050;鋼の意思.12(姫七夕)

 残る“湖の邪霊レイク・イヴィルスピリット”は物理攻撃が効きづらいので、ジュライが回避に専念した立ち回りをしながら少しずつ誘導し、そしてぼくの詠唱魔術で一網打尽にします。

 水属性の構築魔術をチクチクと放ってくるため同時に相手に出来るのは二体までと決め、おかげで魚人種ギルマンとの戦闘で余った午前中の時間をフルに活用しても、お目当ての〈水霊の涙〉六つ全ては集まり切りませんでした。


 昼食は【湖畔のウルバンス】に戻らず、湖の畔の適当な場所でランチセットを広げて食べます。ほんの少し、ピクニック気分です。

 湖を一望できる畔には“釣り”を楽しめる広い橋がかかっており、十数人の冒険者が悪戦苦闘しています。“釣り”でしか手に入らない素材やアイテムもありますから、必要になったら挑戦してみようと思います。


 橋から少し離れた場所にレジャーシート代わりの布を広げ、その上にモモにぷりぷりしてもらったランチボックスを置きます。


「その動作は何とかならないのか?」

「え、Kawaiiじゃないですか!」


 食べ物がおしりからぷりっと出て来るのは何となく引っ掛かるものがあるとのことです。気持ちは分かりますが、でもこの動作モーションがKawaiiんですよ!


「ぷぎっ!」


 ほら、モモもそんなことを言われて「心外だ!」みたいな顔をしています。はぁ、Kawaii。好可愛ハークーアイです。


 ランチは白いパンのような生地を折り畳み、その間に食材を挟んだサンドイッチのような食べ物です。ウルバンスの町の名物にもなっていて、〈グォ〉という名前で売られています。

 間に何の食材を挟むかによって色々と名前は変わるみたいで、ぼくのはレタスや玉ねぎ、トマトといった定番のお野菜にハムとゆで卵をあわせた〈シャーラーグォ〉、ジュライのはロースカツを挟んだ〈ヤオブーグォ〉、そしてユーリカさんのは千切りキャベツに蒸し鶏がいっぱい詰まった〈ツェンジーグォ〉です。


 使い魔ファミリアたちにもそれぞれ専用の餌――無くても支障はありませんが――をあげて、腹八分ほどまで食べたぼくたちは再び【山の麓】で邪霊退治をしました。

 予定時刻を少し超過オーバーした昼下がり、漸く〈水霊の涙〉の残りの3つを手に入れたぼくたちは、少し急ぎ足で【アシタ山】へと向かいます。【ツェンリアの街】へと戻りながら残るふたつ〈毒花の黒蜜〉と〈緋色の樹液〉を狙います。どちらも山道で遭遇する植物プラント魔物モンスターから剥ぎ取れますが、〈緋色の樹液〉を持つ“ブラッドエント”は夜の時間帯にしか現れないので、ぼさぼさしていると危険な夜道を【ツェンリアの街】へと向かう羽目になってしまいます。


「《猛火の誓カリエンテ》!」


 幸い、〈毒花の黒蜜〉を持つ“ポイズンペタル”は移動出来ないタイプですから、ツタの届かない外側から魔術で焼却して終わりです。

 日が暮れ始めた頃には必要な八個が揃い、ぼくたちは急いで移動を開始します。


まずいな……」


 空を見上げてユーリカさんが呟きました。山の天気は変わりやすく、先程までの晴天が嘘のように黒く塗り潰されていきます。


「雨ですか?」

「雨だけなら良いんだけど……雷まで落ちるようだと、流石に木の元素エレメントが強くなり過ぎる」

「木の元素エレメント、ですか……」


 雷というのは木の元素エレメントに属します。天候が『雷雨』になってしまうと木の元素エレメントが強くなりすぎて、木属性の精霊スピリットがわんさか出てきてしまうのです。

 普通の“雷の精霊エレクトロ・スピリット”ならこちらからちょっかいを出さない限りは手出しして来ませんから安全なのですが、これが“雷の邪霊エレクトロ・イヴィルスピリット”になると話が違ってきます。見境なく命に対してばんばん雷放って来るのです。


 そして案の定、雨が振り始めました。

 山道の地面も所々泥濘ぬかるみとなり、傾斜もそこそこあるので行軍速度も遅くなります。


 ピカッ、ゴロロロ――遠雷が轟きます。周囲を見渡すと、あちこちにぼんやりと浮かぶ直径2メートルくらいの大きな球体がふよふよと彷徨っています。


「あれは“精霊スピリット”だ。手を出さなければ大丈夫」

「「はい」」


 交戦になると大変面倒です。天候のせいで場の元素エレメントパワーは大きく水と木に傾いています。

 木属性である“雷の邪霊エレクトロ・イヴィルスピリット”に有効なのは火属性と金属性ですが、水の元素エレメントが強まっているこの場ではどちらの属性も通常より弱まってしまうのです。

 ぼくの《原型解放レネゲイドフォーム王冠ステマ》では属性弱体効果を減免できますが、そもそも“雷の邪霊エレクトロ・イヴィルスピリット”は目当ての敵では無いのです。


 ずしん、ずしん――前方から、巨大な存在がぬかるんだ地面を踏み均す音が響いてきます。


「クッソ、こんな状況でかよ……」


 ユーリカさんが背負っていた金槌ハンマーを構えました。それを視認してジュライも軍刀を抜き放ち、ぼくも手に魔導書とペンを構えます。

 疎らに生えた木の影から出てきたのは、無念を抱いたまま死した遺骸を吸収したことで邪悪な意思を持つに至った樹木。土から引き抜いた幾本もの根を足として移動を行い、自ら命を奪って糧とする“ブラッドエント”です!


「ちっ、配下も連れて来たみたいだ」


 取り巻きのように、ブラッドエントの周囲には都合六体の“ゾンビスポア”――死体に憑りつく菌糸類で、成長したものは宿主を利用して自ら死体を作り出して繁殖する厄介な魔物モンスター――がいます。うち二体は冒険者の身体を操っていて、残る四体は鹿と熊です。動きが奇妙で背筋がぞわぞわします!


「先手必勝行きますよ!」


 スキル《早口言葉》で素早く詠唱を始めたぼくは、敵の近寄らぬうちに元素エレメントの影響を一切受けない無属性の魔術を解き放ちます。


「――戦禍降り注ぎ

   光終えて闇の中

   形あるものは崩れゆけ

   形なきものも滅びゆけ――

 ――《戦ぐ衝撃ルインバースト》――!」


 これまでに何度もしらんじてきた詠唱節を噛むことなく唱えると、ブラッドエントを中心に空間が爆ぜ、けたたましい轟音と共に無色透明の衝撃波が迸りました。

 流石に《戦ぐ衝撃ルインバースト》は初級も初級の魔術ですから、この一撃で倒せた敵はいませんでしたが、これを開戦の合図としてジュライとユーリカさんが切り込んでいきます。


「ジュライ、《胞子ブレス》に気を付けろよ!」

「はい、ありがとうございますっ!」


 必殺とも言える強烈な一撃を叩き込んで嵐のように敵を薙ぎ払っていくユーリカさん。

 対照的に、ジュライは鋭い剣閃を何度も叩き込みながら、足運びや体捌きで敵を翻弄していきます。

 どちらも前衛の要職・撃破役アタッカーですが、ジュライの立ち回りは敵の攻撃を引き付け隙を作る“盾役タンク”そのものです。

 昨日からこの時までの旅路はとても短い時間ではありますが、そんな風に連携できる二人は濃密な時をともに過ごしたということです。勿論、ぼくだって負けていません。


「《コンセントレーション》!」


 集中力を高め、被ダメージ時に詠唱が途切れないようにするスキルを使います。ぼくの視界に[集中]というステータス付与の文字列が現れ、ぼくは記憶の中の詠唱魔術を思い出しながら諳んじます。


「――霊域に眠る古の王よ

   時司る魔を統べし君よ

   願いはここに解き放たれた

   針はその身を摩耗せよ――

 ――《遥か一時クロノスタシス》――!」


 薄青の輝きがジュライとユーリカさん、そしてぼくに降り注ぎ、輝きはローマ数字の刻まれた文字盤と三つの時針を象ります。

 針が回る速度を上昇させる視覚効果エフェクトが薄れて消えると、ぼくたちの行動速度は見違えるほど上昇しました。


 《遥か一時クロノスタシス》はパーティメンバーにしか効果を及ぼさない支援魔術です。位階ランクはぼくが使用できるひとつ上の“C”――通常の半分しか効果は適用されませんが、それでもそのは絶大な効果を生みます。


「《ガードブレイク》!」

「《迅雷》!」


 ブラッドエントのレベルは45、ゾンビスポアのレベルは38と、どうにかならない相手ではありません。堅く、一撃の重い魔物モンスターたちですが、速度も上昇した身軽な二人は攻撃を躱しながら着実にダメージを積み重ねていきます。


「《虚脱の呪ダルネスカース》!」


 ぼくは今度は、敵にのみ作用する妨害魔術を行使しました。《早口言葉》もあわさって自分でも吃驚するほどの舌の回り様です。ゾンビスポアの二体に抵抗されてしまいましたが、一番強いブラッドエントの攻撃力を減少させることに成功しました。


 そして五分ほど経った頃でしょうか。

 ジュライの渾身の一撃がブラッドエントに突き刺さり、醜く低い断末魔の叫びを上げたブラッドエントがずしぃんとその場に倒れ伏せました。戦闘終了です!


「獲れました」


 にこにこしながら――僕にしか分からないんですけど――ジュライが小瓶に詰めた〈緋色の樹液〉を掲げます。一体のブラッドエントから最大で三瓶分は獲れたと思うんですが、残念ながら今回の戦闘ではそれ一個だけのようです。


「じゃあ、邪霊イヴィルスピリットに注意しながらあとノルマ一個だな」


 そしてぼくたちは【ツェンリアの街】へと戻りながら、目当てとする全ての素材を集めることが出来ました。しかし戻ってきたのは夜の十時を回ったところで、すぐにご飯を食べ、宿に泊まって諸々のことは翌日に持ち越します。


 やることは終わりではありません。

 商店で交易品として売られている残りの必要な素材を買いつつ、ぼくは【フロスベルリ】で、ジュライは【雷乙徒餓奔頭ライオットウェポンズ】で固有兵装ユニークウェポンの素材納品と最終打ち合わせをし、そして出来上がりを待つのです。


 ああ、楽しみだなぁ!

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