037;邪教徒の企み.09(シーン・クロード)

 未だ俺たちの動きを掴み切れておらず、指をワキワキと曲げたり伸ばしたりを繰り返している腕に、俺とスーマンは駆け出した。


 部屋の広さはだいたい半径8メートルくらいか? 高さは5メートルあるかないか、ってところだ。

 あの腕も大体長さは5メートルちょっとってところ。上空には逃げ場は無く、ただ部屋の中なら壁まで寄れば一方的に攻撃できる――いや、腕は全部出ていない、肩口まで出切ればギリ届きそうな気がするな。


「《スラッシュダンス》!」

「《スティングファング》!」


 何にせよ、敵が本格的に行動を開始する前の今が一番のチャンスだ。俺とスーマンは互いに強撃を叩き込み、かつスーマンの双剣に塗られた毒が浸透した――腕の手前に[ステータス異常:麻痺]という表示が浮かぶ。


 しかし同時に、《薙ぎ払う》というスキル表示も浮かび上がり、俺は《ラテラルスラスト》で真横に、スーマンは《デッドリーアサルト》という前方への突進乱撃のスキルを用いて高く振り被られた腕が振るわれる前に通り過ぎるという荒業を見せた。

 移動を伴う攻撃スキル――例えば俺の《スティングファング》もそうだ――はそんな風に緊急回避や移動だけに使うことも勿論できる。特に今はコスパが悪いとかで出し惜しみしていると呆気なく落ちかねない。


構築開始ソート・オン――《属性エレメントハレナ》《形状フォルムスピア》《用途ユーズ射撃シュート》――構築完了ソート・オフ――《金剛石の槍ダイヤモンド・スピア》!」


 ぶうんと大きく空を切った腕目掛けて、岩盤から剥がされ浮かび上がった岩石たちが集合してはめきめきと圧縮され、耀きを放つ晶石の槍となった。刺青少女TattooGirlが投げるように手を振るうと、槍は真っ直ぐに飛来しては前腕の中心を穿ち、猛り狂った腕がばがんばがんと周囲の地面を激しく打ち付ける。


「スーマン! 俺たちは攻撃を引き付けることに徹するぞ!」

「成程、バグ姉ちゃんの魔術をメイン火力にするんだな!」

「ああ! 明らかに俺たちの物理攻撃よりダメージが!」

「言えてるな!」

刺青少女TattooGirl、頼めるか!?」

「おっけぃ、どんどん行くでぇ!」


 攻撃を引き付けるために俺たち二人の前衛がチクチクとうざったらしくダメージを重ね、大振りのスキル攻撃が放たれた直後の隙を衝いて刺青少女TattooGirlが馬鹿みたいな火力の魔術をぶつけていく。

 土属性はこの場所の元素エレメントによって強化されるから、腕が持つ《属性耐性》と帳消しになる。穿たれて大きく揺らいだ体勢――腕単体で体勢というのも変だが――を衝いて俺たちも負けじと派手目のスキルを叩き込む。


「《クロスグレイヴCrossGlaive》!」


 縦横に重なった白い斬閃が照射され、たじろいだ腕をさらに痛めつけ。


「《クリティカルエッジ》!」


 有無を言わさず斬り込んだ場所を致命の刃が次々と叩き込まれ。


 そうして、腕の生命力ヒットポイントを漸く四分の一ほど削ったところで。


 《掴みかかるGrabAttack


 ここに来て初めてのスキル攻撃。


「散れっ! 行動パターンが変わった!」

「あいよぉっ!」


 幸い、この戦場に集った三人ともが高機動タイプ――移動スキルを多く持つ《魔槍遣いスティンガー》の俺に、詳細は知らないがスキル的に《蛮士バーバリアン》系統のスーマン、そして魔術職である《魔術士メイジ》だが機動力の高い牙獣シーリオのアニマを持つ刺青少女TattooGirl――三人とも能力値ステータスでは恐らく負けていても、スキルや立ち回りを駆使すれば、躱せなくても致命傷は避けられる。


 ああ、何て最高Psychoなバランスなんだ、歯軋りで奥歯無くなっちまいそうだぜ。


 しかし腕は俺たちの誰にも向けられず、魔術円の闇からぐわりと伸びると、刺青少女TattooGirlが魔術で火だるまにした焼死体をぐわしと掴み、びゅるんと風が逆巻くように闇の中へと消えていく。


「何だぁ? 帰ったか?」


 スーマンが間の抜けた声を上げた。

 しかし、俺の視界の端に映る腕の能力値ステータス、四分の一も削った生命力ヒットポイントがここに来て五分の四程度まで回復しやがった!


「違うっ! あいつ、死体を喰らって回復しやがった!」

「はぁ!?」

「そんなんありなん!?」


 そして闇が僅かに拡がり、再び血色を取り戻した腕がざぱりと現れる。


 《薙ぎ払うSwingAttack


 現れるとほぼ同時に繰り出された範囲攻撃。

 疲労も蓄積しつつあると言うにスーマンはここぞとジャスト回避を見せ、しかし俺は逆にスキルのタイミングが遅れ巨大な掌によってゴツゴツとした岩壁へと叩きつけられてしまった。


 刺青少女TattooGirlは見事な反応で《物理障壁》を掛けてくれたが、今回ばかりは敵の威力に軍配が上がった。


「Ah, ...Fxxk…」


 脳が激しく揺さぶられ、先程寝転がっていた時よりも酷い酩酊が視界を不鮮明にする。


「お兄さん!」


 馬鹿野郎、俺のことを気にするな! 前を――


「きゃぁっ!」


 掬い上げるような掌打の一撃が刺青少女TattooGirlの小さく細い身体を打ち上げ、天井にぐしゃりと打ち付けられたその身体は、続いて地面に墜落し仄かな土煙を立たせた。


 くそっ、敵から目を離す馬鹿が何処にいるってんだ! 今の通常攻撃なら《物理障壁》で防げたろ!

 しかし彼女にそうさせたのはタイミングを測り違えた俺だ。そしてその俺は自分のことで手一杯で、倒れ伏した彼女に駆け寄ることも出来ない。


「スー……マン……」

「おいおい、人の名前使って謝罪たぁぇぜ!?」


 いや全然そんなつもりは無い!


「っくそ、お前がイケる口ぶりだったから乗ったんだぞ!」

「逃げ、ろ……」

「はぁ!?」


 腕はまたも《掴みかかる》によって新たに遺体を闇の中に引き摺り込み、そして失った生命力ヒットポイントを僅かに回復させ、闇を拡げてまた現れる。

 この様子だと、多分邪教徒全員を喰らい尽くしたら完全に召喚されるんじゃ無いか?


「いい、か……彼女を、連れて、逃げ、……るんだ……騎士団、に、通報……」

「通報とか馬鹿かよ! そしたらオレは捕まんじゃぇか!」

「スー、マン……聞け、」

「煩ぇよ! オレは断固として拒否するね! 騎士団に捕まるくらいならなぁ、ここで死に戻って違う何処かにオサラバだよ!」


 くそ、スーマンの奴……状況を考えろよ。

 ここで俺たちが全滅したらそれぞれが登録しているギルドに死に戻る。

 肉体の再構築に必要な時間はどのくらいだったか……不確かだ。

 しかしそうなってしまうとこの邪竜人イヴィルドレイクは完全に召喚され、ルミナス皇国は大打撃を被るだろう。


 レベル66を凌駕するような高レベルのPCはまだいない筈――確か、非公式サイトで発表しているランキングでも、昨晩の時点でレベル47が最高だった筈だ。それも、レベル40オーバーなんてまだ数人しかいない。

 邪竜人イヴィルドレイクは倒せるだろうが、その倒せる連中が集うまでにどれ程の被害が出る? どれだけの惨事になる?


 或いはNPCが火消しに回る? 俺たちの不始末を? あり得無え!


「スーマン、駄目だ……最悪、お前だけでもいい、……逃げろ」

「煩ぇ煩ぇ煩ぇ煩ぇえ! ただじゃ死なねえ、死ぬなら全員道連れだ! 《原型解放レネゲイドフォーム》!」


 叫んだのと同時に、スーマンの身体を赤い気流オーラが包み込み、それは炎のように足元から頭頂へと湧き上がって流れていく――戦火フローガのアニマだ。撃破役アタッカーにも盾役タンクにも、戦場のどの役割にも適していると言える、万能で汎用な、それでいて実に好戦的なアニマ。


 スーマンを包み込んだ気流は煌々と輝きを放ち、彼が手に持つ武器にまで及ぶ。


「行くぞおらぁ! 《バタフライエッジ》!」


 そして彼が両手に持ったそれぞれの短剣を振り投げると、回転する短剣は弧を描いて腕を斬り付け、そして異なる軌道でスーマンの手へと戻っていく。

 軌跡を追うようにスーマンの身体から迸る赤い気流オーラもまた腕へと追い縋り、そしてその表面でゴウと燃え上がると、炎による追加ダメージを与えた。


 戦火フローガのアニマ、その《原型解放レネゲイドフォーム》が齎す特殊効果とは、火属性による追撃だ。しかも攻撃に限らず、支援や妨害スキルなんかにも付与される。ただの《挑発》がこの効果により立派な攻撃スキルに変化したり、《属性吸収:火》などのパッシブスキルを得ている対象に支援スキルを施して回復させたり、なんて使い方もできるんだ。勿論、望まない相手には炎の追撃を及ぼさないことも。


 だが、たかがその程度でこの戦況がひっくり返ることは無い。

 当たり前だ、レベル16と31と31の三人が崩されたんだ、そこからソロでどうにかなるとか、そんな甘い話があるわけが無い。


「ぐぼぉっ!」


 善戦はしていた。しかし、全ての攻撃が向く一対一の戦いは徐々にスーマンを追い詰め、そしてその巨大な拳が遂にスーマンの身体を吹き飛ばす。俺と同じように岩壁に強かに打ち付けられたスーマンは、そのままずざりと地面に崩れると、刺青少女TattooGirlのように動かなくなった。


 二人共、かろうじて生きている。死んでいない。だが、起き上がりそうにも無い。


 そして腕は捕食を再開した。四つ目の遺体を取り込み、魔術円を中心に広がる穴はおよそ部屋の半分ほどまで拡がった。


 これは――はは、死んだか?

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