043;鋼の意思.05(姫七夕)
目抜き通りからは少し入ったところですが、この辺りは冒険者の往来も多く、それこそ色んなお店が建ち並んでいます。
武器屋さん。
防具屋さん。
装飾品屋さん。
魔術道具屋さん。
古本屋さん。
服屋さん。
ジュライがぼくをたくさん見てくれるように、ぼくは服屋さんに入りました。ダーラカにもこういった、オリエンタルな衣服はちょくちょく見かけますが、ここまでずらりと並んでいると圧巻です。
「いらっしゃいませ」
落ち着きと気品を携えた女性店員がにこりと微笑みかけます。着ている衣服もはやりオリエンタルで、ですが着物にレースがあしらわれていたり、お洒落な黒革のベルトを帯代わりにしていたりとなかなかにハイセンスです。気後れしてしまいそうです。
「何かお探しですか?」
「えっと……」
ぼくとしては胸元が隠せるような羽織り物が欲しかったのですが、あれやこれやと相談や試着などをしているうちに、寧ろ店員さんに火が点いてしまったようでして……
結局上から下までひと揃いのコーデを、しかも冒険者として、詠唱士としてちゃんと動けるよう・映えるように選んでくれました。
「お客様はやや幼めです。身に着けるもので大人の女性感を出していきましょう」
「着物と言うのはそもそも、寸胴さんにもデカパイさんにも適した衣服なんですよ」
「上衣をごてごてさせる時は下衣はすっきりと。これで全体のシルエットが煩くありません」
「うわぁ、お客様何でも似合いますね! あ、この組合わせも試してみていいですか?」
「これとこれと……これを合わせて……ああもう創作意欲沸き上がっちゃう!」
「駄目。出来合いの組合わせじゃ納得できない! これはもう、イチからワンセット創るしかないわ!」
何故でしょうか――ぼくは羽織り物一点を買いに来ただけなのに、いつの間にやら”魔装”の
結局あれやこれやと話が進み――いやぼくも乗せられて結構話し込んでしまったんですけど――ジュライがユーリカさんにそうしてもらうように、素材は自分で調達するのと、受取は
この服屋さん【フロスベルリ】の女性店員さん――と思いきや立派に店主でした!――は新進気鋭のデザイナーさんでもあるらしく、手早いながらも細かくぼくの身体の採寸を済ませると、レジカウンターに無造作に置いた紙にばばばばっと色々と描き込んでいきます。
「ごめんね、セヴンちゃんって言ったかしら?」
「は、はいっ、セヴンですっ……」
こちらを見ず紙に向かう表情はすでに商人から職人へと変貌しています。ぼくは頼まれ、お店のガラス戸を閉めてドアノブに下げられた木札を“CLOSED”へと裏返しました。ぼ、ぼくはどうしたらいいんでしょうか……?
「ありがとう。それで、悪いんだけど集中したいから一人にしてくれる?」
「ええ、あ、はい……」
「今日中にデザインは何パターンか出来ると思う。採ってきて欲しい素材はデザインによって違うけど、今夜はどこに泊まるの?」
「えっと、まだ決まってないです」
「そう。明日、また来れるかしら?」
ジュライとユーリカさんも、きっと今から素材集めに向かうことは無いと思います。なのでぼくは頷きました。そして簡単に別れを告げ、【雷乙徒餓奔頭】へと戻ります。
「も、戻りました……」
予定ではぱぱっと帰ってくる筈が、もう3時間も経っています。罪悪感から恐る恐る工房を覗き込むと……
「よし、じゃあこのC案で行こう!」
「そうですね。Bも捨てがたいですが……今の僕にはCが一番適していると思います」
まだ、話し合っていました。
「おう、おかえり! 随分と長かったな!」
ぼくに気付いたユーリカさんが軽く手を上げます。つられ振り向いたジュライは何だか楽し気な無表情です。
「セヴン、おかえりなさい」
その傍目からは無表情に見える顔が、優しく微笑みました。わわ、そんな柔らかい表情を差し向けられたら『キュン』じゃなく『ドギュゥーン!』って来ますよ! 熱い……ほっぺたが熱い……!
「た、ただいま……です……」
どうにか言葉を返してしどろもどろになりながらぼくは工房の中へと進み、デザインや交渉を行うために用意されたテーブルをユーリカさんと挟んで座るジュライの横に腰を落ち着けました。
テーブルの上には四枚のデザイン画が並んでいて、それぞれ左上にABCDのアルファベットが振られています。
「どこに行ってたんですか?」
「え? えっと……実は……」
問われ、ぼくは空白の3時間についてを説明しました。ユーリカさんはぼくの話に豪快に笑いを交えながら聞いていて、ジュライもまた僕の顔をじぃっと見詰めながら微笑んでいました。
「なら、明日の朝イチで服屋から素材を聞いて、それから
「そうですね。行きがてら、セヴンの
「何だかごめんなさい、ジュライ。ぼくの素材は後回しでいいですから」
しかしぼくの隣でジュライは、ふるふると首を横に振りました。
「善は急げと言います。少しの遠回りになるくらいなら、いっそ一気に集めてしまいましょう」
やばいです。さっきの戦闘で苦戦からの逆転を見せたところと言い、今日のジュライは何だかいつもよりも、いつもよりもかっこいいです!
これは……ぽわんと見惚れてしまいます! やばいです! 顔が熱いです!
「ったく、お熱いこってぇ! 付き合ってどれぐらいなんだ?」
「え?」
「え?」
「あ? だから、アンタら付き合ってどれぐらいなんだって訊いてんだよ。その様子じゃくっつきたてだろ? そうだなぁ……一週間? 一ヶ月ってことは無ぇよな?」
にやにやと笑むユーリカさん。付き合うという単語に不可思議な熱反応を見せるぼくの顔の温度上昇は止まることを知りません。ぐわぁと熱は広がり、ついに全身が熱くなってきました。
しかし――
「いえ、付き合って無いですよ?」
「はぁ?」
「はい。僕たちは付き合っていません。確かに二人組のパーティを組んでいる、パートナー同士ですが……それはあくまで冒険者としてのパートナーであって、恋人同士ということではありません」
いつもの無表情で淡い期待を切って捨てるジュライの様子に、サァーとぼくの熱も引いていきます。ユーリカさんも、ぽっかりと口を開けて軽く引いています。
「そ、そうか……悪かったな、変な勘違いして」
「いえ、僕は大丈夫ですが……セヴンは、大丈夫ですか?」
「ひぇっ? あ、えと、うん。大丈夫だよ……」
目を薄く細めて見やるユーリカさんはすごい顔をしています。こう、残念な生き物を憐れんで見るような目付き顔付きです。これは……もしかして、ぼくに向けられてますか?
そうして、日も段々と落ち始めてきたところでぼくたちは引き上げることにしました。何せ、ぼくたちはこのツェンリアに来たばかりでまだ宿も取っていないのです。
一応ぼくたちも冒険者の端くれですから、最悪野宿をすることも出来ますが……それを提案するとジュライは頑なに首を縦に振りません。
「じゃあ明日の朝な」
「はい、よろしくお願いします」
「ありがとうございました」
「おう!」
互いに手を振り合い、ぼくたちは石畳の道を歩きます。流石山岳地帯の街、山間を染める夕陽がとても綺麗です。いつもより空は近く、ぼくたちでさえ赤銅色に染められています。
「セヴン」
「何ですか?」
まだ往来の人で賑わう通りを歩きながら、ジュライはぼくを呼び止めました。
西日に目を細めるジュライの顔も綺麗に染められて、ひとつの芸術作品のようです。
「僕、この世界でセヴンに出逢えて心から良かったと思っています」
本当にジュライは、今日はどうしたと言うのでしょうか。またもやぼくの胸の内側で『ドギュゥーン!』が走り抜けました。
「……奇遇ですね、ぼくもなんです」
「本当ですか? なら、とても嬉しいです」
そして再び隣同士に立ち並び、喧噪に紛れながらぼくたちは、手近な冒険者ギルドで今夜もふたつ部屋を取った後で、それから少しだけ街を散策に出かけました。
目抜き通りに並ぶお店を見て回ったり。
少しお値段が張りそうなお店で食事をしたり。
ちょっとだけ、本当にちょっとだけ、お酒も飲みました。
これはもしかして、デートってやつですか?
いえ、きっと違います。だってジュライに、その気は無いんですから。だから、ぼくだけがそう思うことにしました。
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