042;鋼の意思.04(牛飼七月)

「少し、本気のアンタが見たくなってきたよ!」


 金鎚ハンマーを肩に担いだユーリカさんの足元から、赤く燃える炎のような気流が立ち上がりました――もう知っています、あれは戦火フローガのアニマの《原型解放レネゲイドフォーム》。


「……どうした? アンタも使いなよ」


 実に好戦的な破顔で、ユーリカさんは僕を睨みつけました。


 独り立ちしてお店を開けるのですから、ユーリカさんのレベルは30以上であることは明白です。つまり、少なくとも僕より7レベルも格上だということです。

 その上、強制的に火属性の追加ダメージを及ぼす《原型解放レネゲイドフォーム戦火フローガ》を行使しました。


 しかし……僕の本気は、正直言って怖いです。

 あれ以来――アリデッドさんに止められて以来、僕は《原型解放レネゲイドフォーム》を使っていません。

 使えば、また、自力で元に戻れなくなってしまいそうで……無差別に、無作為に、無慈悲に、ただただ人型の命を斬りつけるだけの、斬殺鬼になってしまいそうで……


「使わないって言うのか? はっ……随分舐められたもんだね!」


 6メートルくらいは離れていたと思います。一瞬で、というわけでは無いですが、力強く地を蹴って襲いかかって来ます。


「そりゃぁぁぁあああああ!」


 薙刀で言う“脇構え”――長柄の石突を前面に打撃部を背面に向けた状態から、深く低く踏み込んで鋭く捻り上げた上体は、もはや背をこちらに向けています。


 《スピンストライク》


 振られた金鎚ハンマーが急速な回転により力を収束させて向かってきます。

 上体を仰け反らせながらの渾身の斬り上げで再びその軌道を逸らそうとした僕でしたが――


 ガギァャンッ!


 確かに金鎚ハンマーの直撃は避けることが出来ました。

 しかし、戦火フローガのアニマ、その《原型解放レネゲイドフォーム》の真骨頂は、火属性の追撃です。

 軌道に沿って描かれた火線が伸び、それは僕の身体の直前で爆発しました。


「が――ぁっ!」

「ジュライ!」


 熱い、熱いです。目の前が真っ赤になって、真っ白になって……自分が立っているのか倒れているのか判断がつきません。


「まだまだぁ!」


 がなり声が響きました。いけない、このままでは今度こそあの金鎚ハンマーの餌食です。

 全身に張り巡らされた神経に意識を集中します――足の裏の感覚がスカスカ、つまり僕は今倒れています。

 とにかく転がりました。右腕を突き出すようにして大きく左側へと振るい、同時に右足を素早く折り曲げて感覚した塊をとにかく蹴押しました。

 ゴロゴロと転がる僕の横で、ずぅんと重厚な塊が地を穿った響きが上がります。しかしそんなことはおかまいなしに僕はゴロゴロと転がり続けました。


 体感で3メートルほどは離れたでしょうか。漸く視界も正常に戻り、立ち上がって振り向いた僕の目の前に、すでに燃え上がる気迫を纏ったユーリカさんが金鎚ハンマーを振り上げていました。


「――っ!」

「遅ぇぇえええ!」


 咄嗟に左手を軍刀の峰に宛てがい、刀身の中央の刃で金鎚ハンマーを受け止めてしまいました。

 しかしやはり、僅かに遅れて降り注ぐ火線が防いだ刃を通り過ぎて僕の眼前で爆発します。

 今度は金鎚ハンマーを受け止めた際に受け止めきれず後方へと吹き飛びつつありましたから、爆発は僕の吹き飛ぶ身体を強く押したに留まり、先程のような強烈なダメージを受けることもありませんでした。


 尻餅を着いたと同時に足を振り上げ、手を使わない“後ろ回り”で片膝立ちになります。

 熱と衝撃で身体の前面がひりひりと柊ぎます。しかしそれを気にする暇はありません――もうすでに、ユーリカさんが突進を始めているからです。


 その、向こう側に。


 不安そうに僕を見つめる、セヴンの顔がありました。

 ぎゅっと両手を大きな胸の前で握り固め、痛めつけられた僕に涙ぐむ視線を向けています。


 ああ、僕は彼女に、そんな不安を抱かせているんですね。それはちょっと、いただけないです。


 ですから、彼女が金鎚ハンマーを振り上げるより早く踏み込み、その鼻先めがけて鋭い突きを見舞いました。

 ユーリカさんがつんのめって横に跳び、着地と同時に再び鋭い前進を見せます。


 軍刀サーベル金鎚ハンマーはその運用方法が大きく異なります。

 まず、軍刀サーベルが片手用の斬撃武器であるのに対し、ユーリカさんの持つ金鎚ハンマーは両手で扱う、長柄の打撃武器です。

 軍刀サーベルは片手で取り回せるよう重心のバランスが取られているのに対し、金鎚ハンマーは打撃部が重く、そのため攻撃方法は“振り下ろす”か“振り上げる”、あるいは“薙ぎ払う”くらいしかありません。

 そして斬撃武器とは異なり、金鎚ハンマーの驚異はあくまで長柄の先端についている打撃部――だから僕は、前進してくるユーリカさんに敢えて突っ込みました。


 長柄は、当然ですが接近されると弱いのです。ある程度、振り回すためのスペースが必要ですから。


「くっ!?」

「ふっ!」


 そして軍刀サーベルは、“斬る”だけじゃなく“突く”ことにも適しています。突きはただ構えている状態から前に進むだけで成立する攻撃方法です。振るったり捻ったり等の予備動作モーションは必要ないのです。

 それは非常に躱しづらく、特にそもそも前進したことで面食らったユーリカさんの体勢を大きく崩す結果に繋がりました。


 実戦は剣道とは違うのです。物打ちではない部分を当てたとて、刃があるなら斬れます。

 自身の身体の輪郭に峰を沿わせる小振りな斬撃を重ね、至近距離での剣戟を繰り出した僕に、ユーリカさんは非常にやりづらそうな苦い顔をしました。


「ぐっ、離れろっ!」

「嫌ですっ!」


 《原型解放レネゲイドフォーム》は使いません。その状態で圧倒できなければ、それはやはりです。セヴンに心配をかけてしまう、情けなく不甲斐ない男です!


「くっ、がぁっ、……がっ!」


 細かく小さな切創を積み重ね、相手に金鎚ハンマーを十分に振るわせないよう距離を離さずに僕は圧倒します。

 確かに、このような長柄の金鎚ハンマーとは戦ったことがありませんでした。ですから、慣れるまでが少し大変でした。


「ああ――っ!」


 苦し紛れのスキル攻撃、文字列が浮上ポップアップした瞬間に肩口に切先を差し入れて強制的に無効化し、鎧の防護が及んでいない四肢の付け根をメインに刻んでいきます。


 やがて膝をついたユーリカさんは、金鎚ハンマーを放した手を差し向けて、「まいった」と口走りました。



   ◆



「あー、まいったまいった。アンタの勝ちだよ」


 ダーラカの古書店で購入した〈中級詠唱教本〉に載っていた治療魔術《傷塞ぐ風キュアストリーム》でセヴンがユーリカさんの傷を癒した後、彼女は改めて降参の意思を表明しました。


「しっかし、スキルも、《原型解放レネゲイドフォーム》も一切使われずに負けたとあっちゃぁ……こりゃしばらく笑いものだね」


 肩を竦めて嘆息したユーリカさんは、そして僕を真っ直ぐに見つめました。


「で? 何で使わなかったんだい?」

「え、何を、ですか?」

「とぼけんなよ。スキルと、そして《原型解放レネゲイドフォーム》さ。スキルの方はまだ解る――PCの中には“トリックスター”と呼ばれる、システムを介した動きよりも洗練された自己の動きを見せる奴がいる。アンタもそうなんだろ? だけど《原型解放レネゲイドフォーム》は別さ。あれは現実の知識や経験に囚われない、平等な自己強化だろ? 普通、相手が使ったらこっちも使うってのがセオリーさ」

「そうなんですか……」


 薄まった双眸が鋭さを見せました――と思ったら、ふっと鼻先で笑いました。


「ま、いっか。気に入ったよ、アンタの武器、出来ればアタイに打たせてもらいたい。どうだい?」

「……願ったり叶ったりです」

「ただ条件があるよ」

「条件?」

「そう――まず、アタイはレベル30オーバー一人前とは言え、だ。特に鍛冶、刀工の腕はまだまだだって自負してる。だから出来る範囲の武器しか作れない。それは流石に了承してくれ」

「はい」

「次に、アタイが武器を打っている間で、アンタたちはレベル30一人前になること。っていうか、ならなきゃってもってはやらない」

「どうしてですか?」

「メンツだよ。レベル30未満半人前固有兵装ユニークウェポンを販売したと知られたら、鍛治師ギルドの連中からハブにされんだよ。そりゃそうさ、客を奪うに等しい行為だからね」

「そうなんですね……」

「そして最後の条件――素材は自分で用意すること。ただし、素材集めにはアタイも着いていくよ」

「何で、ですか?」

「アンタの戦い方をもっとこの目でよく見て、その戦い方に合った武器を作るためさ。アンタは居合は苦手か全くしない、振り抜くより突き刺す方が得意、違う?」

「いえ……その通りです」


 確かに、牛飼流軍刀術は斬りよりも突きを重視します。それは突きが斬りより少ない労力で同じ結果を出せるから、と、自身の隙が少ないからです。

 しかし、あれだけの交戦でそこを見抜くんですね、驚きです。


「なら、例えばセオリーからは外れるけどさ、短刀みたく切先は諸刃にして反りを少なくした方がいいんじゃないか?」

「成程、刺突特化ですね?」

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