033;邪教徒の企み.05(シーン・クロード/小狐塚朱雁)

 確かに、このヴァーサスリアルというゲームは何も。セヴンみたいに、推奨されるギルドを飛び出して違うギルドに登録することも出来れば、冒険者とは異なるギルドに登録することも出来るし、何なら登録しないフリーランスのまま――なかなか生活には困るが――冒険を続けることも出来る。

 そもそも冒険しなくてもいいのがこのゲームだ。例えば加治屋になって武器を鍛え続ける人生を送ってもいいし、その中で必要な素材が欲しければPCが依頼主となって冒険者ギルドに依頼クエストを発注することも出来る。その冒険についていくことも可能だ。


 そういった自由性というのは、もちろん悪の方向にも用意されている。PCは悪人になることも出来、みたいに邪教徒の頭になり替わって自由な悪を謳歌することも出来るんだ。


 それは推奨されてもいなければ、禁止もされていない。人生と同じだ。


「起きたようです」

「ほぅ……意外と早いな」


 未だくらくらと意識が酩酊しているのは、まだ毒が持続しているせいだろう。

 本当に自分でも迂闊だと思う――そこそこ良い感じに張り合える敵を蹴散らしながら進んだ洞窟の奥で出くわした冒険者。PCだと思って話しかけたら、隙を衝かれて腹を一突きだ。何とか躱したものの、切っ先が掠めた右腕から毒が回り、筋肉が弛緩して意識が強制的に遠退いていった。

 寝ていたのは30分程度か? よく分からないな……こうなるとシステムメニューすら開けない……さて、どうするか。


「まさかお前みたいなプレイヤーがいるとは思わなかった。どうしてこの地に爬竜人リザードマンが、なんて吃驚びっくりしたぞ」

「スーマン様、この男、いかがいたしましょう?」


 この軽装の冒険者はスーマン、と言うらしい。話しかけた黒い法衣ローブ姿の男は邪教徒だ。運び込まれた部屋の奥には祭壇が見え、その手前には何やら赤く明滅する魔術円が見える――恐らく、何かを召喚する儀式だろう。


「いかがするって……そりゃあ儀式の贄にするに決まってる。こんなにトカゲ面なんだ、悪しきドラゴンとか呼び出せたら面白いだろ?」

「しかし……儀式の贄にはうら若い年頃の乙女、と相場が決まっています」

「はぁ? じゃあこいつを捧げた後で年頃の乙女を連れ攫って来ればいいだろう。っていうか、じゃなきゃ駄目なのか? お楽しみとか、そういうチャンスは無いのか?」


 邪教徒は何やら困っている。くそ、完全に見たまんまの悪者じゃないか……これは巻き込まれタイプのクエストか? 連れ攫われた娘かなんかがいて、その親とかから受注するのが正規ルートだと思うが……どうでもいい。とにかくこの毒と身体を縛る縄をなんとかしないと……


「スーマン様!」


 部屋に新たな邪教徒が現れた。この広さだ、十人くらいはいてもおかしく無いだろう。


「どうした?」

「いえ。表に、得体の知れない女がいます」

「得体の知れない女ぁ? どういうことだ?」

「はい……それが、全身が刺青タトゥーだらけで……おそらくはスーマン様と同じ、冒険者と思われます」


 筋肉が弛緩していて良かった。その単語を聞いて思い浮かぶのは一人しかいない。茶でも飲んでたら吹き出していたところだ――っていうか、つけて来たのか。


「……お前の仲間か?」


 弱弱しい動きで首を横に振った。スーマンは何やら嘘を看破する《虚偽追窮センス・ライ》の魔術を行使したが、仲間では無いため嫌疑が晴れる。もしこれが「知り合いか?」だったらゾッとする。


「因みに、レベルは?」

「はい。詳細は分かりませんが、洞窟の入り口が見えていないためレベル30未満でしょう」


 マジかよ……ああ、そうか。だから入り口で足止めてるのか。何せ俺の痕跡はこの洞窟に入って消えているから――この洞窟に入れないレベル30未満半人前なら納得だ。

 しかし。次にこいつの言う言葉が予想できた。そしてそれは違わず当たった。


「よし。連れて来よう」

「スーマン様、本当ですか?」

「相手は得体の知れない冒険者ですよ?」

「はぁ? 得体の知れない冒険者ならもうすでにここに一人いるだろう。お前たちも紛いなりにも30オーバーの精鋭なんだ、オレの指揮下にいれば安泰、違うか?」

「確かに……」

「……その通りです」

「だろう? このスーマン・サーセンが頭を務める以上、お前たちの邪悪な欲望は必ず叶えてやる。無論、その傍らでオレも楽しませてもらうけどな」


 こいつ、スーマン・サーセンなんて名前なのか。何だか、土下座とか得意そうだな。



   ◆



 ぐにゃりと輪郭を歪ませる、まだうちには入ることの許されないダンジョンの入り口でああでもないこうでも無いと考えを巡らせていると。

 その、ぐにゃりとした空間がさらにぐにょんと歪んで、空間自体に穴が空いた。

 穴の向こうに、ぐにゃりとしていない洞窟の入り口が見える。でも、そこに入ろうと足に力を入れた瞬間に、その穴の中から何かが出て来た。


「《麻痺毒の雲パラライズ・クラウド》!」


 瞬間、うちは両腕を交差させて顔を覆った。紫色の煙に似た筋が迸ってはうちを取り囲み、一吸いで全身の筋肉を弛緩させる麻痺毒が充満しとる。


 ザザザと草を踏んで現れたのは、黒い法衣ローブに身を包んだ男たち。ご丁寧にフードで顔も影っていて誰が誰かよく分からへん。どうせ分かっても大した情報ではないんやろうけど。



 ぴこん



◆]クエスト

  〔邪教徒の企み〕

  に巻き込まれました[◆



 初めの通知。へぇ、クエストって巻き込まれて受注することもあるんやね。


「おい、どうだ?」

「いや抵抗レジストしているみたいだ」


 悪いけど、ぶっちゃけて言うとこの程度の魔術なんか全然平気。敢えて罠にかかるって選択肢もありそうやけど、でも次の瞬間死んでしもうたらかなわんし。

 女の勘が告げとる――十中八九、あのイグアナのお兄さんはこの先におる。こいつらの親玉やったらまぁ取り入ればいいやろうし、そうやなくて捕まっとるんやったらさらに儲けもん。


「――《消魔ディスペル》」


 バチン、と風船が弾けるように紫色の煙が霧散した。翳した手が強制的に魔術の効果を遮断したんや。


「こいつ……魔術士メイジだぞ!」

「《解析アナライズ》!」


 データを看破する魔術を行使した法衣ローブの男の眼前に、うちの情報を刻む文字列がずらりと並ぶ。うちからは鏡に見えるその文字は――


「レベルは……たったの16だ!」

「はっ、大したこと無いな」

「スーマン様の手を煩わせるまでも無い!」

「……何だ、文字化けしてるぞ!?」

「はぁ?」

「馬鹿が、俺がやる! 《解析アナライズ》!」


 今度は別の法衣ローブの男の前に、文字列が浮かぶ――けど、やっぱり。



◆]アイナリィ

  冒険者 レベル16

  俊敏 8

  強靭 6

  理知 12

  感応 9

  情動 11

  生命力 66

  魔 力 !’$#)[◆



「何だこいつ!?」

「いやそれ、うちも分からへんねん」


 そう――キャラクターメイキング時に30時間かけてアバター作成を終え、冒険に出たうちの能力値ステータスは、何故か魔力の部分が文字化けして正常な数値が出ないままなんや。

 まぁ、おかげで得してるし、悪いことなんか一つもあらへんねんけどな。


「構うな! 大人しくさせて捕まえて、スーマン様の下へ運び込むのは一緒だ!」

「なぁなぁちなみに――でっかいイグアナのお兄さん、知らへん?」


 うちが吐いたその言葉に、三者三様にぎょっとした。ビンゴ、後は悪者かそうじゃないかや。


「やっぱりあの男の仲間か!」

「スーマン様に報告しろ!」

「分かった!」


 一人が後ろに下がり、そして空いた穴の向こうへと戻っていった。へぇ、情報伝達の魔術は使えへんねんなぁ。ってことは《魔術士メイジ》やなくて《巡礼者ピルグリム》の系統やん。つまり、治癒魔術使うてくるやん。バリ面倒臭……


「なぁ、お兄さんは捕まってるん? それとも親玉なん?」

「はっ、我々が仕えるのはスーマン様だけだ」

「お前もじきに、あのトカゲ男と同じように儀式の贄となるのだ!」

「はぁっ!? お兄さんもう死んでるん!?」

「ふはは、まだ儀式は始まっていないが時間の問題だ」

「なら、うちの行動方針決まったな――あんたらさっさとぶちのめして、その儀式とやら止めたるわ」

「レベル16程度に何が出来る!」


 そして魔術の行使を準備し始めた二人の男。その胸の手前に、こちらを向いて《麻痺毒の雲パラライズ・ミスト》と《魔封じの針シーリング・ニードル》の文字列が浮上ポップアップしはった。

 前者は先程うちが無効化ディスペルした奴で、後者はかかると魔術を封じられる[封印]というステータス異常になる、厄介な魔術。

 でも、ぶっちゃけそんなんうちには意味無いけどな。


構築開始ソート・オン――《属性エレメントハレナ》《形状フォルムピラー》《用途ユーズ発生オキュア》《付与アディション衝上ノックアップ》《範囲リージョン局地リミテッド》――構築完了ソート・オフ。《岩盤隆起ロックリフト》!」


 ドゴーン――――足元から急速に衝き上がる岩盤のアッパーカットが、二人の男を空高く打ち上げましたとさ。股間に直撃したから多分死んでるんちゃうかな?

 そして、そのまま落ちてくることはあらへんでした。ちゃんちゃん。

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