055;邪竜人、討伐すべし.05(シーン・クロード)

「よし、ある程度揃ったな。じゃあこれから、今回のレイドについて説明するから皆、聞いてくれ」


 ニコが大聖堂の中に集い、役割ごとにグループ分けのなされた冒険者たちに向かって言い放った。

 これから巨大な強敵を討ちに行くんだと、自ずと緊張が高まって静寂が張り詰めた。


 その、タイミングだった――そいつが、現れたのは。



 鮮烈な、まるで鮮血のように真っ赤な髪と、透き通った硝子珠を思わせるような白藍色の光彩。

 切れ長の目は強い眼差しを携えている。しかしどこか焦点の合わない二つの瞳は、それゆえ彼女が持つ神秘性を深めていた。

 顔立ちは恐らく綺麗なのだろう。断じ切れないのは、鼻から下を黒い半面で覆い隠しているからだ。

 180センチメートルに達していそうな長身に長くすらりと伸びる手足は、丈の長い黒革のバトルジャケットを纏っている。手袋グローブ長靴ブーツも真っ黒だ、徹底されている。

 たすき掛けにされた吊り紐ストラップから伸びる、腰元の大きな長方形の鞘は、彼女の代名詞でもある弓と剣の両方の形状を取る可変式の固有兵装ユニークウェポン〈ブラックウィドウ〉を収めている。


 ヴァーサスリアルの全PCプレイヤーキャラクターの中で最も高いレベルを有していながら、しかしどのパーティにも属さず、またどのギルドに属しているのかすら判明していない異端の冒険者――ロア。


 コツコツと踵が床の大理石を踏む音を響かせながら、静寂の中を悠然と進むその姿に、この場にいた誰しもがそれを注視していた。


「……ロアさん。良かった、あなたのようなトッププレイヤーに参加して頂けると非常に助かります」


 ロアは相変わらず、何も語らない。ただ目を合わせ、コクリと頷き、反応を待つだけだ。


「ロアさんには僕と同じ、“攻撃部隊”の前衛に入ってもらうとしましょう。あ、それとも、後衛の方がいいですか?」


 小さく首を横に振る。どうやら前衛が好みのようだ。

 誰とも殆ど関りを持たないソロプレイヤーだが、極稀に強敵にぶち当たってしまった初心者を助けることもあり、そのプレイスタイルは割と初期の頃から判明している。

 また、パーティ限定のクエストだと一時的に彼女と組めた幸運ラッキーな冒険者もいるようで、非公式のまとめサイトには彼女専用のページもあるくらいだ。


 判明している情報では、アニマはジュライと同じ《修羅ソウラ》、アルマは《弓士アーチャー》系統で第二段階セグンダの《勇士ブレイヴ》。扱う武器は遠近両用の弓剣。どちらかと言えば前衛寄りだが、攻撃の届かない上空の相手にも弓で応戦出来る万能型だ。


 不思議な奴だが、実力者だというのは確かだ。そして、ロアが味方にいることでこのレイドクエストが攻略しやすくなるのもまた。


「それでは改めて――今回のレイドクエストにおける、僕たち冒険者の戦い方についてを説明します!」


 ステンドグラスから色とりどりの光が差し込む清廉な大聖堂の空気を、ニコの強く確りとした声が震わせる。


「先ず、僕たち冒険者の他にも、ここ神聖ルミナス皇国の修道騎士ミリティアや森に住まうエルフの兵団と共闘することを忘れないでください。このレイドで得られる経験値は他のゲーム同様に、討伐に最も寄与したキャラクターからランキング形式で大きく振り分けられます。ですが僕たちの最たる目的はレイドボスの討伐です。足並みを揃えなくてはあの強大で凶悪な敵は倒せません!」


 全く言う通りだ。自分に割り振られる経験値を優先して俺たちがてんでバラバラな行動を取れば、あのドでかい邪竜人グルンヴルドは倒せないどころか、どんどん侵攻を許してしまうことになる。だからこういった打合せがVRゲームのレイドには必要だ。


「大丈夫です。何も与えたダメージだけがランキングに反映されるわけでは無いと思います。運営からの公式発表はありませんが、他のゲーム同様に、盾役タンクならダメージカットの量、治療役ヒーラーなら回復を施した量、支援役エンハンサー妨害役デアクターにもちゃんとランキングは用意されている筈です!」


 レイドにおいて最も重視されるのはダメージだ。しかしそれを多く叩き出せる撃破役アタッカーが優遇されると、他の役割を担うプレイヤーのモチベーションがだだ下がっちまう。

 だからそれぞれの役割ごとにランキングは用意されるし、そして万能型も活躍出来るよう総合ランキングなんてものもある。

 また、パーティーメンバーの平均値で競うパーティーランキングもあれば、ゲームによっては戦況を変えた好プレー珍プレー大賞を採用しているものまである。運営も、レイド期間中は張り付いて観測する人員を増やすのが常だって兄も言ってたしな。


「それでは布陣を発表します。今回、僕たち冒険者の戦団は大きく三つの部隊に分かれます!」


 ニコのテンションも上がって来た。張り上げる声は益々響き渡り、まるで支援スキルの如く俺たちを鼓舞するようだ。


「一つ目は“攻撃部隊”。この部隊はリアナが指揮を取り、近接職が前衛を、魔術職と遠隔職が後衛を務めます。しかし敵はあの巨大さを誇りますから、先ずは足を狙い打って移動を阻みつつ、かしずかさせるか可能なら転ばせて倒すことを第一目標とします」


 頭というのは殆どの敵が有する弱点部位で、そこを攻撃すると[酩酊]なんかの行動を阻害するステータス異常を付与出来ることもある。

 しかし敵が巨大すぎる場合は近接職はなかなか頭に攻撃できない。だから集中攻撃なんかで部位破壊することで相手を倒して頭に攻撃出来るようにする、ってのが多くのゲームで採用されているやり方だ。


「二つ目は“防衛部隊”。この部隊はターシャが指揮を取ります。正直、一番ハズレの役職だと先に言って置きます。近接の前衛職は敵愾心ヘイトを稼いで順番にになってもらいます。そして後衛は防御魔術で攻撃に対してダメージカットに殆ど専念してもらう形になります」


 スキルや魔術によってダメージカット出来るアルマを持っている奴らは軒並みこの部隊に配置されている。

 二種の障壁スキルを使えるアイナリィや詠唱魔術チャントマギアで広範囲に防御効果を付与できるセヴンもこの部隊だ。

 呪印魔術シンボルマギアも強い防御効果を付与できるが対象が個人だから攻撃部隊の後衛に配置される。

 防御よりも治癒に長ける星霊魔術スピリットマギアの使い手たちは次に説明のある補給部隊だ。


「三つ目、最後は“補給部隊”です。この部隊はアイザックが指揮を取り、それぞれの配置で生命力HP魔力MPの回復を担ってもらいます。各種ステータス異常の解消や、場合によっては消耗した武器の交換なども行ってもらいます。雑用という意味合いも強いですが、レイドに不慣れだったり始めたてでレベルの低い冒険者の方はこの部隊に所属してもらいます。正直ランキングには直結し難い部隊ですが、補給こそが戦線の維持に最も必要なんだと理解して下さい!」


 この辺り、馬鹿正直に全てを曝け出すニコの言葉は強い。虚偽や隠匿は使いようで配下の従順さを生むが、それが看破されてしまうと途端に信頼度が失墜する。そうなってしまうと、当然組織というものは上手く機能しなくなるからだ。


 俺は一枚岩の組織なんか無いと思っている。人が複数存在する以上、異なった意見や思想、主義がぶつかって当然だ。寧ろ、一枚岩である組織の方が怖い。

 意見は違えど、納得して足並みを揃えている組織の方がよっぽど強く、より固い。そのためには牽引力と、そして信頼が必要不可欠だ。


 ニコはやはりリーダーに向いている。全体を俯瞰し、その上で個々をよくている。

 だからこそ有能で優秀な仲間にも恵まれる。人徳、人望だ。

 戦闘技術が匹敵していたとしても、根っからのソロプレイヤーである俺にはあんな芸当は出来ないし、きっと望まれもしないだろう。


 そしてそれは、このゲームの最高レベルPCプレイヤーキャラクターである、あのロアも同じだと思う。


「僕はここで後続の冒険者たちの編成と送り出し、そして戦況全体を俯瞰して全体的な指示を出す。戦線には当分出ないけれど、ともに戦う仲間として、そしてこの戦団の統率者リーダーとして、どうか受け入れてほしい」


 ニコの言葉尻が静かな空間に消え入ると、何処からともなく号砲が鳴り響いた――それは鼓舞された冒険者たちの、心からの叫びだった。


「やってやる!」

「勝つぞ!」

邪竜人グルンヴルドは俺達で止めるんだ!」

「この国を私達で守るのよ!」


 咆哮に雑じり、そんな意気込みが強く聞こえて来る。

 第二陣――冒険者単体なら第一陣――として集まったのは大体百人くらいか? その士気は上々だ。


 よし――さぁ、派手におっ始めようぜ!

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