046;鋼の意思.08(牛飼七月)

「セヴン! 回復に専念してくれますか!?」

「えっ!? は、はいっ!」


 セヴンの《傷塞ぐ風キュアストリーム》は詠唱魔術のため発動までに多少時間はかかりますが、その分一度の行使で回復する生命力HPの量は多く、河伏馬カトブレパスの《強酸の血潮》のダメージも彼女がそれに専念してくれれば何とかなるレベルです。


 僕のレベルはまだ24、相手とは30以上もの差がありますが……しかし相手はとても遅く、そしてです。きっと勝てない相手ではありません。ここは退かず、押し通ります!


「はぁっ!」


 きっと河伏馬カトブレパス生命力HPに長けるのでしょう。脆く、それでいて生命力HPも足りないのであればそのレベルに納得が行きません。

 ですから手数を多く、とかく斬っては突き、突いては斬ることにしました。


「ブモッ、ボモォッ!」


 先ずは一箇所に攻撃を集中させます。とにかく横に回り込み、大きく膨らんだ腹部を斬り上げ、突き刺し、《強酸の血潮》を散らせます。


「モモォッ!」


 大きく前足を振り上げ地面を踏み鳴らすと同時に、反転した尻がこちらを向きました。その刹那、凶悪な速度で両後ろ足による蹴りが僕へと飛来します。


「くっ!」


 回避は間に合わず、その強烈な一撃が僕の胸と肩に突き刺さり、大きく僕は吹き飛ばされました。土煙を上げて滑る身体、咄嗟に“後ろ回り”で立ち上がります。


「《傷塞ぐ風キュアストリーム》!」


 翡翠色の風が吹き抜け、僕の身体に纏わりつき、そして沁み込んでいきます。痛みが嘘のように消えていきました。半分ほど減っていた生命力HPも全快しています。

 やはり、切り抜けるにはこの作戦しかありません!


「セヴン、ありがとう! またお願いしますっ!」


 返事はありません。代わりに、再び詠唱の声が聞こえます。ああ、何と素晴らしいのでしょう。彼女がパートナーで良かった、心からそう思います。

 ならば、僕はそれに応えなければいけません。ここでこの魔物モンスターに退かず倒し切ることが、彼女のパートナーとして居続ける僕の覚悟の証明です!


 開いた距離を詰めるため、河伏馬カトブレパスが前傾姿勢を取りました。右前足で地面を何度も蹴っています。きっと、突進してくるのでしょう。

 攻撃に関して言えば、その速度は段違いです。見てから避けるのでは遅い可能性があります。

 だから僕はその右前足を注視フォーカスしました。どんな攻撃も、そのさえ見逃さなければ対処できます。


 四回目の踏み均し――そこに込められた力の差異を見抜き、僕は左斜め前に飛び込みました。すぐ隣を、物凄いスピードで通り過ぎる影がありました。

 立ち上がってすぐに身体を反転させ、軍刀を振り被りながら肉薄します。突進の後は隙だらけです。再びその膨らんだ腹部を斬り付けます。


 ふと、いつもとは違う形に振り被った時、身体の奥底から湧き上がる違和感に囚われました。

 肘を大きく後ろに引き、敵へと向けた切っ先を守るように、左手でガイドするように沿わせ――こんな構え、今までしたことがありません。


 《戦型:月華》


 スキルを表す文字列が浮上ポップアップしています。その直後、僕は身体ごと押し込むように、捻じ込むように、軍刀を真っ直ぐに突き刺していました。


 《初太刀・月》


 大きく踏み込んだ蹴り足と軸足は、地を蹴って得た反動を身体へと伝え、それを捻り上げた腰の回転が上半身へと流し、胸部の回転・肩の駆動・腕の筋繊維の伸縮が、それを増幅させながら軍刀へと迸らせます。

 スキルの恩恵により加速された一撃は、先程までとは比べ物にならない威力で腹部に突き刺さり、激しく血潮を散らせました。


 この後は、確か――ああ、そうだ。押しながら振り上げるか、退きながら振り下ろすか、です。

 僕と敵との間に距離はもうありませんから、選ぶべきは退きながら振り下ろす、です!


 《二の太刀・下弦》


 引き抜きながら振り上げた刀身を、綺麗な繊月を描く軌道で振り下ろしました。またも、ただ振り抜いていた時とは比にならない威力で物打ちが柔らかい皮膚を斬り裂きました。


「ボォォォオオオオオッ!」


 ドスの利いた悲鳴が上がります。

 初めてスキルというものを使ってみましたが――偶然、そうなったのですが――これは確かに、使わない手はありません。


 《刀士モノノフ》として修得したスキルは五つ。《戦型:月華》は初期に修得した《初太刀・月》とレベル10で修得した《二の太刀・上弦/下弦》までしか使えません。

 他に《戦型:雷哮》と《戦型:旋舞》とがありますが、どちらも《初太刀》までしか使えない上に、そもそもスキルの詳細を読み込んでいませんから使い勝手が分かりません。そもそも、《戦型:月華》ですら偶々使うことが出来たのです。ここは頼りにすると悪手を生みそうです。


 ですから、通常の攻撃に《戦型:月華》を織り交ぜます。浴びせるごとに《強酸の血潮》を僕もまた浴びますが、いいタイミングでセヴンの《傷癒す風キュアストリーム》が飛んで来るのでこのまま押し切ることが出来そうです。

 懸念材料は僕の[石化]の進行速度ですが……いえ、余計なことは考えず、ただただ斬ることだけに専念します。


「はぁっ!」


 《戦型:月華》――《初太刀・月》


「ブモォッ!」


 いい加減、倒れてくださいっ! 僕は怒号のような祈りを込めて渾身の突きを叩き込みました。


 《二の太刀・上弦》


 そのまま刀身が腹部を斬り裂いて地面の方に突き抜けたので、そこから斬り上げる《上弦》を放ちます。吸い込まれるように食い込んだ刃は、臓腑を斬り裂く感触を僕の手に伝えました。五指は既に石になり切っていて、激しい衝撃に手を緩めることはありません。


「モ、モォ……」


 そして河伏馬カトブレパスは事切れました。良かったです。すでに足首も固まっていたので、これ以上は思うような踏み込みが出来ずに苦戦するところでした。


「ジュライっ!」


 詠唱を中断して、セヴンが涙交じりに駆け寄ってきます。そんな彼女と僕とを、清廉な光が包み、湧き上がる温かさが全身を包みます――レベルアップです!


「ジュライ!」


 彼女が僕を抱き締めました。カラン、と地に落ちた軍刀が金属音を立てましたが、耳障りではありませんでした。


北七バカっ、心配させないでくださいっ!」


 ぎゅう、と強く抱き締める彼女の声はやはり嗚咽交じりです。細かく震える背に僕は腕を回して、そしてさすりました。


「ごめんなさい。でも、これしか方法が無かったんです」

「逃げれば良かったじゃ無いですか!」

「……セヴンの前では、あまり、逃げたく無いんです」

「……北七バカっ」

「はい、ごめんなさい……」


 レベルアップすると、生命力HP魔力MPが最大値まで回復する上に、その時点で効果の及んでいた全てのステータス付与が強制的に解除されるのです。もう少しでレベル25に届くかな、というくらいまでに経験値が達していたので、一か八か賭けてみたんですが……上手く行きましたが、駄目でした。


 僕はまた、彼女に心配をかけてしまいました。まだ、不安にさせない強い男にはなれていないみたいです。パートナー失格です。


 腕の中で、彼女の小さい肩が震えています。

 背中を摩るのとは反対の手を、彼女の頭にぽんと置きました。僕たちは同じような身長ですから、僕の頬の横には彼女の頬があります。


 気配がして、彼女がゆっくりと顔を僕の肩から離しました。

 僕たちはまだ抱きしめ合う距離にあり、そして眦を赤く染めた彼女の潤んだ瞳が、僕の正面で、じっとりと僕を見詰めています。


 桃色の唇です。瑞々しく、可愛らしい口許です。


「セヴン……」


 すん、と彼女が一度、鼻を鳴らしました。潤んだ瞳が、相も変わらず僕を――


「くぉるぁぁぁあああ!」


 びくぅっ、と二人同時に跳ね上がりました。心臓が痛く、鼓動が早鐘のようにビートを刻みます。

 恐る恐る振り返ってみると――鬼です。鬼の化身がそこにいます。


「てめぇら、来ねぇなぁって引き返してみれば……何イチャコラついてんだくぉるぁぁぁあああ!?」

「「ひぃっ!」」


 身を離し、わたわたと僕たちはことの経緯を説明します。何でしょう、悪いことはしていない筈なのに罪悪感が怒涛です。

 しかし全てを聞き終えたユーリカさんは嘆息しながら、「ま、でも河伏馬カトブレパスを倒したのは凄いな。相性最悪だったろ?」と褒めてくれました。


 嬉しい筈なのに、僕はそれどころではありませんでした。

 先ほど僕は、セヴンを、どうしたかったのでしょうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る