032;邪教徒の企み.04(シーン・クロード/小狐塚朱雁)

 Huh-uhmmははーん――ピンと来た。

 つまりはこれが、一人前レベル30になった特権――つまり、それまでは入れなかった場所、ってことだ。

 なるほど、一人前レベル30になると行ける場所が増える、って聞いてはいたが、こういう風に前までは見つけすら出来なかった場所が今では普通に見えるようになる、ってこともあるんだな。


 興味を覚えた俺は、首の付け根をゴキゴキと鳴らし、意を決して足を踏み入れる。



◆]【???Unidentified place

  に移動しました You arrived at. [◆



 勿論、俺はここにこんな洞窟があることは今知ったばかりだ。つまりこの洞窟に何て名称がついているかは知らないわけだ。

 それは言い換えれば、俺のこれまでのプレイの中で、この洞窟に関する情報は一切出てきていないということでもある。


 ぶっちゃけ、一人前レベル30以降はこのような行ける場所・行けない場所の区分は無いらしい。だから俺がこれから踏み入るこの洞窟が、全然上のレベル帯を想定して作られているってこともあり得る。


 事前の情報があるか無いかで、うっかり死んでしまうこともあるってことだ。

 ただ――俺が得ている権限は、そのリスクを限りなくゼロに近付けることも出来る。


「――“Apply for Using of Authority.”」


 強く念じるとともに、そう俺は呟いた。



◆]Confirmed for application to use of Authority.[◆

◆]The application has been approved.[◆

◆]Now running.[◆



 俺にしか通知されないシステムアナウンスが矢継ぎ早に現れては消え、そして視界の片隅に消えかかっている位置情報のアナウンスが再度視界の中央に現れた。



◆]【ゼルマブスカの洞窟  Cabe of Zermabska  ・C】

  に移動しました You arrived at. [◆

◆]【ゼルマブスカの洞窟  Cabe of Zermabska  

  推奨レベル帯Recommendation of Level 35

  推奨PT人数Recommendation of Number 2~4[◆



 後半は秘匿情報で、あるスキルを取得すると見れるようになるらしいが、ぶっちゃけ俺には関係ない。

 本来であればこんな“違法改造屋cheater”みたいな真似は忌避すべきだが、遊ぶことが目的でない以上、正直目を瞑ってくれって感じだ。

 無論、兄を探し出せたならこんな管理者権限なんてもんは放り出して突き返してやる。

 だが、それまでは持ちうる全てを駆使し切る心持だ。


 さて。推奨レベルは然程でも無く、パーティ人数は足りていないがまぁ何とかなるだろう。

 そうして俺は、大した考えも無く洞窟を奥へと踏み込んでいった。

 二次職セグンダにクラスアップした際に修得した、覚えたての構築魔術で〈パルチザン〉の穂先に明かりを灯し、実に意気揚々と入っていったってわけだ。


 油断は禁物だ。往々にして、何にでもそれは当てはまる。

 俺は自分がeスポーツアスリートであること――それも北米アマチュアでは負け無しの――そして管理者権限を有することから、きっと油断していたのだろうと思う。

 油断の最もヤバい所は、本人が一切それに気付いていないってところだ。


 リスクを回避するために講じた策が、なまじ数字を直視してしまったために逆にリスクとなることだってある――この時の俺は、まさしくそうだった。

 少し頭を捻れば分かった筈だ。

 自分のように、目に見えるレベルよりも遥かに強大な力を有している奴は他にもわんさかいるのだと。

 同じレベル帯の相手だからと、俺は油断したんだ――



   ◆



「何やねんホンマ……」


 街中を怪訝な目を向けられながらその足取りを追う。聞き込みに次ぐ聞き込み。ただ、相手がやたらと目立つ格好をしていたから、おかげでどうにか森の入り口までは辿り着けた。


「腹立つぅ……あないに毛嫌いせんといてもええやんなぁ」


 足元でうちを見上げて小さく鳴いた仔狐型の使い魔ファミリアー、コンに愚痴る。


「コンッ!」

「ええコやでホンマ……おぉきにな」


 しゃがみ込んでそのふさふさふかふかの毛並みを撫でつけ、気が済んだところでもう一度立ち上がる。

 ここからは聞き込みをしようにもする相手がおらん――というわけでは無いけど、うちでは多分無理。

 だからここからは、アニマやアルマの構成では無く、このゲーム内で培った“斥候スカウト”としての経験が頼りになる。


「――まだ踏み入ってそんなに経って無いみたいやんな」


 疎らに草の生えた土についた、とても大きな足跡。

 確かあのイグアナのお兄さんは竜の鱗を模したようなデザインの長靴ブーツを履いていた。

 体の大きさからして足のサイズもかなり大きい筈。きっと、この土についた足跡はあのお兄さんのものやと思う。


 足跡はずっと続いているわけでは無い。森を奥へと踏み入ると、完全に草に覆われていて足跡が見当たらない地面もあんねん。

 せやけど、草を踏んで進んだ跡ならある。歩くときは足を後ろから前へと踏み出す以上、踏まれた草もそれと同じ方向に折れる。これは、足跡と同じ情報や。


「コン、離れんといてな」

「コンッ!」


 進んだ先で小川にぶち当たった。追跡を撒くには適している地形。上流か下流かに進んでしまえば、足跡を隠匿できるからや。

 でもきっとあのお兄さんはうちが追ってるってことを知らない。そうやなければ、あんな大胆な逃げ方をした後でも、姿を晦まして進んでいる筈やし。聞き込みで情報が得られたことから、きっとお兄さんはうちを撒けたと思って悠々と進んでいる筈。


「――あった」


 小川を渡った先で足跡を発見した。追跡は続行できそうや。

 そもそも何故あのお兄さんを追っているのか――だってイグアナだから、それに尽きる。

 うちだってキャラメであそこまで外見変えられるって知っていたらもう五十時間は費やした。イグアナがOKならそれこそ蛇にでもなってやった。でも今の格好は気に入ってる――特に、この刺青タトゥーの具合が。

 だからもうキャラメからやり直すなんてことは無いやろうけど、でもあのお兄さんにした以上、追いかけ回して追いついて、付きまとうのが京女の執念や。


「うっわ何やこれ」


 どんどん足跡を追っていくと、途中で大きなあかい猿の死体を見つけた。場所はバラバラやけど、全部で六体おる。

 ここで足跡がぐちゃぐちゃになってんのは戦闘があったせいやんな。こういった戦場跡も追跡を難しくさせる地理的要因になる。集中せなあかん。


「――あったわ」


 探し回ること20分。漸く奥へと向かう足跡を見つけたうちは、コンから取り出した水袋の中の水をぐびぐびと飲んで、一袋を空にして戻し、そして追跡を再会する。


 森の中は涼しいけれど、やがて日も落ち始め段々と涼しいを通り過ぎてきた。うちはこんな格好を好き好んでしているから寒いともおちおち言ってられへん。

 そしてそこに辿り着いた時には、もうすでに日が落ち切って、うちは構築魔術で《光球ライト》を作り、それに《浮遊レビテート》と《追従フォロー》を組合わせてうちの周囲にぷかぷかと浮かぶ自動追尾の光源にした。


 構築魔術はおもろい。慣れればこんな風に自在に魔術を操れる。キャラメは殆どアバターのことしか考えてなかったけど、最初から構築魔術使えるアルマで良かったと思う。


「で、こっから先は?」


 しかし途中で完全に足跡を見失ってしもうた。何でやのん、まさかこっからまた飛んで行った? ありえる、追跡に気付かれてしもうたんかな?

 だけどあのジャンプをしたのなら、大きな足跡がついてても良さそうな筈なのに……それがどこにも無いと言うことは、瞬間移動テレポートみたいなんしか思いつかへん……でもここまで来てそんなん、する?


「コン」

「ちょっと待っててぇや、コン。今考えごとしてんねん……」

「コンッ!」

「何やコン? 大事なことなんか? ……って、何なん、これ?」


 目を凝らすと、そのがよく分かった。空間が歪んで、奥にある何かが薄っすらぼんやりと輪郭を捻じ曲げさせながら浮かび上がっている。

 それは、うちが近付けば近付くほど鮮明に、そして歪みも一層ひどくなった。


「……隠しダンジョン?」


 手を伸ばして触れようとすると、何かに弾かれたような小さな衝撃が掌に走った。

 ああ、今思い出した。そう言えば、一人前レベル30にならんと行かれへん場所が世の中にはある、ってギルドマスターおいちゃん言ぅてたな。これもそうなんやろうか?

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