


 渾身の《初太刀・月》がアキレス腱の表面を削り取り突き抜けました。その瞬間、ドクンと身体全体にこれまでとは違った高揚が押し寄せます。

 この形は、素材収集クエスト〔鋼の意思〕で対峙した、河伏馬カトブレパスにとどめを刺す直前と同じです。

 本来であれば《初太刀・月》からは《二の太刀・下弦》へと繋げるのですが――僕は本能の赴くままに、《下弦》ではなく《上弦》の使用を強く念じました。深く沈み込んだ身体に上向きの力が沸き起こり、僕はその力に僕自身の意思の力を混ぜ合わせて鋭く斬り上げます。


 そしてそのまま、連続で今度は《三の太刀・朔月》へと繋げます。

 戦型は、初・二・三という風に序数の通りに繋げると威力に更なるスキル補正を得られます。

 今日イチのダメージを叩き込み、そして振り上げた太刀を振り下ろすのは《初太刀・迅雷》の仕事です。


「うおおおおおおおお!」


 両手で握ってやると、太刀もはしゃぐように速度を増して物打ちをアキレス腱へと捩じ入れました。

 そして、それが決め手でした。


「GYIAHHHHHHHHHHHH!!」


 溜まらず、邪竜人グルンヴルドが左の膝を地に着けます。僕たちは聴きました、その直前に大気を劈いた、まるで砲弾が巨木をなぎ倒したような轟音を!

 やりました!

 この馬鹿でかくて阿呆ほど太いアキレス腱を、僕が叩き切ってやりました!


 [移動不能]


 邪竜人グルンヴルドの頭上に、ステータス異常の付与を報せる文字列が浮かびました。

 するとすかさずロアさんが左の太腿を駆け上がって背中へと跳び移り、その長い首の付け根を目指して走り出しました。ちなみに、途中途中で《スプレディンググリッター》という弓矢の大技を放ってダメージを重ねています。


「総員! 部位破壊で敵は弱っている! 今のうちに再度攻勢に転じろ!」


 いい流れです。攻撃部隊の前衛陣の数人がロアさんを倣って膝を着いた邪竜人グルンヴルドの身体を上っていきます。

 それ、楽しそうです。なので僕も首根っこを狙うとします!


「Hey Guys!! 察しの通り弱点は脊髄だ! 振り落とされないよう気を付けながら攻めろよ!」


 相変わらずアリデッドさんは頭部の周囲で空を駆け巡りながら槍を突き出し続けています。頭が弱点かと思っていたんですが……アリデッドさんは何を狙っているのでしょうか?

 僕には分かりませんが、いや、でもアリデッドさんに加勢するのも面白そうですね。よし、狙いは頭にしましょう。僕はごつごつとした脇腹の鱗に指を掛けて攀じ登ります。



[NICO:GRNVRD HP REST 70%]

[NICO:CAUTION, BIG SKILL MAY COME!]



「防衛部隊! 敵の生命力HPが7割を切った! 大技が来るぞ、布陣を敷け!」


 ターシャさんが声を張り上げ、前衛陣が敵愾心ヘイトを集めます。また後衛陣が障壁を張る準備を整え、一時的に魔術攻撃の勢いが消えました。


「GRRRRRRRR――VOAHHHHHHHH!」


 立ち上がれないものの、片膝の姿勢で邪竜人グルンヴルドが両翼を大きく広げます。その勢いで背に登っていた数人が弾き飛ばされてしまいました。

 既に首筋を駆け上がって頭部へと辿り着こうとしていた僕は激しい揺れに足を滑らせ、しかし咄嗟に太刀の切っ先を首に刺してどうにか滑落を免れます。間一髪ですけどね。


 《カラミティストーム》


 そして来ました! あの落雷を呼び寄せる大技です。

 しかし僕たち身体に攀じ登っている前衛陣はきっと大丈夫です。いくら何でも自分の身体に雷を落とすことはしませんよね?


「ぐぁあっ!」

「がぁっ!」

「くそぉぉぉおおおおおっ!」


 雷鳴が轟いては爆ぜると同時に、いくつもの悲鳴や絶叫があちらこちらで上がります。

 光の速度でランダムで落ちるこのスキルですから、見てからではとても障壁は間に合いません。なので後衛陣は重要箇所に障壁を分散して張ったみたいです。なるほど、頭いいですね……


 ちり、と迸り、ひとつの雷条が空から大気を劈いて後衛陣の最前列中央へと落ちました!

 あそこは確か、セヴンがいた筈です。僕は首に突き刺さった太刀の柄にぶら下がりながら目を見開いて凝視しました。

 セヴンは……無事です! 一際大きく分厚い障壁が落雷を防いでいたのです!


「あ……」


 遠くにいて、通う筈が無いのに。それでも今、僕たちの目は合いました。

 ごくりと唾を飲むように、彼女がひとつ確りと頷きます。だから僕も、それに応じて頷きました。


 大丈夫です。僕たちは互いにまだ戦えます。

 同じ戦場でともに戦っています。こんなに、こんなに心強いことが他にあるのでしょうか――


 再び大技の後の沈黙を邪竜人グルンヴルドが見せました。手を伸ばして首の鱗を掴み、改めて僕はこの身を首筋の上へと立ち上がらせます。


「ジュライ! 来い!」

「今すぐ行きます!」


 僕の姿を視認したアリデッドさんが呼びつけます。これもまた嬉しい――僕の刃を必要としてくれている雄叫びです。


「左足の部位破壊、よくやったな! 今度は頭行くぞ」

「頭……はい!」


 見れば、堅い頭骨にいくつもの傷が重なって罅が入り始めていました。成程、アリデッドさんは僕同様に、頭部の部位破壊を目論んでいたんですね。


「こういう馬鹿でかい相手は頭の部位破壊を達成すると途端に弱体化する。険しい道のりだが、落とし切るには必要Mustだ」

「分かりました。やりましょう!」


 足りない。足りない。赤みが足りない。飛沫も足りない。もっと欲しい。

 心の奥底から沸き起こる呪詛のような声に従い、僕は何度も太刀を振り上げ、そして振り下ろしました。スキルを連発して叩き込みました。


 さらに援軍は駆け付け、友軍は増加し、僕たちの与えるダメージは積み重なって遂に邪竜人グルンヴルド生命力HPが半分を切ります。

 絶叫の中、しかし立ち上がって動くことの出来ない邪竜人グルンヴルド。この派手過ぎる討伐劇はこのまま終わる――ええ、勿論そんなことはありませんでした。

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