041;鋼の意思.03(姫七夕)
「僕たちの
「はぁ? アタイにぃ?」
「はい。あ、ちなみに、“軍刀”もしくは“刀”のカテゴリの武器はありますか?」
「ちょっと待ちな! アンタら、レベルは!?」
きょとんと小首を傾げながらジュライが答えます。
「僕が23で、彼女が21です」
するとそれを聞いたユーリカさんがぴたりと静止し、そして
ジュライはまだ気付いていません。
吸気が終わり、結んだ唇の傍で膨らんだ頬が萎みました――空気が全て、肺の中に溜まったのです。
「ユーリカさん?」
今度は逆側へと首を傾げたジュライ。その手には、壁から取った鞘に収められた直剣が未だ握られています。つまり、ジュライは耳を塞ぐことが出来ず、そして耳を押さえているぼくは何も出来ません。
ユーリカさんの結ばれた口がぱっくりと開きました。来ます――
「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
すごい音圧、いやこれはもう風圧です! びりびりと皮膚を透過して全身に響いて震えが止まりません!
たたらを踏んでぼくが二歩ほど後退したその手前で、ぼくは見ました。ジュライの頭上に、[失音]そして[酩酊]という文字列が
ステータス異常――一時的にジュライは聴覚を失い、そして[朦朧]ほどではありませんが意識が眩めいて身体の自由が制限されているのです!
「ジュライ!」
「……きゅぅ」
変な声を立て、どたりとジュライはその場に倒れ込みました。仰向けになった目がぐるぐるとしています。うわぁ、アニメや漫画なら微笑ましいその光景も、これほどまでに現実を再現したVRゲーム世界だと本当に怖い!
「わ、悪い……つい……」
店の奥にある工房で介抱されたジュライが意識を取り戻すと、ユーリカさんは地面に両膝をついて謝りました。その直後、額を床にぶつけようとしたのは二人で必死に阻みました。何というか、勢いの人ですね、この人!
「だけど、流石に
そうなんです。あくまで
「大丈夫です」
「大丈夫? 何が?」
「僕たちは確かにレベルさえ
ユーリカさんの短い眉が寄り合い、逆さまの“ハ”の字を刻みました。
「はんっ、大きな口を叩くじゃないか。アタイは口だけの野郎ってのが一番大っ嫌いなのさ」
「口だけではありません」
「へぇ、じゃあ見せてもらおうか?」
「見せる? 何をですか?」
疑われていることにジュライすらもムッとした顔をしています。そして踵を返したジュライさんは明らかにカチンと来ている様子です。
うう……これは、もう……
ガラン――工房の壁に立てかけられていたそれが持ち上がったせいで、周囲にあった同じような形の金属製品が倒れて音が響きました。
大きな“
「腕前だよ」
そして目を細め、睨みつけるような眼差しを返すジュライもまた、唇を蠢かせて呼気に音を載せました。
「――わかりました」
やっぱり……バトル展開です。
◆
装備を整えて出て来たユーリカさんは、見る限りで恐らく《
身に付ける紅い鎧は〈飛獣の革鎧〉という、“軽装”に属する防具です。
防具は大きく、防御力が高くその分動きを制限し重量もある“重装”と、動きを制限せず軽量だけど防御力も低い“軽装”、そして防御力だけじゃなくて
しかし彼女の身に纏う〈飛獣の革鎧〉は軽装でありながら重装に匹敵する防御力を持ち、かつ軽装ならでは動きやすさを持つ、かなり高ランクの防具です。
高いランクの武器や防具を装備するにも、装備者本人のレベルが問われます。つまりユーリカさんはとても格上だ、ということです。
「手加減はしないよ、アンタも全力で打ち込んできな」
「いいんですか? 手心を加えない、となると……首を落とすかもしれません」
うう、本域のジュライは本当に首を刎ねかねません! と、止めるべきでしょうか……? でもそのタイミングはとうに過ぎてしまった気がします!
「構わないさ。何せアタイもアンタらと同じPCだからね。死んだら死に戻って復活するだけさ」
一応、死に戻ると直前のログインからのプレイ時間やレベルに応じた“再構築時間”というのが設けられ、その時間が経過すると登録しているギルドで肉体が再構築され、再び自由に動くことが出来ます。
そこまで大したことないように思えますが、結構長い時間プレイ出来なくなりますから、これは結構な制約です。
「それで――どうやったら僕を認めてくれるんですか?」
「馬鹿かアンタは――そんなの、相手に聞くようなものじゃないだろっ!」
開戦の位置、三メートルほどの隔たりを猪のような前進で潰したユーリカさん。担いでいた大きな
しかしそれを身体を横にずらすことで躱したジュライは、後方へと浅く跳び退く運足と同時に鞘から軍刀を抜き放ちました。
かつてジュライは言っていました。牛飼流軍刀術に“居合”――所謂、抜刀と直結した高速斬撃、という技は存在しないのだそうです。
それは、軍刀術というのが戦場で用いられることを前提とし、得物はすでに抜き放たれている状態が常である、という理念から来るものなんだそうです。
「だっしゃぁい!」
足を踏み込んで、土に
「ぐっ!?」
それを首の捻りで避けたユーリカさんの動体視力も見事です。しかし、重量のある武器を薙ぎ払った勢いで元々崩れていた体勢です。咄嗟の回避行動はさらにその体勢を歪め、大きな隙が現れました。それを見逃すジュライではありません。
「ふっ!」
振りかぶった軍刀の刃が銀色の軌跡を描いてユーリカさんの右肩へと伸びていきます。けれどやっぱりユーリカさんは格上でした。
ぐらりとよろめいた身体を敢えて重力に任せて倒れることで、確実に入ると思われたその斬撃が空を切ったのです。
「っ!?」
「しゃあっ!」
背を地面につけたまま振り上げた足がジュライの太腿を横から刈り倒します。苦悶を吐いて苦い顔をしたジュライもまた倒れ込み、逆にユーリカさんが身体を反転させて起き上がります。
「今度はこっちの番だなっ!」
凶悪な
しかし切先が向かうのはユーリカさんの振り下ろした
「甘いよっ!」
「――っ!?」
しかしユーリカさんがここでスキルを使いました。
「だっしゃぁぁぁあああああい!」
瞬きを忘れて見入るぼくは、呼吸すらも忘れてしまっていたようです。
はっと息を飲んだことでそれを思い出したぼくは、しかし胸を撫で下ろしました。
何という運動神経でしょうか――しかしその分、5メートルくらい高く打ち上げられてしまったジュライは、放物線を描きながら落下を始め、見事な五点倒地で墜落のダメージを殺してすっくと立ち上がりました。
「へぇ……言うだけのことはあるみたいだねぇ」
好戦的に嗤うユーリカさんが
「少し、本気のアンタが見たくなってきたよ!」
足元から烈火の気流が立ち上がります――《
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