056;邪竜人、討伐すべし.06(牛飼七月)

 行軍は攻撃部隊と防衛部隊のそれぞれ高レベル前衛PCの混合部隊を先頭に、防衛部隊の残りの前衛、攻撃部隊の残りの前衛、防衛部隊の後衛、攻撃部隊の後衛、そして補給部隊が続きます。

 僕は一番先頭の、混合部隊の中で周りに足並みを合わせて駆けます。


「よう、レベルは上がったか?」


 気付くと、隣にアリデッドさんがいました。久し振りに会いましたが、相変わらずとてもイグアナです。


「はい。もう少しでレベル30一人前です」

「そらよかった」


 短く会話を打ち切り、僕たちは前を向きます。しかし僕の脳裏には、アリデッドさんがセヴン――ちぃちゃんと二人きりで会話を楽しんだ、という事実が浮かび上がります。

 それはぐちゃぐちゃとした真っ黒の泥から湧き上がったようで、ですから黒くぬとぬととした糸を引く粘性を帯びていて、僕は何だか集中が出来ていません。


「どうした? やけに不安顔だな」

「え?」


 アリデッドさんがそんな僕に問い掛けました。顔に出るほど、分かりやすく僕はこんがらがってしまっているのでしょうか。アリデッドさんとセヴンが僕の知らない楽しみを共有したという事実は、そんなに僕の中で大きな出来事なんでしょうか。何だか、自分がとても情けなく思えてきました。


「大丈夫だ、安心しろ」

「え?」

「オタクがまたなっても、また俺が戻してやる。だからオタクを俺と同じ部隊にしたんだよ」

「……え?」


 大変です。何やらこのお方、すごい勘違いをしているようです。

 でも考えてみれば当然です。レイドでは皆、開戦からずっと《原型解放レネゲイドフォーム》状態で行くのが普通みたいですし――そうなると、僕の《原型解放レネゲイドフォーム》を危惧するのは当然です。


 でも、アリデッドさんがいてくれて、そのつもりなら――僕も、全開で望んだ方がいいのかもしれません。


「ま、使うのは攻撃圏内に入ってからだ。タイミングはこっちでコントロールする。いいな?」

「はい。お願いします」


 僕はきっと、セヴンよりもアリデッドさんのことを知りません。それでも、アリデッドさんはいい人です。僕を、僕たちを助けてくれました。その事実は、何があっても覆ることは無い。

 だから、安心することにします。



◆]【アンベックの森・表層】

  に移動しました[◆



 森を暫く進むと、前方から血の匂いがします。凝らした目で見詰めるため、駆ける足の速度が落ちました。

 戦闘です。しかし、あの邪竜人グルンヴルドの巨体はまだ見えません。


「Sxxt!!」


 アリデッドさんが前方を睨み付け、汚い言葉を吐きました。

 そして最前列に陣取っていたリアナさんとターシャさんがそれぞれ武器を構え、声高に叫びます。


「総員、戦闘態勢に移れ!」

だ!」


 遥か前方では、恐らく先陣を切って出発しただろうこの国の騎士団の方々が、あの邪竜人イヴィルドレイクを人間大に小型化したような魔物モンスターと交戦を繰り広げています。


「我ら冒険者一団、この討伐の戦線に加勢する!」


 ターシャさんが大きな方盾タワーシールドを構えながら向かって行きます。


「混合部隊は後続の到着までここで戦線を張る! 防衛部隊、前へ! 敵個体一体につき二名の布陣! 攻撃部隊は散れ!」


 指示に従い、僕も駆け出します。すらりと抜いた銀色の刃は陽の光を照り返し、それは直ぐに赤黒く濡れていきます。


「せぁっ!」


 《戦型:月華――初太刀・月》


「ギュオァッ!?」


 騎士が攻撃を盾で受け止めた隙に、その頭部に真っ直ぐ切っ先を捻じ込みます。紫がかった脳漿が飛び散り、クリティカル補正の入った強力な一撃で刃は頭骨を突き抜けました。


「おらあっ!」

「ギシュッ!」

「だっしゃぁっ!」

「はぁっ!」

「ギュブッ!」

「せいっ!」

「よいしょぉっ!」

「ジャバァッ!」


 他の方々も次々と騎士団を窮地から救っていきます。

 小型の邪竜人イヴィルドレイクはそこまで強くなく、後続が追い付く頃にはあらかた片付いてしまいました。


 しかし勿論、これで終わりな筈はありません。


「また来るぞっ!」


 騎士団の方が声を上げ、その声の通りに前方からまた新たな小型邪竜人イヴィルドレイクの一団が現れました。

 恐らく先程の一団よりは強いのでしょう、一回り体は大きく、動きも早ければ力も強いです。


「陣形展開! 防衛2攻撃2の四人編成フォーマンセルで当たれ!」


 ターシャさんの指示に、僕たちは一時的な班を作って各個撃破を狙います。


「後続が到着した!」


 防衛部隊の前衛が追い付いてきました。防衛の布陣を敷き、敵の攻撃を引き付けて隙を作ります。


「討ち漏らして構わん! 後続が処理する! 前進を優先しろ!」


 それでもなるべく後続が楽に戦えるよう、僕たち前衛は強力な一撃を叩きつけて離脱し、辻斬りのような機動で前へと進みます。

 計三回、同様の戦いをしました。現れる毎に敵は強くなっていきますが、ターシャさんの的確な指示によって僕たちの即席の連携は敵の猛攻を撥ね除け、逆に押し込んで行きます。


「行くぞ! もう少しで邪竜人グルンヴルドだ!」


 先頭にいた騎士が声を張り上げました。

 応じ、戦う者達の咆哮が天を衝きます。


 そして開けた森の奥、小高い丘になっている地形のその先に。


「あれが――」

邪竜人グルンヴルド――」


 盆地になった平野に、こちらへと向かっている黒い巨人の姿がありました。

 なだらかな斜面に展開された騎士団の戦線に阻まれながらも、邪竜人グルンヴルドは徐々に、しかし確実に前へと進んでいます。


「これより左右に分かれて戦線に加勢する! 防衛部隊は前へ! 攻撃、防衛両部隊の後衛は陣形を展開! 攻撃部隊の前衛は左右から挟撃するぞ!」


 ターシャさんの号令が轟き、そして先陣を切って駆け出します。堅牢そうな重装備に身を包んだ防衛部隊の強者たちがそれぞれ雄叫びを上げながらその背に続きます。


「ぼさっとしてんな? 俺たちも行くぞ!」

「はいっ!」


 アリデッドさんに続き、僕も右手側へと進みます。戦場は盆地のようになっていて、後衛組が扇の縁のように広く展開しています。


「一番槍は貰うぜ! 《スピアヴォールト》!」


 アリデッドさんが疾駆の勢いをそのままに、担ぐように構えた槍の穂先を地面に突き立て跳躍しました。

 棒高跳びのような跳躍は、スキル補正も加わり遥か高く遠くへと爬竜の身体を舞い上がらせます。

 そしてそこから《ラテラルスラスト》《ヴァーティカルスラスト》《ダブルジャンプ》の三つのスキルを間隔無く連続使用し、眼下の騎士団に気を取られている邪竜人グルンヴルドの頭上から渾身の《スティングファング》という突進+刺突のスキルを叩き込みました!


「GOAHHHHHHHHHHHHHH!」


 第一撃ファーストヒット致命の一撃クリティカル

 邪竜人グルンヴルドの黒く照り返る鱗を突き抜けた穂先は、入れ違いに紫色の飛沫を上げました。邪竜人グルンヴルドが頭を振って暴れます。


 負けていられません、僕も続きます!


「やぁっ!」


 巨大な足首に横薙ぎの一閃を叩き込みます。しかしこれは、怖ろしく堅いです! アリデッドさんはよくこの鱗を衝き通せましたね……それとも頭部はやや柔らかめなんでしょうか?


「うおおおおおおおおおおお!」


 前衛に踊り出た一人が強烈な雄叫びを上げました。蛮人バーバリアンのスキル、《シャウト》です。レベル差で邪竜人グルンヴルドへの悪影響は及ぼせていませんが、僕たち全員に[増強]のステータスが付与されました。

 身体の内側から湧き上がる力を軍刀に押し込めるように、僕はもう慣れた構えを取ります。


 《戦型:月華――初太刀・月》


「はぁっ!」


 凄いです! 先程は弾かれちょっとしか斬れなかったのに、今度は一撃目のアリデッドさんみたいにそぷりと刀身が足首の肉に埋没しました!

 間髪入れずに《二の太刀・下弦》を放って追撃します。こういった巨人と戦う時はとにかく足を狙って倒すのがセオリーなのだそうです。ようし、アキレス腱をぶった斬ってみるとしましょう!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る