031;邪教徒の企み.03(シーン・クロード)

◆]【アンベックの森  Amnbek Forest  表層Surface layer

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 郊外に出て地元の猟師たちが使う獣道に踏み入り、歩くこと十数分。

 システムアナウンスがエリア境界を越えたことを告げ、やわらかな木漏れ日が淡く染める緑の風景が目の前に広がる。

 あちこちで鳥の囀りが聞こえ、耳を澄ませば遠くに清流のせせらぎも。


 ああ、こういう静かな森もいいな。出来ればずっとこの辺りに留まりたいもんだ。


「さて……キグナス、槍をくれ」


 呼ばれ、俺の右肩でずっと身を潜めていた使い魔のキグナスが姿を現した。キグナスは招待コードの特典である〈使い魔引換券〉で獲得した、なかなか珍しいカメレオンタイプの使い魔で、収納容量インベントリはそこまで広くも無いが“姿を消すことが出来る”という特殊能力を有している。


 しゅた、と土の地面に降り立ったキグナスは口を大きく開け、渦巻く舌をべろりと伸ばした。その先端に宿る光が俺の手に届くと、それは瞬く間に俺の現在の主兵装である〈パルチザン〉へと変貌する。


「サンキュ。さ、ここからは敵も出て来る。また右肩で休んでろよ」


 こくりと頷いたキグナスはペタペタと俺の身体を攀じ登り、すっかり定位置となった右肩の上で再び姿を消した。普通のカメレオンとは異なるその擬態は、もはや透過と言っていい。その証拠に、俺が右を向くとキグナスの姿を透過して向こう側の風景も確りと映る。


 ところどころまばらに短い草の生えた土を踏んで前に進む。やがて目の前に小川が現れ、河原の丸っこい石をガリガリと踏み付けて小川を渡った。



◆]【アンベックの森  Amnbek Forest  中層Middle layer

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 小川から先は生い茂る緑の密度が上がり、やや鬱蒼としてくる。

 魔獣が現れるのはこの辺からだ。ただ、稀に表層にまで足を延ばす奴らもいるから油断は出来ないんだけどな。


 木の根が土に収まりきらず凸凹とした地面を注意深く進み、せせらぎが段々と遠ざかっていく毎に張り詰めていく緊張感をたのしみながら奥へ奥へと進む。


 ガサ ガササ


 警戒心が高まった。ぴたりと足を止め、息を潜めて周囲の気配を伺う。

 木々は生えているが、戦闘できないほどの間隔じゃない。とは言っても、この狭さは長物を扱う俺みたいな前衛には不向きだ――普通は。


「ギギ」

「ギィッ」


 おいでなすった――枝葉を掻き分けて群がり、そして一人の俺を取り囲むように降りてきたのは、薄暗い森の風景に浮かび上がる緋色の毛並みがけばけばしい大型の猿。


 “スカーレットエイプ”という名を持つレベル26の魔獣モンスターだ。


「ギャッ!」

「ギィ……ギッ」

「ギャッギャッギャッ!」


 六体か……力もそこそこあるし、素早いうえに森の木を利用した立体的な機動で攪乱する、非常にいやらしい相手だ――普通は。

 人間の目は横についているせいか縦の動きに非常に弱いからな――普通は。

 格下だが一対六ともなると5のレベル差なんか無いも同然――普通は。


 つまり、そこそこ苦戦を強いられる、ってことだ――――普通は。


「ギャゥッ!」


 周囲を取り囲み牽制していた六体のスカーレットエイプ。そのうちの一体が高く跳び上がり、俺の右側方から襲い掛かってきた。


「ギァッ!」

「ギャァッ!」


 それを皮切りに、同じように跳びかかってくる奴、真っ直ぐ突進してくる奴、と次々に人間とほぼ変わらないサイズの猿が猛襲を見せる。


「――ふっ!」


 右側方から跳びかかってきた魔猿は〈パルチザン〉の石突で一突きし跳ね返す。

 もう一体の跳びかかってきた魔猿には、そのまま柄をぶん回して横から叩き落としてやった。

 後方で襲い掛かろうとしていた魔猿に再び石突を見舞って、

 正面の突進してきた魔猿に槍の穂先を突き刺した。


 浅く肩を掠めた一撃に怯まず、魔猿は槍の柄を両手でがしりと掴む――馬鹿が、悪手だ。


「Jump!」


 タイミングよく発動した《ヴァーティカルスラスト》が、掴んだ魔猿ごと俺の身体を真上に跳び上がらせた。

 そのまま5メートルほど上空で身体を捻って槍を回転させ、魔猿は振り払われて自由落下状態に陥る。

 その腹を目掛け、俺は〈パルチザン〉の穂先を向けた。


「《スティングファングStingFang》!」


 何もないはずの虚空を蹴って繰り出された突撃は、狙い違わずその尖鋭を緋色の毛並みの奥に沈めて墜落を上回るスピードで地面に叩き付ける。


「ギュアッ――――」


 何とも汚い断末魔だ。突き抜けた槍が地に着くと同時に発動させた《スピアヴォールト》により、俺の身体は再び宙へと舞い上がってぐるりと蜻蛉とんぼを切る。

 着地? そんな猶予は許さない。空中で姿勢を整えた俺は槍を構え直して、地面と平行に高速の移動を行う《ラテラルスラスト》で二体目の魔猿を串刺しにした。

 そいつを持ち上げて振り抜くと、ずぽりと抜けた魔猿の息絶えた骸が違う魔猿に激突した。


「ギャオッ!」

「シャアッ!」


 足元を狙って突きを繰り出し、跳びかかろうとした一体を逆に後退させ、手元に引き寄せた槍の勢いで後ろから来た魔猿に石突をお見舞いする。


 森は確かに木々の間隔によっては長柄遣いに不利となる。ただそれは、あくまで“円の動き”を阻害するのであって、突き技が主体である俺にはそこまで関係ない。

 また、木々はあくまで地面と垂直に生えている。つまり、上下運動にもそこまで支障は出ない。


 そしてスカーレットエイプは厄介ではあるが、魔術などの遠隔攻撃を持たない。

 盾役タンクが引き付けて後衛が刺す、っていうのが本来の攻略法だが、別にソロプレイでも俺くらい慣れてりゃ別段問題は無い。


 俺はリアルチートさえ使えないが、ゲームの知識と技術でそいつらに肉薄できる。それは別に、俺の兄がこのゲームの開発者だからでも、俺が管理者権限の一部を持ち合わせているからでもない。

 プロじゃ無いが、俺はeスポーツアスリートとしての側面がある。大学生と言う立場上アマチュアの大会に偶に出るくらいしかしていないが、アクションを主題にしたバトルものなら北米では今のところ負け無しだ。プロチームからも誘いが来るぐらいだ。


 だから顔を知られたく無いし、そのためにもこんなイグアナの仮面を被っている。

 そりゃあ、プロじゃなくてもれっきとしたeスポーツアスリートがパーティメンバーにいた方が攻略は楽だ。誰もがそう思うだろうし、俺だってそう思う。


 だが俺がこのゲームを続ける理由は、他の奴らと全く違う。

 単純に遊びたいだけの楽しんでいる奴らに、俺の特異な重荷を背負わせたくない――それが、俺が今のところソロを決め込んでいる大きな理由だ。


 そして。


 出来ることならそれをさっさと解消して、兄を見つけて助け出して、俺も周りの誰しもと同じようにこのすっげえ世界を楽しみ尽くしたい!

 そのために、こんな森のちょっとした場所で足止めなんかされるかよ!


「Back!」


 《ラテラルスラスト》で後退し、残る二体をひとつの視界に捉える。降り立ったここは槍を振り抜けるほどの広さをも持った空間。

 発動させたのは、足元から振り上げた槍の穂先の軌跡がそこに残り、そしてその軌跡に横薙ぎの軌跡を重ねることで十字の斬撃を前方に射出する、槍兵スピアマンの奥義とも言えるスキル。


「《クロスグレイヴCrossGlaive》!」

「ギィァッ――――」

「ギギィッ――――」


 光放つ十字の斬撃痕は木々に深い傷をつけながら飛翔し、毛並みよりも深い赤色を飛び散らせて魔猿の二体が吹き飛び倒れた。

 血振りをし、キグナスから取り出した専用のタオルで〈パルチザン〉の穂先を綺麗にする。こまめに手入れしないとすぐ痛み出すからなぁ……


「ちっ、やっぱこんなもんだよなぁ……」


 一対六とは言え、相手は5レベルも格下だ。だから得られる経験値は実に僅か――これも、より強い敵に挑むように考えられた設計だ。


 ぼやき終えた俺は、再び警戒して道なき道を進む。

 しかし何処かで方角を間違えたのか――【表層】へと再び戻る筈が、俺の目の前に現れたのは天然の洞窟だった。

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