060;邪竜人、討伐すべし.10(姫七夕)

 《マスカレイド》――それはここ、【神聖ルミナス皇国】におけるユニーククエスト〔覚悟の仮面〕を攻略クリアすることで獲得できる特別なスキルです。

 皇国だけじゃなく、【ダーラカ王国】では〔武侠の試練〕、【ギルツ連邦】では〔王剣と隷剣〕、そして【アルマキナ帝国】では〔軍人の矜持〕というそれぞれユニーククエストを攻略クリアすることで、その報酬の一部に特別なスキルを獲得できるのです。


 そして《マスカレイド》というスキルを使用したということは、ロアさんは〔覚悟の仮面〕を攻略クリアしたということ、そして所属が【神聖ルミナス皇国】であるということです。もしかしたらキャラクター作成時の所属は違ったかもしれませんが、ユニーククエストを攻略クリアすると所属が強制的に変更されるのです。


 後衛の位置からはよく見えませんが、その顔は今、マナそのもので編まれた仮面に覆われている筈です。そしてその仮面こそ、皇国が最強と称される修道騎士ミリティアの力の源なのです。

 一騎当千、という言葉を体現するかのような、実に悪意的な能力値ステータス上昇の数値。

 また一時的に[再生]という自動的に生命力HPが回復するステータスが付与され、同時に[スキル待機時間短縮]というヤバいステータスも付与されます。


 スキルは魔術と違って魔力MPを消費しません――一部、消費するものもありますが――その代わりに、一度スキルを使用するとそのスキルを再使用可能になるまでの“待機時間クールタイム”というものが存在します。

 強力なスキルほどのこの待機時間クールタイムは長く、頻発できないようになっているんです。

 それを短縮してしまうのですから、ロアさんは《マスカレイド》中は例えばあの《レイブレード》や《スプレディンググリッター》を連発できるのです。


 しかしいいこと尽くしではありません。その代償として、《マスカレイド》中は[侵蝕]という、魔力MPが徐々に減少していくステータス異常が付与されます。これは解除できず、魔力MPが尽きると今度は同量の生命力HPが減少していくのです。

 しかも、[侵蝕]が解除されない間は減少した生命力HP魔力MPは回復しないのです。そして《マスカレイド》は、使用時に交戦している敵を全て倒し切るまでは解除不可能なのです!


 ロアさんの覚悟を感じました。きっとぼくたちは、ロアさんのその覚悟をもってしても、ロアさんの死亡無しにあの邪竜人グルンヴルドを倒し切ることは出来ないでしょう。

 ロアさんはそれでも、この流れを変え、ぼくたちの心に火を点けたいのだと、ぼくはそう思いました。


 なら、それに答えないのは冒険者じゃありません!


「アイナリィちゃん。防御、よろしく」

「え? いやそら分かっとるけどもやな……」


 ふぅ――頭を空っぽにするようにひとつ息を吐きました。熱に浮かされて肝心なところで噛んでしまっては堪りません。

 ぼくのレベルは現在26、行使できる詠唱魔術チャントマギア位階ランクは“D”です。逆に言えば、効果は12%にしかなりませんが“Aランク”の詠唱魔術までは行使できます!


 大技の使用後で隙の出来ている今こそ、大ダメージで戦況を後押しする好機チャンスです。ターシャさんも息を切らしながら総攻撃の指示を出してくれています。

 ここは――やるしかありません!


「――我、万物の素にして

   万象の源たる魔に語り掛けん――」


 弓から剣の形状へと変化した〈ブラックウィドウ〉を振るい、最前線ではロアさんが猛攻撃を仕掛けています。

 巨大な白い斬撃が地に手を着いて身を落ち着ける邪竜人グルンヴルドを衝き上げ、その上体を大きく反らしました。


「URYYYYYYYY!」


 そこに隕石の如く降って来るアリデッドさんの《スティングファング》が突き刺さります。とてもパーティを組んでいないとは思えない見事な連携です。


「うおおおおおおおお!」


 《原型解放レネゲイドフォーム》で自らを強化したジュライも、執拗すぎるほどに左足を斬り付けています。ですがその甲斐あって、邪竜人グルンヴルドの左足はそこだけが他の部位と比べてズタボロになってきています! これは本当に、部位破壊を狙えるかもしれません!


「行け行けぇ!」

「押せ押せ押せ押せ!」


 攻撃部隊も次々と強力なスキル・魔術を繰り出します。攻めること火の如しです。


「――肉体を喪えど 魂はここに在り

   追憶は遥か彼方 数多の戦場を駆け抜けた

   今一度 鉾よ集え 兵共つわものどもが夢の跡へと――」


 そしてぼくも今、最終節を唱え終わりました。《猛火の誓カリエンテ》と同じ〈カラトラバの魔典〉という魔導書に記載されているこの魔術は、10年前も結構お世話になったものでした。こういうレイドクエストでは結構役に立つ、増援の召喚魔術です!


「――《王の軍勢コンキスタドーレス》!」


 防衛部隊の前衛陣の足元に巨大な魔術円が拡がり、紫電をパチパチと迸らせながら半透明の人影を浮かび上がらせます。

 兜と甲冑フルプレートアーマーに身を包み、大きな盾と剣で武装した、十人の英霊たち――効果持続時間は本来の一割、1分しかいてくれませんが、第三段階テルティアに達した聖騎士パラディンたちはレベル80相当の強力な軍勢です!


『我ら盟約に従い』

『巨悪を討つため』

『この地に馳せ参じた』

『いざ』

『参らん!』


『『『『『うおおおおおおおお!!』』』』』


 冒険者たちに交じり、振り翳した剣を払い、薙ぎ、次々に攻撃を叩き込んでいきます!

 本来行使できる位階ランクよりも低いぼくは彼らに指示することは出来ません。ですから彼らの騎士としての魂に全てを委ねます。でもその方が彼らもきっと戦いやすいことでしょう!


「次、行きます――!」


 まだまだぼくだって止まりません。高位の魔術を行使できる詠唱魔術士チャンターは暇になる時なんてありません!

 攻撃よりも支援や妨害に傾倒しているアルマですから、呼び出した援軍も強化していきます!


「《遥か一時クロノスタシス》!」


 冒険者の戦団の前衛陣も巻き込んで、その行動速度を高める魔術を付与します。続いてぼくたち後衛陣に《魔術特攻》のパッシブスキルを一時的に付与する《築く霊脈レイジングドーム》、そして邪竜人グルンヴルドの筋肉を弛緩させる《虚脱の呪ダルネスカース》。ふんだんに魔力MPを注ぎ込みましたおかげで、どうにか抵抗レジストを突き抜けて[虚脱]のステータス異常が邪竜人グルンヴルドを冒しました!


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 碌に息衝ぎもしなかったおかげでちょっと酸欠……そんなぼくの肩にぽん、と手が置かれます。


「やるやん――うちも負けられへんわ」


 鼓舞された戦士の笑顔でぼくを労うのはアイナリィちゃんです。そして二人で前を見ると、攻められっぱなしだった邪竜人グルンヴルドがゆっくりと立ち上がり、そして巨大な咆哮を轟かせました。


「失礼します、魔力MP回復しますっ!」


 補給部隊の子が〈マジックポーション〉の栓を抜いて、中身の碧く輝く液体をドボドボとぼくに振りかけていきます。液体はすぐに浸透して余分な量は揮発するのでべたつきません。


「ありがとうございます!」

「はいっ」


 頭の天辺から足のつま先まで全身猫の着ぐるみで固めた子でした。あれは固有兵装ユニークウェポンですかね? ああいう格好もいいなぁ……


「《物理障壁ウォール》!」


 アイナリィちゃんが巨大な防壁を展開し、邪竜人グルンヴルドの降り下ろしを見事に弾きました。

 気が付くとアイナリィちゃんの後ろには補給部隊の列が出来ていて、まるでベルトコンベアーみたいに次々と〈マジックポーション〉をぶちまけていきます。これはアイザックさんの指示でしょうか?


「へへ、うちランキング載るかも知らんね」

「そしたら凄いよね」

「頑張らんとあかんわ! 《魔術障壁バリア》!」


 邪竜人グルンヴルドが口から吐く《瘴気のブレス》にも対応し、他の魔術士メイジたちと合わせて敵の攻撃を完封しています。


 先程の《カラミティストーム》で後衛の攻撃陣が多くやられたのは手痛かったですが……しかし皇国の騎士団やエルフ、それに追加の冒険者パーティの増援もまだまだ続きます!

 押し切って……ヴァスリ初のお祭りを全員で攻略クリアするんです!

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