034;邪教徒の企み.06(小狐塚朱雁/シーン・クロード)

 この世界に普及している魔術ぅんは四つある。

 《魔術士メイジ》が主に使う構築魔術ソートマギア、《詠唱士チャンター》が主に使う詠唱魔術チャントマギア、《呪術士ソーサラー》が主に使う呪印魔術シンボルマギア、そして《巡礼者ピルグリム》が主に使う星霊魔術スピリットマギアの四種類。

 構築魔術は自分で自在に魔術の形や範囲、どんな効果を及ぼすかを決められる、でも慣れないと結構面倒臭かったりする魔術や。

 その他の魔術は詠唱にやたら時間がかかるとか、魔術を行使するんに何か書いたり書かれたものが必要とか、行使から発動までに待たなあかんとか、色々制約があるみたい。

 だから慣れてしまえば、相手が何か魔術を行使しようとしたのを見てからでも全然間に合う。こっちのが早い、ってことやね。


 さて。んじゃ洞窟の中に入って行こう。あ、その前に――


「コン、〈魔女の指先〉出して」

「コンッ!」


 くしゃみをするように光の玉を放ったコン。その光の玉がうちの手にぴとつくと、あっと言う間に魔術士の武器のひとつ、“術具”というジャンルの〈魔女の指先〉という武器になる。

 手の全体を覆うグローブみたいなものやけど、指はギザギザの金属で覆われていて、手の甲には何や紫色に輝く宝石が嵌っている。

 魔力+12程度のものやけど、まぁパワーアップできるなら何でもええわ。今のうちにとっては、スズメの涙みたいなもんやけどね。


「よし。構築開始ソート・オン――《属性エレメントハレナ》《形状フォルム纏いウェア》《用途ユーズ持続サステイン》《付与アディション隠密コヴァート》《範囲リージョン術者セルフ》――構築完了ソート・オフ。――《岩隠れの衣グロット・カモフラージュ》」


 迸る黄色い光が舞い上がり、途端にうちの姿が半透明になる。あまり透けていないのは、今立っている場所には割と草が生えているからで、うちがもう少しレベルが上がって《複合属性》のスキルを獲得したら今のに《属性エレメントリヌム》を追加して完璧な迷彩状態を作れるんやけど……まぁ今から行くんは洞窟やし、土属性一本でどうにでもなるわ。


 こういった術者限定の効果は、選択して使い魔ファミリアーに及ぼすことも出来る。洞窟に入ったうちらは、うちら同士はどこにいるか分かるけど、他から見たら完全に見えへんやろうな。ここは土属性が強いし、やから音を立てても殆ど聞こえへん筈や。

 追尾してくる光球はここでお終い。流石にそれは見つかるからな。

 だから代わりに、自分の中にいる自分に手を伸ばす。


「――《原型解放レネゲイドフォーム》!」


 うちはもとからケモ耳・ケモ尻尾生やしとるからそない変わらへんけど、目が金色になって瞳孔が縦に――ああこれもハートのハイライトのせいでそない見えへんわな――そして両腕と両脚に力が漲って来る。


 牙獣シーリオのアルマ、その原型解放レネゲイド・フォームはキャラクターに暗闇を見通す「暗視」が付与され、さらに五感――能力値で言うたら「感応」――と機動力の大幅な増強を齎す。これ、どちゃくそはやいねんで?


「よっしゃ、コン、行くよぉ! ちゃんと着いてきてな?」

「コンっ!」


 うちは駆けた。土と黴の臭いの中に微かに漂う人間の臭いを嗅ぎ分け、奥へ奥へと駆け抜けた。

 どうやら道は間違って無かったみたいや。仄かに明かりの灯った奥の空間に、話し声が聞こえる。いや、これは話し声やない、儀式を行っている声や。

 さっきうちが吹っ飛ばしたんは巡礼者ピルグリム系統の魔術職やった。つまり、この先にいるんも同じ系統――多分、その二次職セグンダのひとつ、《異端者ヘレティック》やと思う。儀式で何か邪悪なん召喚しようとしてんちゃうかな?


 入口の縁に身を潜めて部屋の中を見渡してみる――いた、イグアナのお兄さんや。

 待っててぇな、今、助け出したるから……!



   ◆



「おいおいふざけんなよ……」


 意識の酩酊はまだ続いているが、話に聞き耳を立てる分には問題ない。

 俺は魔術円の真ん中に寝かされた形で、どうやってこの状況を打破しようかと考えを巡らせながら何かヒントは無いかと連中の声に耳を欹てる。


能力値ステータスが文字化けしてる奴がいる? で? それが何だってんだ?」

「それが……」


 どうやらあの刺青少女TattooGirl能力値ステータスにバグが発見されたらしい。いやでもそういうの、運営に報告したら一発だと思うんだけど……仮にもスーマンは冒険者、つまりPCなんだし。それをしない辺り、そこまで頭が回っていないのか、そもそも運営に連絡するのが嫌なのか。まぁ、どっちにしたって俺の今のこの状況には関係は無いか。

 しかし……能力値ステータスのバグ、というのは気になるな……。

 気になると言えば、儀式ってどれくらい時間がかかるんだろうか。確か、少なくとも1時間の詠唱が必要、だったか? ああ、熱入れて語る兄の話をもっとちゃんと聞いておくんだった。


能力値ステータスがバグっていようと、所詮レベル16の半人前ガキには変わらん、そうじゃないのか?」

「そ、そうです……」

「何だ、それとも? まさかお前、このオレがそのわけ分からん女に負けるとでも思っているのか?」

「いえ、滅相も……ございません……」


 このスーマンって奴……俺と同じレベル31ながら随分と幅を利かせているな。どう考えても周りの連中の方が格上なんだが……やはりレベルで測れない何かの強みを持っている、ってことなんだろうな。


「……お兄さん、お兄さん、聞こえる?」


 すると、欹てている左耳に、つい数刻前に聞いた甘ったるい声が小さく響いた。

 ぎょっとして目だけで振り向くと――いや、何も見えん……ぞ……?


「あー、今カモフラージュ中やからね。ちょっと待っててぇや、すぐに助け出したるからな」


 しかし何か指先が動けない俺の顔中をまさぐるるような感覚だけがある。え、何、めっちゃ怖い……いるのか? そこにいるのか? 見えないのに感覚だけがあるってのはこう、背筋に込み上げる寒さが酷いぞ?


「んふふ……どちゃくそ気持ちええ……やっぱイグアナやから肌も冷たいんやね……はぁ、もっと触りたい……」


 勘弁してくれ! ――しかしまだ弛緩している俺の筋肉では身動ぎすら許されない。くっ、我慢するしか無い……いや駄目、めっちゃ怖い……俺、


「さて……ほな、行くね」


 告げられ、まさぐられる感触が遠ざかった。何となく、そこにいた気配も遠退いた気がする。俺の心音だけがドクドクと煩く、そして多分、冷や汗を掻いただろうじっとりとした気持ち悪さが全身に広がっている。


「儀式の進捗は? 今どの辺りだ?」

「はい。あと40分詠唱を完遂すれば、完全に召喚できるかと――おおっ!?」


 俺は目だけしか向けられないが、スーマンに対し説明をしていた邪教徒の一人が、突然足元から噴き上がった炎に包まれた!

 黒く煤けた煙が立ち上り、辺りに肉を生きたまま焼く嗅ぎたくない匂いが立ち込める。

 スーマンはその事態に茫然としながらも、腰の鞘から短剣を抜いて二刀流となり、周囲を見渡して警戒を始める。

 他の邪教徒たちもそのスーマンの動作にはっと我に返り、それぞれが臨戦態勢を整えた。


 その、集団の真ん中で燃え盛る邪教徒に手を伸ばして立っている、全身刺青タトゥーだらけのケモ耳少女――黄色く立ち昇る気迫オーラは、牙獣シーリオの《原型解放レネゲイドフォーム》を施しているからだ。


「何だ、てめぇっ!」

「あー、やっぱ魔術使っちゃうとバレるんやよねぇ……レベル上がったら何とかなるんかな、この仕様」


 一応、三次職テルティアまで行くと確か完全に隠密機動スニーキング出来たと思うが……魔術職はどうだったかな、定かじゃない。


「オレは“何だてめぇ”って訊いてんだ!」


 スーマンが怒号を放って凄むも、少女は何一つ意に介していない。それどころか、周囲を見渡して敵全体の構成――レベル33の異端者ヘレティック四体とレベル38の異端者ヘレティック二体、儀式を行っているレベル41の異端者ヘレティックが一体、そしてレベル31のスーマン――を確認すると、口の端をにやりと持ち上げ、そして開いた口から


 先が、二又に割れた、異形の舌――スプリットタンと呼ばれる、身体改造の一つ。


「お兄さんたちには何の恨みも無いけどさ、イグアナのお兄さんを助けたいから――うち、お兄さんたちのこと、ね?」

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