049;鋼の意思.11(姫七夕)

「吃驚しましたよ」

「はい、すみません……」

「危うく、衛士沙汰になる所だったんですからね?」

「はい、申し訳ございません……」

「本当に……ジュライは集中すると他が視えなくなる嫌いがあります」

「はい、申し開きのしようもありません……」

「ちゃんと反省してますか?」

「はい、マリアナ海溝より深く、深く反省しています……」


 自室の中央で畳の上に正座するジュライはいつもより一回り小さく見えました。それもその筈、この人は夜通し宿の庭でスキルの訓練をして、体力が尽きて意識を失い倒れていたところを宿の従業員さんに発見されたんです!

 格好も冒険者としての装備そのままでしたし、剰え庭のあちこちを転がったりして汚れを纏っていて、庭の地面もまるで本当にひと波乱あったような有様だったんです。

 危うく従業員さんがこの街の衛士に通報するところだったんです。本当に、ぼくが偶々たまたま早く起きていて発見したからいいものの……


 でもシュンとしているジュライは何だか可愛いです。いつもはクールでいながら穏和な表情――他の人から見ればただの無表情なのですが――を見せてくれますし、いざ戦闘となればシャキッととてもかっこいい真剣な表情を見せてくれます。でもこんな、シュンとした表情はこれまで見たことがありません。好可愛ハオクーアイです。


「ほら、まだユーリカさんも起きてこないし、今のうちにお風呂入って、身綺麗にしてきて下さい」

「は、はい……」

「あ、でもゆっくりでいいですからね? まだまだ時間的な余裕はありますし……お風呂から上がったら身支度をして、出発前に朝ご飯ですからね?」

「はい、はい……」


 余程こたえているのか、重く足を引き摺るようにして大浴場へと向かうジュライの背中には影が見えるようです。

 しかし、一晩中スキルの訓練をしていたなんて……しかもその理由が……


『……セヴンに、安心してもらいたくて……』


 きゃーっ! きゃーっ! お顔が好湯あっつい! 好湯あっつい


「……何してんだ?」

「わぁーっ! ユ、ユーリカさん!?」

「……いや、ジュライの部屋で何してんだ、って」


 きゃーっ! 不好意思はずかしいっ!




「それで、スキルの訓練はどうだったんだ?」

「それがですね……」


 朝食を食べ、再び素材集めの旅に出発したぼくたち。町から湖へと移動し、残る三つの素材を集めます。

 道中の話題は昨晩ジュライのスキル訓練について。一晩中試し続けたジュライでしたが、どうも晴れない顔をしています。


「今更なんですが、《刀士モノノフ》って軍刀を扱うようには出来ていないってことに気付きました」

「はぁ? どういうことだ?」


 何でも、試そうとした《三の太刀》の《望月もちづき》も《朔月さかつき》も、刀を両手で振るうことが前提になっているらしく、軍刀を構えている時には何度念じようともうんともすんともいかなかったみたいです。


「よく気付いたな……」

「はい。これはと思って、試しに軍刀を置いて鞘を両手で握ってみたんです。そうしたら、発動しました」


 《望月》も《朔月》も、両方とも跳び上がりからの両手で一閃を加える攻撃スキルでした。《望月》が、空中で前方に蜻蛉を切りながら唐竹の強烈な一撃を叩き込む、そして《朔月》が対照的に、後方へと宙を舞った後で薙ぎ払うように斬り付けるスキル、なんだそうです。


「何だか、使いどころが難しいな」

「そうなんですよ、でも早めに気付けてよかったです。昨日みたいに行き当たりばったりで使っていたら、思わぬ事故に遭いそうでしたから」


 ここからジュライの饒舌ターンが幕開きます。

 きっと気付きが沢山あったのでしょう。詳細を知ることの出来たスキルを、何度も何度も組み立てて積み重ねたのでしょう。そしてそこから得られた手応えは、彼の少年心を大いにくすぐったに違いありません。


 その証拠に、身振り手振りを時折混ぜながら延々と喋り続ける彼の表情はとても生き生きとしていて。

 例えば《戦型》の《初太刀》《二の太刀》《三の太刀》はその順番で繋げると威力がさらに増しますがタイミングさえ外さなければ順不同でも繋がるだとか、異なる《戦型》のスキルでも繋がるだとか、スキルの途中でも次のスキルに移行できる、だとか――


 前衛職のことはさっぱりなぼくは殆ど聞き流して、嬉々として語りに語るその顔だけをうっとりと見詰めていたのですが、そしてユーリカさんは途中からうんざりとし出したんですが、そんなことは関係なく本当に本当にずぅっと喋り続けていたんです。


 そうしていたら、あっと言う間に目的地に到着していました。



◆]【ウルバス湖・山の麓】

  に移動しました[◆



 ここにそこそこの頻度で出現する魚人種ギルマンに属する“魚人司祭ギルマンプリースト”と、同じく魚人種ギルマンに属する“魚人戦士ギルマンウォーリアー”から剥ぎ取れる〈艶めいた鱗〉がまずひとつ。

 それから、低頻度で出現する精霊種スピリットに属する“湖の邪霊レイク・イヴィルスピリット”から獲れる〈水霊の涙〉がひとつ。


 ここでは、そのふたつの入手を狙います。どちらもそこそこの数が必要なので、午前中いっぱいを使っても獲り切れるかなぁ、なんて思っていたぼくたちでしたが。


「はぁっ!」


 湖畔の奥まった場所で遭遇した魚人種ギルマンの兵団に、ジュライが果敢に挑んでいきました。

 その数は全部で十二体。一番奥には一団を率いる“魚人軍師ギルマンジェネラル”がギョギョギョっと指示を飛ばし、その手前にいる三体の“魚人司祭ギルマンプリースト”が星霊魔術を行使し、その発動を待っています。

 そして横隊を作る四体の“魚人戦士ギルマンウォーリアー”と同じ四体の“魚人闘士ギルマンファイター”が、単身突出したジュライを取り囲む動きを見せました。


「こいつは助太刀しないとねぇ!」


 この旅の間、必要な素材を獲る際は傍観に徹していたユーリカさんも、流石にこの多勢に無勢ぶりは看過できず、金槌ハンマーの長柄を両手に握ると雄叫びを上げて乱戦の中へと突っ込みます。


 ぼくはここでも二人の回復に専念するつもりでいましたが、しかし奥まった軍師ジェネラル司祭プリーストが不穏です。なので、初手はそちらを潰す方向で行きます。


「しぃっ!」


 《戦型:月華》からの《初太刀・月》による鋭い刺突が魚人闘士ギルマンファイターの左胸を穿ちました。

 彼らは集団で現れるため数の脅威こそありますが、レべル的にはぼくやジュライとほぼ同じの、個体としてはあまり怖くない相手です。ここは足場も確りと踏み締められる土の地面ですし、動きを阻害する水流もありません。


「はぁっ!」


 身体ごと後方へと跳ねて刀身を引き抜くと同時に浮上ポップアップする、《二の太刀・下弦》の文字列。振り下ろされる刃が魚人闘士ギルマンファイターの左肩に食い込んだ瞬間に、文字列が切り替わりました。


 《初太刀・円閃》


 翻った刃が真横を向き、身体ごと回転する勢いで放たれた横薙ぎの一閃が魚人闘士ギルマンファイターの首筋をすっぱりと斬り裂きます。途端に上がる、青みがかった血飛沫。

 怯んだ一団を睨み付けたジュライは、着地と同時に軍刀で天を衝くように振り翳しました。


 《戦型:雷哮》


 そして大きく一歩踏み出すと同時に、鮮烈な落雷のような振り下ろしの斬撃を魚人戦士ギルマンウォーリアーに叩き込みます。


 《初太刀・迅雷》


 速すぎて切っ先が見えません。魚人戦士ギルマンウォーリアーが着込んだ水獣の革鎧ごと斬り裂いた一撃は、勢い余って地面の土をばぐりと撥ね上げました。


「ギョォォォオオオ!」

「させないよっ!」


 真横から襲い掛かろうと戦斧を振り上げた魚人戦士ギルマンウォーリアーは、ユーリカさんの放った《スピンストライク》で弾き飛ばされ地面を背中で滑走しました。

 至近距離で拳や蹴りを振るう魚人闘士ギルマンファイターには離れた場所から剣閃を見舞い、そして白兵距離で斧や槍を振るう魚人戦士ギルマンウォーリアーには肉薄しての柄尻での打撃や肘でのかち上げを見舞い、そして一気呵成に撫で斬ります。


「――天より墜ちて地に響き

   大気に兆す万雷の音

   旋律は戦慄へと転化せよ

   昏迷に轟け霹靂の鐘――

 ――《劈く雷鳴サンダークラップ》――!」


 星霊魔術が発動の兆しを見せたその瞬間、パッシブスキル《早口言葉》により詠唱速度の増したぼくの魔術が最終節を迎えました。

 唱え終わり、左手に握った〈鈷硝子コバルトガラスペン〉の先端を振り下ろすようにして差し向けます。


 パリパリと放電する青白い火花が、雷条となって四方八方から収束しました。起点に指定したのは一番奥の魚人軍師ギルマンジェネラルです。その頭上に、球状の放電膜が瞬時に拡がり、破裂して空間そのものを劈く激しい衝撃波が波濤します!


「ギョァァァアアアアアッ!」

「ギョギョギョォォオオオッ!」


 ぶすぶすと黒煙を立ち上がらせて黒焦げになった司祭プリースト三体が地に崩れました。辛うじて軍師ジェネラルは生き残っています。しかしこれで、敵集団には回復の手立てが無くなりました!


「はぁっ!」


 的確な軍刀捌きがまたひとつ、魚人種ギルマンの首筋に血潮の線を刻みます。

 そこからは一分の隙も見せず、なんと必要な〈艶めいた鱗〉五個をこの戦闘で一気に入手できました!

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