038;邪教徒の企み.10(小狐塚朱雁)

 ……あかん、完全に意識トんでたわ。

 死んだ、思うた。でもまだ生きてるみたいやな、ギルドに戻っても無いし。


 しっかし、辛うじて目は開けられても身体がピクリとも動かへん。指先一つ自由になれへんの癪やなぁ……


 完全にしくった――イグアナのお兄さんに気ぃ取られて攻撃モロ喰らったんがあかんかった。

 それよりも、その前にイグアナのお兄さんに張った《物理障壁ウォール》の強度が足らんかったんのもあかんな。長期戦になりそうやからって、ちょっと温存せなって思たんがあかんかった。


 バグってるうちの魔力MPも別に無限だなんてことはあらへん。

 多少、いやものごっそ他の人より多いんは分かってる。でもそれがどれだけ、ってのはうちも分からん。やから気張り過ぎるとガス欠なんねん。


 スキル攻撃に対してはもう一段階、いや二段階くらい強度増して張るんが正しかったんとちゃうかな。……まぁ、今は反省くらいしか出来ひんから……


 せやけど、突然うちの視界が仄かに明らんで、意識の奥でチカチカと明滅する脈拍みたいな感触が現れた。

 ああ――せやった。忘れとった、うちの



 



 このゲーム、ヴァーサスリアルは戦闘中にも獲得した経験値が規定値に達したら即レベルアップする。でもどういうわけかうちはそれがやたら遅かったり、一気に纏めてやったりする。酷い時は一時間もうんともすんとも言わん。

 今もそうや。今日って何してたっけ……あー、イグアナのお兄さんと出遭うまでは大したことしてへんわ。

 んで追跡開始して、あの変な入り口んところでレベル33を二人、洞窟入ってからは33を二人と38を二人……どちゃくそ格上六人も倒してんねんな!


 どれどれ……うっわしょっぼ、何や、レベル3しか上がってへんやん! でもレベル19かぁ……うわっ、認識した途端に何や力漲ってきたぁ!


 ヴァーサスリアルではレベルアップ時に生命力HP魔力MPも全回復するし、良いんも悪いんもステータス付与されたんは全部取り除かれる。

 上昇したステータス――上がるんは行動履歴を元にしたランダムで、自分では選べへん――はすぐに反映されるし、それを元に生命力HP魔力MPも再計算される。



◆]アイナリィ

  人間、女性 レベル19

   俊敏 9

   強靭 6

   理知 12

   感応 10

   情動 12


   生命力 72

   魔 力 ”〇’$(


  アニマ:牙獣シーリオのアニマ

   属性:土

   ◇アクティブスキル

   《原型解放レネゲイドフォーム牙獣シーリオ


  アルマ:魔術士メイジ第一段階プリマ

   ◇アクティブスキル

   《構築魔術ソートマギア/E》

   《物理障壁ウォール

   《魔術障壁バリア

   《コンセントレーション》

   ◇パッシブスキル

   《元素知覚》

   《魔術強化Ⅰ》

   《障壁強化Ⅰ》

   《杖術強化Ⅰ》


  装備

  〈魔女の指先〉

  〈獣皮の水着〉

  〈黒革のロングブーツ〉[◆



 相変わらず魔力MPバグってんのな。感謝の念しか無いねんけど。


 蓄えた力を解き放つように思い切り跳び上がって、そして空中で後方に一回転してから威嚇する猫のような体勢でうちは地面に降り立った。序でにもっかい《原型解放レネゲイドフォーム》や。どぎゅーんと身体の内側から力が溢れて弾けそうや。


「……刺青少女TattooGirl?」

「うちが時間稼いだる、やから今のうちに回復しぃや。まさか〈ヒーリングポーション〉無いとかわんといてな?」


 壁に背を預けたイグアナのお兄さんは何か言いたげな苦しい顔をしている。やけど何も言わないんは、言うのがしんどいってのもあると思うけど、うちの言葉に頷いてくれてるってことでもある。


「今度はしくじらへん――勝ちや」

「……頼んだ」


 言葉は返さず、頷きだけ。

 そしてやたら大きく広がった闇の中から伸びる長太い腕をうちは睨みつける。

 すっかりこの空間の遺体は無くのうてしもうた――これまで蓄積してきたダメージは無い言ぅことやな。ほんま腹立つわ……


 先ずは注意を引き付ける。あの蛮人はどーでもええけど――って倒れとるやないかっ!――イグアナのお兄さんが十分に回復できる隙を作らなあかん。

 見さらせ、これが京女の意地やっ!


構築開始ソート・オン――」


 マナの動きに反応して腕がこっち向きよった。わきゃわきゃと指を蠢かせたと思ったら、その五指をぎゅっと硬く握り締めた。

 あかん、強いの来る!


「――《物理障壁ウォール》!」


 咄嗟に魔術の構築を中断キャンセルして思っくそ魔力MP注ぎ込んだ《物理障壁ウォール》を目の前に展開した。

 けたたましい音を立てて暗褐色の拳が障壁にぶつかったけど、今度はうちの勝ち。


「今度こそっ! 構築開始ソート・オン――」


 極限にまで研ぎ澄まされた集中が、周囲の景色を鈍化させる――色は淡く、輪郭は鈍く、速度は緩く。その灰色の景色の中で、魔術構文を次々と組み上げていく。


「――《属性エレメントハレナ》《形状フォルムスピア》《用途ユーズ射撃シュート》――構築完了ソート・オフ――《金剛石の槍ダイヤモンド・スピア》!」


 先程使うたんより倍も大きい晶石の槍をぶち投げた。二の腕を貫いた槍は、その苦痛で腕を激しく振り回させる。


「まだまだ行くでぇ!――《属性エレメントハレナ》《形状フォルムスフィア》《用途ユーズ射撃シュート》――構築完了ソート・オフ――《岩石砲ロックキャノン》!」


 うちの伸ばした手の先でボーリングの球みたいに圧縮された石礫の塊が高速で射出された。それはのたうち回る腕の手首に激突し、激しく礫と紫がかった血を飛び散らせた。


 《薙ぎ払う》


 ――スキル攻撃っ!


「《物理障壁ウォール》っ!」


 しこたま魔力MPを注ぎ込んだ障壁を、振り払われた腕は貫通出来なかった。


 細かく位置を変えながら、うちは土属性の三音節魔術と《物理障壁ウォール》をどんどん繰り出す。

 うちの構築魔術ソートマギア位階ランクはE、最大で五音節まで魔術構文を構築できるんやけど、正直敵の動きが早くて一人で相手するんやったら間に合わんくなる。


 ほんまに集中してかからんと、少しでも迷ったりしたら致命的や――それでも、今度ばかりは何とか出来る気しか無い。勿論、勝てるなんて思って無いけど。


 視界の端で、三本目の〈ヒーリングポーション〉を頭から被ったお兄さんが息を整えて立ち上がる姿が見えた。

 あっぶなっ!――やっぱあかんな、戦闘中に余所見はほんま死にかねんわぁ。


刺青少女TattooGirl! 待たせたな!」

「いくらでも待ったるでぇ! 京都の女は辛抱強いねん! 《物理障壁ウォール》!」


 不可視の障壁が再三の拳を阻む――まだ大丈夫やと思うけど、流石にこのペースで魔力MP使うてたらほんまにガス欠なる……


「Dash!」


 お兄さんが《ラテラルスラスト》で倒れ伏した蛮人バーバリアンの元に高速移動しはった。今の動きで腕もお兄さんの復活に気付いたようや――でも行かせへんよぉ!


「――《石礫の散弾ストーンブラスト》!」


 放射された細かい石の礫が腕の表面に小さな孔を穿つ穿つ。ひとつひとつは小さいしダメージも大したこと無いんやろうけど、いちいち動き止まるんは腹立つやろ?――ほら来た!


「《物理障壁ウォール》!」


 ガギィッ――拳はマナで固められた分厚い力場の壁に激しい衝突音を奏でるだけ。


「逃げるぞ!」


 蛮人バーバリアンを背に負ったお兄さんが再び《ラテラルスラスト》で部屋の入口まで移動する。うちも再び《石礫の散弾ストーンブラスト》で腕の動きを阻んで、それから入口までひとっ跳び。そして――


「《物理障壁ウォール》!」


 入口の大きさは《物理障壁ウォール》で覆える程度。やからうちは強度に加えて持続時間をも盛大に強化した障壁を代わりにして、それから踵を返してお兄さんを追いかける。


 ガヅンッ、ガギンッ――遠ざかっていく、激しい衝突音。やがてそれが破砕音に変わった頃、うちらは洞窟を飛び出して森の緑色の景色へと踏み込んだ。


「こっちだ!」


 人一人背負っても尚力強く走るイグアナのお兄さんの背中は――蛮人バーバリアンに隠れてよく見えへんかった。絶対かっこいいのに! あいつマジでどつくぞほんまにぃ!


「どこまで逃げるん?」

「分からん……ただ、一度拠点ギルドに戻った方がいいかもな」

拠点ギルドどこにあるん?」

「俺はこの先の【ルミナシオ市街】だ」

「せやったらそのまま騎士団駐屯所に駆け込んで、状況説明したらええんちゃう?」

「ああ、それもそうだな――」


 そうして話しながら森の獣道を突き進むうちとお兄さん。

 五分くらいは進んだやろうか――突然、大きな爆発音と地響きが遙か背中の方で沸き起こり、ぐらつく地面にうちらは足を止めざるを得んかった。


「何だ!?」

「――あれ!」


 爆発音は、多分あの洞窟の中で中途半端に召喚されたんが、天井の岩盤を突き破った音やろうと思う。地響きは、あの巨体が降り立ったもんとちゃうかな。


 森を覆う木々の葉の隙間から覗く、暗褐色の巨人。

 人型でありながら背に蝙蝠を思わせる巨大な膜翼を持ち、また長い尻尾の先端が宙を彷徨っている。

 その顔はドラゴンのように尖り、鱗で覆われてて――


「……邪竜人イヴィルドレイク

竜人ドレイクぅ!?」


 数いる魔物の中でも、遙かに強い種、それが竜人種ドレイク――大きさは巨人種ジャイアント竜種ドラゴンには劣るものの、それでも三階建てのアパートくらい。


「え、うちら、あんなんと戦ってたん?」

「ああ、そうだ。……っくそ、レベル66ってのはあくまで腕だけの話かよ」


 お兄さんが苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てた。イグアナの顔でもそない表情豊かに出来るんやな――あかんあかん、ちょっと現実逃避しかけたわ。



 ぴこん



「何や?」


 この電子音はインフォメーションが更新された時のや。とりあえずうちらは再び【ルミナシオ市街】へと走りながら、システムが更新したインフォメーションを確認する。

 そして二人して唖然となって、顔を見合わせたんや。



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