039;鋼の意思.01(牛飼七月)

「ジュライは“固有兵装ユニークウェポン”って知っていますか?」


 真昼の【砂海の人魚亭】一階のテーブルで昼食を摂っていた僕たち。

 目の前にいたセヴンの顔つきが変わった瞬間に、テーブルを挟んで対面している僕にそんな問いを投げかけました。どうやらログインしてくれたようです。

 左手にはこのギルドの名物のひとつとなったナンを持っています。先日クリアした〔行路を拓け〕というクエストのおかげで、このギルドが良質な乳製品を仕入れることが出来るようになり、なんとカレーの付け合わせがからにグレードアップしたのです。チャパティも好きでしたが、やはりカレーにはナンなんだな、と思います。とても美味しいです。もぐもぐ。


「“固有兵装ユニークウェポン”?」


 ごくりと嚥下した後で僕は復唱しました。聞き覚えの無い単語ですから、復唱することで聞き違えてないかも確かめることが出来るのです。

 こくりと頷いた様子から、どうやら僕は聞き違えてはいないようでした。セヴンは左手に持っていたナンをお皿に置き、お水を一口飲んでからその固有兵装ユニークウェポンについてのお話を始めました。


「レベル30に上がって“一人前”に認められたら、ぼくたち冒険者は固有兵装ユニークウェポンを持てるようになります。固有兵装ユニークウェポンと言うのはぼくたち同様に“育てる”ことの出来る武器や防具、装飾品のことで……素材を集めて、鍛え手の人にお願いして強くすることが出来るんです。デザインなんかも通常の装備とは違う感じにすることも出来ますから、本当に世界にひとつだけ、自分のためだけの装備を作れるんです」


 成程。それは確かに、興味深いです。特に僕が使う“軍刀サーベル”は、片手用のものが殆どですから。前々から柄を伸ばしたい伸ばしたいとは思っていたんです。


「でも、僕たちはまだレベル30一人前じゃないですよね?」


 そうなのです。セヴンのレベルが21で、僕が追い越して23です。セヴンはちょくちょくログアウトしますから、彼女のいない間に自分一人でもせかせかクエストを受けたり、レベル上げ――レベリング、と言うそうですね――してるんです。


「はい。なのでまだ固有兵装ユニークウェポンは作れません。でも、固有兵装ユニークウェポンに繋がるクエストは今からでも受けられるんですよ」

「ああ、成程。前準備を進めておくんですね」

「はいっ」


 そして昼食を平らげた僕たちは、エンツィオさんとジーナちゃんに挨拶し、意気揚々と出かけます。

 目指すは【ギルツ連邦】――連なる山並みと多くいる鍛冶師たちが特徴の、東の国です。



【“魔剣の霊廟” ギルツ連邦】

 Mausoleum of Magicsarms.

     GUILTZ FEDERATION.


 たなびく雲が抱くは槍衾のように連なる山並み。

 広大な山脈という地形、そして火山の熱に守られた民族たちが、“魔剣”という強大な力を鍛えるために集い興った、それがギルツ連邦だ。


 大陸の東に位置する連邦は、豊富な鉱脈資源を有し、かつては民族ごとにそれぞれの鍛冶に精通し、それを売る旅商が生計を支えていた。

 その民族が集い、技術と技術が結ばれては研鑽を重ね、作られた武器や防具、装飾品は遥かな高みに届く逸品たち。

 それを用いた連邦の防人たちは、侵略を進める帝国や妖魔たちの軍勢に、地の利をも活かした奮戦を見せ見事に拮抗。


 やがて大陸全土に調和が齎され、魔剣の噂は大陸全土に広まり渡った。

 すると方々から魔剣を求めて冒険者や商人が後を絶たなくなった。


 そして、いつしか一つの風習が生まれる。

 連邦の鍛冶師が鍛えた魔剣の持ち主が命潰えた時……遺族や仲間は、彼らが使っていた魔剣を、連邦へと戻すのだ。

 火山の地下深く、遥かな底に葬られた、数々の魔剣。そこは“魔剣の霊廟”と呼ばれ、使い手を失った装備たちが今も眠っている。

 しかし盗賊はそこには近付かない。霊廟の番人が、器の夢を守り抜いているからだ――――



 来ました、ギルツ連邦!

 列車はとても早くて便利です! 車窓から眺める景色も段々と高度を高め、徐々に空気が薄くなっていくのが分かります。


『間も無く、ツェンリア駅に到着します』


 ゴトントゴンという車体が揺れる音がゆっくりになっていき、完全に停車します。

 床の向こう側から、ぷしゅーという減圧の音が聞こえました。


『ツェンリア駅に到着しました。お降りのお客様は、お忘れ物の無いようお気を付けください』


「ジュライ、行きましょう」

「はい」


 僕たちも向かい合ったボックス席から立ち上がり、それぞれ抱っこしていた使い魔を地面に下ろしてドアをくぐりました。

 車内から外に出た途端、尖っていると表現したくなるほど冷たく澄んだ空気が肺を満たしました。意識がすっきりと冴えた気がします。


「わぁ、少し肌寒いですね」

「そうかもしれないですね」


 セヴンは特に、ちょっと肌色の露出が多めですからね。本当、目のやり場に困るので少しは遠慮してもらいたいものです。

 目の毒、とは決して言いませんが、何と言うか……すれ違う方――特に男性――がセヴンの格好をちらりと横目で見るのがちょっと……嫌なんですよね。


 ただ、服装は個人の自由ですし、セヴン自身もコスプレイヤー? という職業のせいか、自分の肌を露出することに対して特に何とも思ってないようですし……それに、あまり言い過ぎると、折角楽しんでいるところを邪魔しているようで申し訳ない気もしますし。


「ジュライ、大丈夫ですか?」


 もやもやと考えながら歩いていると、目の前に彼女の心配そうに覗き込む顔がありました。

 僕は元々、『何を考えているかよく分からない』と人に言われることが多かったのですが、それに比べると彼女はよく僕のことを見抜いて来ます。流石、中学校の三年間ずっと同じクラスだった間柄です。


「だ、大丈夫ですよ」

「本当ですか? 何だか凄い顔してましたよ?」


 そ、そんなに凄い顔をしていましたか……? 自分ではよく分かりませんが、彼女が言うのですから、本当に凄かったんでしょう。


「いえ……本当に……」

「ジュライ」


 足を止め、僕の前に回り込んだ彼女がとても真摯な顔で僕を見詰めました。改めて直視すると、とても愛らしい尊顔です。中学校の頃はあまりそう思ったことがありませんが、幼いながら、女性としての美しさが宿っています。こうされて、ドキリとしない男性がいるのでしょうか?


「ぼくたちはパーティです」

「は、はい」

「特にぼくは、ジュライの、このゲームのサービスが終了するまで、できればずっと一緒に冒険したいと思っています」

「はい……」

「だから……できれば些細なことでも、悩みがあるなら教えて欲しいです」


 これは……くらくらします。パートナーと言うのは勿論冒険者のとしてのことを言ってるのでしょうが、非常にくらくらします。手で額を押さえていないと首がもげ落ちて転がっていきそうです。


「あ、もしかして気分が優れないですか?」

「いや……そんなことはありません、大丈夫です大丈夫です」


 うわ、いい匂い……そんなにずずいと前に寄られたらもっとくらくらします。


「それじゃあ……正直に話しますね。あ、歩きながらにしましょうか」


 詰められたままだとしどろもどろになって変なことを言いかねませんからね。

 そう告げて僕が歩き始めると、セヴンも隣に来て僕たちは並行しました。一応、これからどこに行くかはセヴンに任せていますから、僕が先行し過ぎないように気を付けていますが……セヴン、そんなに僕の方ばかり見て大丈夫ですか?


「それで、ですね……僕が、その……凄い顔をしていた理由ですが……」

「あ、ジュライ、そこを右に曲がります」


 あ、大丈夫みたいです。


「理由ですが……」


 うんうんと頷く度、小さな顎が上下に揺れます。仕草がいちいち可愛いです。

 隣に並んで歩いていると言うのに、円らな瞳が僕を直視して来ます。前を、前を向きましょう! そんなに見られると、何だか罪悪感が込み上げてきて言い辛いことこの上ありません。


「……セ、セヴンが……」

「ぼくが?」

「はい。セヴンが……その、……肌を、と言いますか……」

「肌?」

「……肌を、多く見せているじゃないですか」

「……え?」

「その……露出が多くて……直視出来ない、と、言うか……」


 ちらりと横目で覗き見たセヴンの表情は――真っ赤でした。それはもう茹蛸ゆでだこのように綺麗な発色で、愛らしい以外の感想が生まれません。

 綺麗に染まった頬を両手で隠し、俯きがちに視線を落としました。足もぴたりと止まっています。


「どぅ……」

「どぅ?」


 今度は僕が覗き込む番でした。しかし。


対不起ドゥエブーチー!」

「えっ!?」


 何と、彼女は両手で頬を覆ったまま、物凄いスピードで駆け出してしまったのです。


「……僕は、どうすればいいんですか?」


 誰も答えてくれません、当たり前です。

 ぽかんとその消えていこうとする背中を見送っていた僕ですが、はっと我に返り、どうにか全力疾走して五分後くらいに追いつけました。ええ、非常に、疲れました。

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