030;邪教徒の企み.02(シーン・クロード)

【“星霊の恩寵” 神聖ルミナス皇国】

 Grace of the StarrySpirit.

     DIVINE LUMINUSIANITY.


 天を衝き、雲を貫いても未だその尖鋭は見えず。

 高らかに謳い上げるように聳える“霊峰ルザム”の麓、肥沃な大地に生い茂る森を拓いて生まれたのが神聖ルミナス皇国だ。


 大陸中央に位置する皇国は、興った当初から周囲を取り囲む諸国からその肥沃な土地を狙われ続けてきた。

 神に祈りを捧げ、奇跡を願っていた皇国の民に神託は降り注ぎ、断固として戦うべきだと民衆は立ち上がる。

 神そのものを仕える対象とする“修道騎士ミリティア”によって構成される“星天騎士団”と、それを擁す“星天教団”。そして地と民とに根差す信仰こそ、皇国の最大の武器である。


 やがて大陸全土に調和が齎され、信仰もまた大陸全土へと伝搬する。

 宣教師たちは今日も朗らかに命への賛美を謳い、巡礼者たちが世界を巡る。


 肥沃な大地を狙うのは何も人間だけじゃない。妖魔や蛮鬼は今も虎視眈々と皇国に攻め入る隙を伺っている。また、森に住まう魔獣や霊峰を棲み処と定めた古代種の脅威も、民衆の心を未だ震えあがらせている。

 騎士にせよ、冒険者にせよ。

 皇国に身を置いたのなら、教えに従い民を守り、果敢に立ち向かえ――――



 国境を跨ぐ移動を行った際にもランダムで表示されるようになったみたいだな、この紹介文。キャラクターメイキング時は心に余裕が無くて速攻でスキップしたから、こうやって改めて読んでると感慨深い。


『間も無く、ガイランス駅へと到着いたします』


 列車内にアナウンスが鳴り響き、やがて車体がゆっくりと減速していく。

 車窓から除くのは緑に溢れた実に牧歌的な街並みだ。あと二駅ほど行けば俺が籍を置いている冒険者ギルドのあるルミナシオ市街に着くが、このガイランスから郊外の森を抜けて行くとレベリングの時間的効率がいい。


 のどかな通りには住民と冒険者とが7対3ほどの割合で見受けられる。どいつもこいつも、人の姿を見ては華麗な二度見を不躾にしやがる――まぁ当たり前か、俺だって目の前にいきなりこんなイグアナ男が現れようもんなら二度見するさ。


 そして――時に人は、目の前に現れたのがイグアナ男じゃなくても二度見することがある。

 例えばそうだな……もの凄く可愛らしいケモ耳少女が、下着か水着かってくらい肌を露出していて、尚且つ非常にそそられるようなプロポーションをしていて、剰えその露出した肌の殆どを見事なまでのトライバルタトゥーが埋め尽くしていたなら。


 な? 二度見するだろ?


「わぁ、すっごぉい!」


 そんな少女と、目が合った瞬間に感嘆された。ぴょんぴょんと跳ねるように近寄ってきたそいつは、胸元を過ぎて臍に届くかってくらいの綺麗な銀髪を躍らせながら、キラキラと目を輝かせて俺のことをじろじろと見詰めている。

 うわ、何だこいつ――虹彩にハート形のハイライトなんか入れてやがる……いや、見た目イグアナマンが言うなよ、って話だが。


「え、これどうなってるの? キャラメでここまで出来んの?」


 PCプレイヤーキャラクターNPCノンプレイヤーキャラクターかは割と何となく判断できる。一応この世界には“爬竜人リザードマン”っていうトカゲ人間が種族としていることにはいるが、あいつらは敵対勢力だ。だからこんな街中に見かけようものなら、普通は衛兵とかに拿捕される。

 ぶっちゃけて言うと俺ももう何度もそういう目には遭っている。そこで〈冒険者登録証〉が生きるんだ。

 登録証には個人の簡単な経歴――キャラクターメイキングで決定されるものだ――も記録されている。俺の経歴には、俺がこんな風にアバターを弄ったことに整合性を持たせるため、“幼少期にイグアナの見た目に変わる呪いを受けた”という記述がある。

 つまり登録証を見せて自分の経歴を伝えれば、俺がれっきとした人間であり、この見た目は不可抗力なんだと伝え・証明することが出来る、ってわけだ。


「そういうオタクこそ」

「えっ?」


 褪せた青色の染料で彫られたトライバルタトゥー。顔と首、胸元を除いてほぼ全ての肌に入っている。線と点と円とを組合わせて実にエキゾチックな紋様を描いているそれは、まるで生きているように蠢いて見える。俺があと8歳くらい幼かったら惹かれていたかもしれない。今じゃあまり関わりたくない部類にカテゴライズするが。


「入れすぎなんじゃないの?」

「えー、嘘やろ? どちゃくそかっこええやん」


 こいつ、関西人か?


「なぁなぁお兄さん、あ、もしかしてお姉さん?」

「お兄さんだよ」

「フレ交換しよ?」


 ぱちりと片目を瞑りウィンクをぶん投げてくる刺青少女Tattoo Girl。ピンク色のハートマークがふよふよと飛んで来るエフェクトを幻視してゾッとする。


「出会い頭にフレンド登録って、ナンパか何かかよ」


 実際、そういうのは多いらしいと聞く。まぁ禁止されている行為じゃないし、トラブルになればブロック設定すれば互いに干渉できなくなるし、現実REALよりも楽しむためのリスクは低い。


「えー、ちゃうし! うち、そんなに軽い女やないもん」


 何だろう、台詞は堅実そうなことを言っているのに、いちいち合わせる動作がぶりっこ仕様というか、うざい……


「じゃあな」


 正直、地雷臭が半端じゃ無い。こういう手合いは避けるべきだと本能が叫んでいる。

 だから俺は言い捨てて、周囲に出来つつあった俺たちを囲むような人垣――そりゃあ、こんな格好の二人が何やら遣り取りしてたら野次馬も出来るよな――を掻き分けて街道を南下する。


「ちょっとぉー! 待ってぇやぁー!」


 何やら後ろがごちゃごちゃしているが気にしない。気にしないが、歩調はやや早めた。


 しかし。


 ――ガシィ 〈獣皮の鎧〉の腰の装飾部分を捕まれ、前に踏み出そうとした足が空振った。


 振り返ると、当然彼女だった。


「待ってってぅたやん」

「……じゃあなって言っただろ」


 振り払うように腰を切って身体ごと振り向く。掴んでいた手が放れ、そして俺は使


「え? はぁ!?」


 ――《ヴァーティカルスラスト》。直後俺の身体は真上に空高く跳び上がり、そしてそのまま《ラテラルスラスト》と《ダブルジャンプ》を併用して誰にも邪魔できない空中の機動を以て離脱を図る。


 何て言うか、本能的なヤバさを感じたんだ、あの刺青少女Tattoo Girlには。得体のしれない何かが暗がりからこちらを覗き込んでいるような、首筋に後ろからチクリと鋭いものが突き刺さるような気持ち悪さがある。


 気のせいならいいのだが、警戒するに越したことは無い。

 何たって俺は、このゲームに喧嘩を売る側の立場だからな。

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