035;邪教徒の企み.07(シーン・クロード)

 言うや否や――その刺青タトゥーだらけの身体が消えた。きっと先程の隠密魔術を再行使したんだろう、しかし戦闘中に姿を晦ますってのはよっぽどの手練れ、格上の技だ。

 流石に《偽装》でも施しているんじゃないか? レベル16ってのは信じられない。いや、そもそもレベル16だとここに入って来れないだろうし。


「ど、どこ行きやがった!?」


 慌てるスーマンを余所に、他方で悲鳴が、いや断末魔が上がった。

 突き上がった鋭い岩の槍が、邪教徒の一人を串刺しにしている。むちゃくちゃえげつないな!

 しかしそのえげつなさが功を奏したのか、邪教徒たちの戦意がごっそりと削がれた。幾人かは[恐怖]のステータス異常がかかったんじゃないか?


「はい、まず一人ぃ」


 串刺しになった邪教徒はもはや息をしていない。ただショックによる痙攣でびくびくと身体を震わせ、岩の地面に血を滴らせている。

 未だ立ち込める人肉の焼けた臭いに、今度は鉄錆のような瑞々しく毒々しい臭いがプラスされて不快指数が跳ね上がった。

 その隣で、刺青少女TattooGirlが割れた舌で唇を舐めずっている。いや、普通に怖い。


「何だあいつ……本当にレベル16か!?」

「《解析アナライズ》!」


 邪教徒の一人がスーマンの声に呼応するように魔術を行使した。彼の手前に、彼女の能力値ステータスを示す文字列が浮かび上がり――いやマジでバグってんな!


「ぎゃあっ!」


 またも姿を消し、異なる座標で邪教徒を串刺しにする刺青少女TattooGirl。その刺青の姿も相俟って死神か何かに見えているだろう、幾人かの戦意喪失っぷりはもはや[恐怖]の上位である[恐慌]だろうと思えた。


「次は、もっとヤバいやつ、行っくよぉ?」

「ひぃぃっ!」


 それを聞いて一人の邪教徒が身を翻して逃げ出した。しかしそれを見るや、刺青少女TattooGirlは駆け出し、跳躍した。


 目で追うのが、嫌になるレベルの速さだった。


「駄目やよ、勝手に逃げ出したらあかん」

「ひ、ひぃぃぃっ!」


 そして完全に恐慌状態にある邪教徒の頬に両手を宛がい、少女は魔術を行使した。


構築開始ソート・オン――《属性エレメントアーカ》《形状フォルム球形スフィア》《用途ユーズ纏いウェア》《付与アディション粘着アドヒージョン》――構築完了ソート・オフ――《水没の息ドロゥン・ボール》」


 その両手から水が生まれ、邪教徒の頭を覆い尽くす水球となり、がぼがぼと気泡が開いた口から零れ、そして邪教徒がのたうち回った。え、えげつない……


「ガボ、ゴボボッ、ガボバッ!」

「え? 何てぇ? 何言ぅてるんか全然分からへんねんけど?」


 聞き耳を立てるジェスチャーがこれまた酷い。しかしそれでもまだ戦意を失っていない邪教徒はいる。戦闘は、まだ続行されている。


「《毒針ポイズン・ニードル》!」

「《奔る切創ウーンディング》!」


「《魔術障壁バリア》」


 射出された紫色の棘も、透明な鎌鼬も、そのいずれもが展開された障壁に阻まれ霧散した。

 というか、単音節の行使でここまで大きく強い防壁を張れるものなのか?


「お前ら! ぼさっとしてる暇は無い、相手がレベル16だってことは忘れろ! 格上だ。格上がオレたちを滅ぼしに来ている……総攻撃だっ!」


 スーマンが声を張った。なるほど、ちょっと遅いような気もするが、リーダーシップは張れるらしい。

 いや、これはスキルか。浮上した《シャウトShout》という文字列――確か、蛮士バーバリアンのスキルだったか。自身と仲間を鼓舞し、逆に敵を怯ませるやつだったと思う。

 しかし彼女には効いていない。だが邪教徒たちの顔つきが変わった。[恐怖]や[恐慌]が解け、[勇敢]が付与されたらしい。なかなか厄介なスキルだな。


 そして邪教徒たちが次々に魔術の行使を始め、スーマンが前へと出た。

 両手のどちらもに握る短剣は紫色に濡れた刀身を有しており、恐らくひと掠りでもすれば俺のように筋肉が弛緩するだろう。短剣自体はマジックアイテムじゃ無いから、恐らく毒を調合して鞘に詰めているんだろうな、なかなかに考えている。


「《スラッシュダンス》!」

「《物理障壁ウォール》」


 回転しながら連続で剣戟を見舞う蛮士バーバリアンのスキルだ。しかしその六連撃の全てが不可視の防壁に遮られた。


「《邪気の矢イヴィルボルト》!」


 跳躍して後退したスーマンと入れ違いに、黒いマナで構成された矢が少女に襲来する。しかしそれも矢継ぎ早に繰り出された《魔術障壁バリア》に当たって砕けた。


 構築魔術の利点をよく理解していると言えた。単音節で繰り出すそれは、言わば構築しない魔術。単純な作用をしか持たず、また瞬間瞬間しか持続しないが、それでも何よりも早く繰り出せるのが最たる旨味だ。その姿は、受け盾役タンク、避け盾役タンクに続く第三の盾役タンク――魔術盾役マジタンクと言っていい。


「《業火の柱フレイム・ピラー》!」

「っ!」


 しかし、飛来するもの・向かってくるものは防げても、対象に直接発生するタイプ――起点指定タイプの魔術は防壁では防げない。

 だから足元から燃え上がって天井へと伸びるその黒い火柱を、刺青少女TattooGirlはその身に直撃させ――


「《消魔ディスペル》」

「はぁぁぁあああっ!?」


 直撃の瞬間に。いや、その魔術は本来そういう使い方をするものじゃ……無い、筈なんだが……


「悪いけど効かへんよ? うちを倒したいんやったら、うちよりも強い攻撃とか魔術で来な――無理やろうけどね?」


 べろり――割かれた舌が、妖艶に唇を濡らす。あれ、めっちゃ怖いんだけど。


「ぎゃあっ!」

「ひぎぃっ!」

「ぎょぶっ!」

「びじゃっ!」


 あっと言う間に、四人の邪教徒が火に包まれ、岩の槍に貫かれ、水の刃に斬り裂かれ、雷に貫かれ絶命した。

 命が潰えた臭いというのはどれも耐え難く酷い。システムによる防御的制限が無ければきっと吐き散らかしていただろう。


 手傷を負わそうと躍起になって繰り出されるスーマンの剣閃はどれも障壁に弾かれ、しかしスーマン自身も繰り出される魔術を上手く避けている。

 蛮士バーバリアンは獲得できたスキルによっては、ああいう風にジャストタイミングを見出すことで起点指定タイプの魔術であっても避けることが可能だ。

 レベルは俺と同等だが、なかなかに鍛え込まれたeスポーツアスリートなんだろうな、中身は。


 しかし刺青少女TattooGirlはそれを越えるバグっぷりを見せている。牙獣シーリオの《原型解放レネゲイドフォーム》がどれほどのものかは分からないが、あの機動力ははっきり言って異常だし、単音節で繰り出す魔術の威力・効果量も異常だ。本来、《スラッシュダンス》なんて六連撃を喰らったら同レベル帯でも四、五撃目で障壁割れると思うんだが……何でレベル16で全撃防いでるのか。


 考えられるとしたら――バグが発生している魔力の桁数、それは確か五桁だった。あれがなんだとしたら、何となくそのカラクリにも納得が行く。


 ヴァーサスリアルの魔術はひとつひとつに消費MPの規定は無く、基本の数値が設定しているだけで、それを少なくすることも多くすることも出来る。

 少なくすれば本来よりも威力を弱めたり、また範囲を狭めたり出来るし、多くすればその逆だ。

 だがこの仕様に気付いていないプレイヤーは多い。また余程のことが無い限りNPCも基本の消費量で魔術を繰り出すし。


 だから、彼女の魔力が本当に五桁だと言うのなら、単純に行使する魔術の消費MPをガン上げして繰り出しているんじゃないか、という推測が立つ。

 普通ならそんなに消費量を多くして魔術を行使し続ければすぐにガス欠にもなるが、五桁もの魔力があれば話は別だ。何せ、普通は二桁から三桁だからな。

 後はどうしてそんなバグが発生しているのか――これについては検証が必要だが、何となく思い当たる節がある。あの、全身に刻みつけられた奇怪な刺青Tattooだ。


 目を凝らしてよく見てみれば、魔術の行使とともに彼女の刺青Tattooの一部分が仄かに光を放っている。それは魔術ごとに異なり、規則性は分からないが、おそらくあの刺青Tattooがバグの引鉄トリガーなんじゃないだろうか。

 そう思ってじっと見詰めていると、段々と頭の中の記憶が結び付いて、ひとつの解が引き摺り出される――――あれ、この世界における古代魔術文字に似てない?


「うっとぉしぃなぁ!」

「ぜぇ、ぜぇ、こちとら死にたく無いんだよ!」

「あんたPCやからええやんか、ギルドに死に戻りするだけやん!」

「死に戻りの弱体化デバフが嫌だっつってんだよ!」

「うち初耳やん、それ。お兄さん言ぅて無いやん、嘘吐きやん」

「煩ぇぇぇえええ!」


 変わらず剣戟を繰り出すスーマンと、それを障壁と機動で避け続ける刺青少女TattooGirl。多分、この中で最もレベルの高く、そして今も尚脇目も振らず儀式の詠唱を続ける邪教徒のことは忘れていそうだ。

 まだ俺の身体の毒は抜け切れていない――と、そこで思い出した俺は、一か八かに頼ってみることにした。

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