045;鋼の意思.07(牛飼七月)

◆]【アシタ山・湖へと続く道】

  に、移動しました[◆



「たぁっ!」

「そらよっ!」


 レベリングを兼ねた素材集めは続きます。

 今狙っているのは、この【湖へと続く道】に出て来る“インファントワイバーン”から獲れる〈幼飛竜の膜翼〉という素材です。

 遭遇したインファントワイバーンは三体、飛竜ワイバーンと名がついていても幼体インファントであるため、厄介な《飛行》という能力はありません。しかし手早く倒さないと親であるワイバーンの成体が現れますから、多少攻撃を喰らうことを覚悟して突っ込みます。


「《ガードブレイク》!」


 紫色の輝きを得た金槌ハンマーがインファントの胸を打ち、硝子が砕けるような視覚効果エフェクトが派手に現れます。その頭上に現れたのは[装甲破壊]というステータス異常を告げる文字列。戦士ウォーリアー系のアルマは、こういった対象の能力値ステータスを下降させる“ブレイク系”のスキルに富むのだそうです。


「はぁっ!」


 防御力がガクンと落ちたところで、僕は軍刀を振り被って首筋に横薙ぎにしました。

 先程まで硬い鱗に阻まれていた剣閃はすらりと皮膚と肉を裂き、赤い飛沫が飛散します。


「ギャオッ!」


 最後の一体が、息を大きく吸い込みました――竜種ドラゴンの代表的なスキル、“ブレス”です。ワイバーンは幼体と言えど炎を吹き、広範囲に火属性のダメージを及ぼすのです。


「させないよっ!」


 しかし真下から振り上げられたユーリカさんの金槌ハンマーががつりと細長い顎を打ち上げ、インファントは大きくりました――好機チャンスです。


「ジュライっ!」

「はいっ!」


 呼応し、跳び上がってからの鋭い突きによる一撃。切っ先は筋繊維の塊を突き進み、命を確かに貫きました。やはり僕には、斬り払うよりも突き刺す方が向いているようです。


 ずぅん、とその大きな身体が地に倒れ、詠唱を中断したセヴンが離れた所から駆け寄ってきます。


「割とギリだったね。あともう少し手間取ってたら親御さんの登場だった」


 ユーリカさんが胸を撫で下ろしています。その姿に僕はむむむと口を結びました。

 ここに来て僕の弱点が目白押しです。そう、僕はどうやら、防御力の高い敵に手こずる傾向があるようなのです。

 相手が人間ならば的確に急所を衝くことが出来るのですが――例えば鎧の隙間とかを狙ったり――人間じゃない相手というのは、どうもどこが弱い部分なのかを直ぐには判断できません。


 僕が今扱っている軍刀は片手用の武器で、斬ったり突いたりには適していますが如何せん軽いのです。つまり、重さを活かした打撃には全く向いていません。

 そして防御力が高い相手に最も有効なのが、重さを活かした打撃です。刃を跳ね返す堅牢さも、打撃武器が伝える衝撃を完全には殺せません。


「成程ね、だから柄を伸ばして両手で握れるようにしたいんだね」


 ユーリカさんが漸くの納得をしてくれました。

 片手で握って繰り出す一撃と、両手で握って繰り出す一撃は雲泥の差です。最も、ダメージ自体は武器の重量が最大の要因になりますから片手で握ろうが両手で握ろうが変わりませんが、両手で握った方が操作性コントロールが優れるのは明白です。

 そして、両手で握った方が耐えられる加重が大きくなりますから、つまりやはりダメージに関わってくるのです。


「そうなってくると、やっぱ刀身にを掻くのは止めておく?」

「いえ、樋は必要です。掻いてください」


 樋、というのは、刀身に彫られる溝のことです。

 刀で持って突きを行うと、突き刺さった刀身が肉の膨張で抜けなくなることが多々あります。

 溝が彫られていると圧力の関係で抜きやすくなるほか、そこに血が通うことで刃が濡れ、はやり抜きやすくなるんです。


 突き刺しをメインにする僕にとって、この溝――樋は、必要不可欠なのです。


「そっか。了解了解」


 死骸を解体して素材を入手し――これを“剥ぐ”と言うらしいです――終えたら、再び【ウルバス湖】へと向かいます。

 ただ、剥ぎ取りに少しへましてしまい、この後もう一度インファントワイバーンと戦わなくてはいけませんでした。



◆]【ウルバス湖・山の麓】

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 さぁ、漸く湖です。すでに日は暮れかけていて、僕たちは一旦ここを素通りして湖畔の町へと到ることにします。

 日没以降は夜行性の魔物モンスターが出現するようになり、それらの魔物モンスターはレベルが一回り程違うのだそうです。

 現時点でもギリギリですから、夜に敵を求めて歩き回るのはちゃんとレベル30以上一人前になってからが良さそうです。


「時間的に厳しいな、結構急がないと」


 ユーリカさんがシステムメニューの現在時刻を見て舌打ちしました。ゲーム世界と現実世界の時刻は完全に同期リンクしています。つまり現実で夜になれば、この世界も夜になるのです。……時差ってどうなってるんでしょうか?


「よし、走るぞ!」

「えっ?」


 セヴンが蒼褪めた声を上げました。それを聞かずにユーリカさんは駆け出します。

 慌てて僕とセヴンは追い掛けますが……何と言うことでしょう、真横から飛び出してきた魔物モンスターと衝突してしまいました。


「ブモォー!」

「わわっ!」

「くっ!」


 慌てて鞘から軍刀を抜き放ち、セヴンを背に隠して、長い首をゆらりともたげる牛のような魔物モンスターの前に出ます。

 ユーリカさんは気付いていないのか、そのまま走り去っていきました。窮地ピンチです。しかし、窮地ピンチ好機チャンスですから、ポジティブに考えましょう。


「ジュライ、気をつけて!」

「分かっています!」

「違う、その魔物モンスターは――」

「ブモォーッ!」


 擡げた細長い首の先端についた小さな頭の、額に備わる第三の目が輝きました。黄金色の光が迸り、僕は目を細めて、しかし決して閉じませんでした。交戦中に目を瞑るのは愚の骨頂です――しかし今回ばかりは、それがあだになりました。


 《石化の邪眼》


「――っ!?」


 視界の中央に、自分自身に降りかかったステータス異常を報せる文字列が浮上ポップアップします。


 [石化]


 まずいです。身体が段々と石になるそのステータス異常を、僕もセヴンも解除することが出来ません。多少の傷ならセヴンの詠唱魔術で癒せても、[石化]を解除するには高ランクの治療魔術か治療アイテムが必要です。


「ジュライっ!」

「大丈夫です……手早く倒せば、問題ありません」


 救いだったのは、このステータス異常は遅効性だと言うことです。すぐにどうこうなるわけでなく、一秒ごとに身体が末端の方から硬くなっていき、どんどん石になっていくのです。僕は身体は小さい方ですが――身長はなんと160センチちょっとしかありません――それでもこの戦闘を終わらせる猶予はありそうです。


 問題なのは、相手のレベルです。この首の長い牛のような魔物モンスターは、果たして昼行性か夜行性か――後者だと、果たして倒せるのかという不安が出て来ます。


 いえ、考える暇はありません。迷うくらいなら突っ込むべきです。そして突っ込みながら切っ先を相手に向ける――それだけで、“突き”という攻撃は成立します。なので、迷ったら構えながら突っ込むのです。それが、牛飼流の教えです。


「せぁっ!」

「ギュッ!」


 奇怪な呻きを上げて、肩口を突かれた首長牛の魔物モンスターがよろめきました。この魔物モンスター、動きが非常に遅いです! 特に身体も堅いということもありませんし、これは一息に斬り付けまくって終わらせましょう!


「やぁぁぁっ!」


 しかし細長い首はしなりがありますから、両断しようとしても微かな切り傷しか作れません。諦めた僕は大きく鈍間な胴体を攻撃します。血飛沫を散らし、その紫がかった飛沫が僕の頬にひたりと着きました――熱っ!


「やっぱり……ジュライ、そいつは“河伏馬カトブレパス”です!」

河伏馬カトブレパス?」


 河伏馬カトブレパス――《石化の邪眼》というスキルに加え、《強酸の血潮》というパッシブスキルでの反撃能力を持つ、レべル58の魔物モンスターです。

 幸いにして群れる性質が無いため遭遇は大体単体ですが、どういうわけか主食が石であり、こういった湖畔や河原などに棲息しています。

 出発前、要注意の魔物モンスターの一体として教えられていましたが、完全に失念していました。


 しかし、好機チャンスどころか完全に窮地ピンチです。僕が扱う軍刀のような斬撃武器では、攻撃を加える毎に血飛沫を上げてしまい《強酸の血潮》による反撃を喰らってしまいます。流石に血飛沫を避けるほどの敏捷性は持ち合わせていません。

 こういう時はユーリカさんの打撃武器が決め手になりますが、ユーリカさんは走り去ったままです。あの人、後ろ振り向いてくれないですかね? ちゃんと着いて来ているかとか気にならないんですかね?


 魔術による遠隔攻撃も、確かこの魔物モンスターは高い魔術耐性を持っていた筈ですから、どう切り崩していくのが良いのか、それとも逃げた方がマシなのか、なかなか判断に困ります。


 ですがやはり、窮地ピンチ好機チャンスです。増援の気配もありませんし、これから先のことを考えた僕は、今しがた思いついた作戦を試してみようと思いました。


 何――死んだら死んだで、一定時間を置いてやり直せるのです。終わりじゃないのです。ならば、試す価値しか無いと言うものです!

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