047;鋼の意思.09(姫七夕)
「セヴン! 回復に専念してくれますか!?」
「えっ!? は、はいっ!」
振り向かず、ジュライは
ぽかんとしている暇はありません。殆ど脊髄反射でぼくはジュライが何をしようとしているかを把握しました。
そして――それを、本来ならば止めるべきでした。
このゲームはよりレベルの高い敵に挑んでいくことを推奨しています。なのである程度のレベル差というのは覆せるものですが、それでも30オーバーは明らかに無謀です、蛮勇です。
信じて、いいんですよね?
「はぁっ!」
ジュライの乱閃は大きな胴体の膨らんだ腹部を滅多斬りにします。紫がかった血飛沫が斬り付ける度に上がり、皮膚から仄かに白んだ煙が上がっています。同時に、肉の焼ける、嫌な匂いも。
本当に、本当に信じていいんですよね?
迷う心は集中力を弛めます。ですから、ぼくはもう目を閉じて一心不乱に詠唱を続けました。
見なければ、聞かなければ、気にしなければ迷うことはありません。それは“信じる”とは違っていたとしても、今はこうするしか、詠唱を完遂させる方法がありません。
「――命を遙か運ぶ風よ
遠く奏でる海の潮騒
揺らぐ痛みは泡沫の唄
揺蕩う夢に密たして注げ――
――《
目を開いてジュライを起点に魔術を行使すると、ちょうどジュライは
ともすれば
「セヴン、ありがとう! またお願いしますっ!」
これで、いいんですよね――ぼくは返事をせず、そのまま次の詠唱に移ります。詠唱魔術は“詠唱”という長い予備動作がありますから、その分行使後の
ジュライがまた、果敢に
なら、もう迷いません。もう疑いません。
きっとまだ、100%信じ切ることは出来ませんが――頼られた通り、回復に専念するだけです!
「《
これで四回目でしょうか?
敵の攻撃も《強酸の血潮》によるダメージも気にせず狂ったように剣閃を奔らせるジュライが、ふと、見たことの無い構えを見せました。
あれは――
《戦型:月華》
《初太刀・月》
文字列が切り替わると同時に、鋭い突きが
《二の太刀・下弦》
しかし攻撃は終わりません。さっと身を退きながら、引き抜いて振り上げた刃を鋭く振り下ろした一閃が再び同量・同質のダメージを
いけません、つい魅入ってしまって詠唱が中断してしまいました。第三節まで行ったのですが、最初からやり直しです……
ジュライの猛攻は時に使い始めたばかりのスキルを織り交ぜながらさらに続きます。
時折
「《
六回目の行使です。そろそろぼくも、自前の
ですが、ぼくの不安を吹き飛ばすように、ジュライの放った《月》が再三、痛烈に
その切っ先はあろうことか、ズタズタな腹部を地面の方向に突き抜けました。ジュライの頭上で
《二の太刀・上弦》
突き抜けた刃は上を向いています。ですから翻すことなく、そのまま身体を仰け反らせるように腰を捻り上げて放つ斬り上げが、刀身を再びズタズタの腹部へと捻じ込みました。
刃は肉に阻まれながらも、スキルの威力修正により増幅された勢いが全てを断ち切りながら抜き放たれました。
これまで以上の盛大な血飛沫がジュライの皮膚を焼きます。ですがそれよりも、
ずぅん、と重い響きと俄かの土煙を上げて地に沈んだ、横たわったまま動かない
はやく、はやく駆け付けなくちゃ――足が縺れそうになりましたが、それでもどうにかぼくは辿り着きたい場所に、ジュライの胸に届きました。
「ジュライ!」
カラン、と軍刀が落ちました。気にせずぼくはジュライに飛びつき、抱き締めていました。
ジュライもまた、白くそして硬くなった両手でぼくを抱き締め返します。そんなぼくたちを、レベルアップの清廉な光が包み、全ての傷と、そしてジュライの[石化]を癒していきます。
温かい光の向こう側に、赤熱を感じます。ジュライの鼓動が、激しく刻む高鳴りが、肌を通してぼくをも打ち付けます。
こんなにも、こんなにも打ち付けるのです。
「
出てきた言葉は裏腹でした。感情がもう
「ごめんなさい。でも、これしか方法が無かったんです」
「逃げれば良かったじゃ無いですか!」
「……セヴンの前では、あまり、逃げたく無いんです」
「……
「はい、ごめんなさい……」
絡み合っていた感情の一つ一つが解けていき、最後に残ったのはふたつ。
安堵と、そして――
そのもうひとつに押されて、ぼくは顔を上げました。目の前に、ジュライの綺麗な顔がありました。
猫のように円く切り立った目は吸い込まれそうな黒い瞳を滲ませています。
「セヴン……」
ああ、本当に吸い込まれそうです。いえ、吸い込まれて、しまいたい。
本能に従うように、情動が導くままに、ぼくは、ジュライに――――
「くぉるぁぁぁあああ!」
びくぅ! と、肩が跳ね上がりました。ジュライもそれは同じで、ぼくたちは咄嗟に身を離し合って声がした方を向きました――鬼です、鬼の化身がいます!
それから一頻りブチ切れられたぼくたちを、でもユーリカさんは最後に褒めてくれました。
無謀な策ではありましたが、結果としてレベル30オーバーの相手に打ち勝ったのです。これは確かに、誇るべきことかもしれません。
そしてぼくは確信しました。いえ、それは再認識、と言った方が正しいでしょう。
ぼくとジュライは、冒険者としてのパートナー同士。でもぼくは、そのままの関係は嫌です。
折角、この世界で出逢えたのです。もしもジュライ、いやナツキ君と現実で出逢うことが出来なかったとしても。
ぼくはジュライと、添い遂げたい。この人を守って、癒して、一緒に、いつまでもいたいと、そう再認識しました。
ああ、ぼくはジュライが、ナツキ君が。
好きです、好きなのです。こんなにも、愛しいのです。
◆]【湖畔のウルバンス】
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