057;邪竜人、討伐すべし.07(姫七夕)

 三日月のように拡がった陣形のほぼ中心座標に近しい場所で、ぼくは両手に装備を握りながら《原型解放レネゲイドフォーム》とともに詠唱を開始します。

 ぼくたち防衛部隊の後衛に与えられた役割は、とにかく前衛陣が受けるダメージを軽減することです。

 騎士団に交じり、あの巨大な邪竜人グルンヴルドの注意を惹きつけ攻撃を引き受ける防衛部隊前衛の方々を魔術で補強し、その狭間に防壁を張り巡らせ、討伐の決め手となる攻撃部隊に被害が出ないようにひたすらに守るだけです。


 黒い巨体は日に照り返る滑らかな皮膚を持ち、蜥蜴と言うよりはしゃちに近い流線型の頭部を持っています。真っ直ぐ後方に伸びた幾つもの角が後頭部には生え、槍を思わせるその角は背骨に沿って長い尾の先端までにかけて幾つも並んでいます。

 その背には大きな一対の膜翼が備わり、その付け根は大きく膨らんでいます。

 胸部と背中に比べ胴体は細くくびれていて、四肢は付け根から末端へと行くにつれて太くなっています。


「一番槍は貰うぜ! 《スピアヴォールト》!」


 平野の左右に伸びる丘の右端から跳び上がったアリデッドさんが、スキルを駆使してその頭上へと舞い上がりました。そして空中を蹴って急降下しながら、《スティングファング》という突撃刺突のスキルを繰り出します。


「GOAHHHHHHHHHHHHHH!」


 一撃目ファーストヒット致命の一撃クリティカル。アリデッドさんの突き出した槍の穂先がその流線型の頭部に深く突き刺さりました!


 その攻撃で邪竜人グルンヴルド敵愾心ヘイトがアリデッドさんに向かいます。しかし向きを返る間さえ許さず、防衛部隊のスキルが再び注意を自らに向けました。


「こっちだよ!」


 防衛部隊の先頭に立っているのはターシャさんです。表に字架の刻まれた大きな方盾タワーシールド邪竜人グルンヴルドへと向けて、敵愾心ヘイトを稼ぎながら日属性のダメージを与える《カレッジブラスト》を放ちました。眩い光の波濤が邪竜人グルンヴルドを仰け反らせ、そのギロリとした眼光がターシャさんに向かいます。


 ここです。このタイミングです!


「《王の城壁キングスフィールド》!」


 周囲の仲間も、次々に防御魔術を行使します。

 最前線に位置する防衛部隊に、幾つもの魔術が重なり強力な防御効果が齎されます!


「行くでぇ! 《物理障壁ウォール》!」


 そして邪竜人グルンヴルドが《薙ぎ払う》というスキルを使い、腕を振り下ろしたタイミングで、魔術士メイジたちの《物理障壁ウォール》が防衛部隊を包むように展開されました。


「GIAOHHHHHHHH!」


 まるで分厚い金属板がひしゃげるような轟音とともに張られた障壁が砕かれ、その凶悪な一撃が防衛部隊を強襲します――それでも、防衛部隊は無事です。全員、二つの足でその場所に立って戦線を維持しています!


「補給部隊!」


 ターシャさんが荒げる声で叫びます。

 その後方にいた補給部隊の面々が治療魔術を行使して防衛部隊の傷を癒していきます。


 見守っている場合ではありません。次の攻撃に備え、ぼくは《妃の防壁ドミナスフィールド》の詠唱を始めます。

 詠唱魔術チャントマギアの防御魔術は広域にダメージ軽減の防御効果を付与するものですから、持続時間が残っている限り何度でも効果を発揮します。

 防御魔術をかけ終えたら、今度は妨害魔術で敵の能力を下げる必要があります。暗記している魔術にも有用なものはありますから、やるべきことがなくなることはありません。

 幸い、今回は魔力MPを気にしなくても、減ったらその分だけ補給部隊が回復してくれます。なので後先考えずに、指示を信じて撃ち続けます!


「喰らいな!」


 次の攻撃までの隙をついて、魔術士メイジの面々は攻撃部隊に混じって攻撃魔術を放ちます。

 火の矢や氷の刃、礫、雷の帯、鉱石の槍など、様々な攻撃魔術が巨大な敵へと向かいます。

 ひとつひとつは微量ですが、それは着実にダメージを積み重ねていきます。


 邪竜人グルンヴルドの左右に展開した攻撃部隊の前衛陣も、近接攻撃スキルを駆使して大きな足を滅多打ちにしています。

 特に戦士ウォーリアー系の方々がステータスを下げるブレイク系のスキルを多用してくれているおかげで、邪竜人グルンヴルドの勢いは開戦時に比べ大きく衰えています。


 しかし邪竜人グルンヴルドの頭上にスキル名が浮上ポップアップしました。

 同時に、大きく広げた膜翼が赤く輝き、膨大なマナが収束されていきます!


 《カタストロフィア》


「あかん! 《魔術障壁バリア》全力展開!」


 隣に立つアイナリィちゃんが両手を前に突き出し、あり得ないほど巨大な障壁を邪竜人グルンヴルドの眼前に展開しました! その大きさはもう殆ど邪竜人グルンヴルドと同じです!


 膜翼の纏う輝きが大きく迸り、幾つもの赤い光線が放たれました!

 しかしアイナリィちゃんの張った障壁がそれを受け止め――切れず、光線は防衛部隊に次々と着弾して行きます!


「うあああっ!」

「ああああっ!」

「ぐわあっ!」

「があっ!」


 何人かの冒険者や騎士団の方が穿たれ、倒れ伏しました。光線の幾つかはこちらの後衛陣にも飛来し、耐えた者はいるものの、やはり何人かはその一撃で全ての生命力HPを持っていかれました。


「くっそ、何やアレ! 威力が桁違い過ぎる!」


 魔力MPを使い果たしたアイナリィちゃんが膝を地面に着いて肩で息をしながら零しました。


「うちの障壁でダメならヤバいで、防ぐ手立てあらへん」


 ぼくはゾッとしました。

 ここに来るまでに教えて貰いましたが、アイナリィちゃんの魔力MPには何故かバグが発生しており、ステータス的には本来三桁程度が五桁の魔力MPを有しています。

 それを全て費やしても防ぎ切れないのですから、あのスキルの威力は異常です。とてもリリース十日程度で用意されるレイドボスには実装される筈の無いものです。


「補給部隊さん! アイナリィちゃんにありったけの《マジックポーション》を!」


 魔力MPが多いと、それだけ回復にも時間がかかります。バグとは言えアイナリィちゃんの障壁スキルはこのレイド攻略の鍵に違いありません。

 防ぎ切れなくても、先程のように被害は最小限に出来る筈です。


 それに――あの手の強力な攻撃はそうそう連発して来な――――


 《カタストロフィア》


 為什麼何で!? 運営は北七バカですか!?

 再び膜翼が広がり、纏った赤い輝きが周囲のマナを収束していきます。マナを吸収するにつれ輝きは大きくなっていき――


 こうなったら、ありったけの魔術防御を重ねてかけるしかありません!

 間に合うかは分かりませんが、もう一度《妃の防壁ドミナスフィールド》の詠唱を開始したぼくは、しかし次の瞬間目を見開きました。


 後方から飛来した幾つもの光の矢が、その膜翼に突き刺さりました。

 そしてその衝撃は収束したマナを暴発させたんです!


「GUAHHHHHHHH!!」


 スキルが無効化キャンセルされ、邪竜人グルンヴルドが大きな大きな叫びを上げました。

 振り返るとそこには――弓の形に展開された〈ブラックウィドウ〉を構えた、ロアさんの姿。


「……」


 噂通り、涼やかな顔は何も語りません。

 ロアさんは前へと歩きながら、徐々にその歩みは助走へと移ろいます。

 ぼくたち後衛陣は慌てて左右に分かれて道を空け、そのをロアさんが直走ひたはしります。


 そして高く跳び上がったロアさんは、空中で再び、ダメージに呻く邪竜人グルンヴルドに向けて光の矢を放ちました。


 《エーテルストライク》


 放たれた四つの矢がその巨体に突き刺さり、先程よりは小さいですが白い爆発を生みます。


 そして空中でガシャガシャと弓は剣へと変わります。


 《レイブレード》


 スキル名が浮上ポップアップし、刀身が白い清廉な光を纏って巨大な斬撃が繰り出されました!

 光の剣閃は縦一文字の軌跡を残し、邪竜人グルンヴルドを後退させる程の大きなダメージです!


「攻撃部隊はロアに続け! 畳み掛けろ!」


 ターシャさんの声が響きます。

 しかし、この勢いに乗ったまま討伐できるほどレイドは簡単じゃありません。それをぼくは、これまでのVRMMORPGで嫌というほど知っています。


 まだまだ、気は抜けません。

 だから一心不乱に、詠唱を重ね続けます。

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