029;邪教徒の企み.01(シーン・クロード)

「……ダメでした……ぼく、やっぱり……」


 その後、彼女チィシィから誘われたGREETでの告白は、とても残念で、そしてひどく腹立たしいものだった。


 彼女は、姫七夕は確実にシステムによる介入を受けている。

 “現実と対峙する”ことを選択したはずなのに、ログインした途端にその意思がすっぽりと抜け落ち、そしてログアウトした途端に思い出すのだそうだ。

 これでは、あの少年牛飼七月に何かを問うことが出来ない。


 ヴァーサスリアル運営は何を隠しているというのか。

 兄は、どうしていなくなったのか。


「……チィシィ。先ずは“レベル30”を目指してくれ」

「レベル30?」


 ヴァーサスリアルの世界でレベル30と言えば最初の通過地点パッシングポイント――《アルマ》を初期段階プリマから次の段階セグンダへと進める――言わば“二次職”へのクラスアップに必要なレベルだ。


 クラスアップを行うことで冒険者は漸く一流と認められ、登録証に追加された項目によってそれこそ世界のありとあらゆる場所へと行けるようになる。

 無論、このゲームを知り尽くしている彼女のことだ、それだけ言えば解るだろう。


 謎もそうだが、兄を探すには行けない場所があってはダメだ。

 そして兄が見つかれば、自ずと謎は紐解かれるはず――兄は、このゲームの開発者の一人だからな。


「メインクエストの進捗状況は?」

「えっと……全然です。つい昨日、〔砂海の蝦を入手せよ〕をクリアしたくらいで……」

「現在のレベルは?」

「ぼくが19で、ナツキ君――ジュライも19です」


 このゲームは他のゲームに比べて物語性が低いと言われている。魔王と呼ばれる存在はいないし、王国に危機は訪れない。プレイヤーキャラクターがこの世界の主人公として活躍する場というのを、公式は用意していないのだ。

 だからこのゲームにおいてメインクエストと呼ばれている一連のシリーズクエストは、プレイヤーキャラクターが一人前となるまでの推奨クエスト。それらを全てクリアすると、大体レベル30に届く程度の意味合いしかない。


 しかし彼女たちは、それぞれが持つそれぞれで異なる技術や知識や経験リアルチートのために、難度の高いサブクエストをクリアした。獲得できる経験値の旨みがデカいメインクエストをこなせば、一人前になって尚お釣りが来る。

 しかも、サブクエストをこなしていたおかげで普通よりも楽に攻略できる筈だ。


「必要だったらレベリングに適した場所を教えてやるさ――ああ、オタクの方が物知りなんだったか」


 チィシィはぶぶぶんと小刻みに首を振る。


「そう言えば、シーンさん――アリデッドさんの所属はどこなんですか?」

「俺か? 俺はルミナスだ」

「神聖ルミナス皇国!」

「ああ」

「皇国もいいですよね、現実だったらいい気はしないですけど国の在り方に宗教が深く関わっていて、政教分離せずって言うか、……うんたらかんたら」


 この後、俺はルミナスの良さを30分も語られた。何だよ、てめぇ砂漠の民だろうがよ。


「10年前のオリジナル版では、三次職テルティアまで遊んで新しくキャラクターを作る、って作業を四つの国全部でやったんです」

「ああ、だからそれぞれの国に造詣が深いんだな」


 本っ当オタクだな。


「でもその割に、プレイしたことのある《アルマ》は《詠唱士チャンター》だけなのか?」

「そうですね……一次職アルマ・プリマは途中から《詠唱士チャンター》に落ち着きました。二次セグンダ以降は色々と試したんですけど」

「で? 今はどうしようと思ってるんだ?」

「はい。アイドル色が強くて可愛い《吟遊詩人バード》がやっぱり鉄板なんですけど――ぼくは《呪言士インカンテイター》にしようと思っています」

「へぇ……」


 兄が開発者だった分、俺も割りかしこのゲームの知識は持っているつもりだ。

 確かに彼女の言う通り、10年前のオリジナル版では《詠唱士チャンター》系のアルマは二次セグンダで殆どのプレイヤーが《吟遊詩人バード》を選択していた。八割超えってんだから鉄板と言えるのも頷ける。

 《吟遊詩人バード》はレベルによる詠唱魔術の位階ランク上昇率が大幅に下がるが、主に弦楽器を演奏しながら歌唱する《呪歌じゅか》という新たなスキルを獲得する。ぶっちゃけこの演奏ってのは演出以外の意味は無く、〈蓄音機〉なんかの録音・再生のできるアイテムがあれば歌い手が演奏しなくてもいい。

 それを利用して、本当にアイドルさながらに戦場を独壇場に魔改造するキャラクターもちらほらいた。そういった奴らは戦闘のことを『ライブ』や『ステージ』と称し、クエストやレベリングで移動することを『ツアー』などと言った。


 そして人気の無い《呪言士インカンテイター》は、《詠唱士チャンター》の正統上位互換、って感じだ。《リトルワード》と言う、威力や範囲・効果が大幅に減少するが単音節で詠唱魔術を繰り出すアクションスキルを獲得できるのが唯一の強みだと言われているが、ぶっちゃけるとその威力・範囲・効果のデカさってのが《詠唱士チャンター》の最大の特徴なのに、それを帳消しにした上で《魔術士メイジ》の使うような〈構築魔術〉のように自由度が無いってのはどうなんだ。


「オタクなら《吟遊詩人バード》一択だと思ったんだけどな」

「あ、ありがとうございます……しかし、致命的な問題が、実はありまして……」

「問題?」

「はい……その、ぼく……音痴なんです」


 無理を押して一節歌ってもらったが、これはダメだと即座に理解した。

 ここが電脳空間で本当に良かったと心から思った。GREETでは脳や身体に及ぶ悪影響はある程度の段階レベル遮断シャットアウトされるからな――現実なら俺は今頃吐いているに違いなかった。意識は若干遠のいたけどな。



   ◆



◆]ログインしました[◆



 システムメニューを呼び出し、俺は自分の能力値ステータスを確認する。


◆]アリデッドArided

  人間Human男性Male レベルLevel31

   俊敏Agility 13

   強靭Body 19

   理知Clever 9

   感応Detect 11

   情動Emote 9


   生命力HitPoints 209

   魔 力ManaPoints 81


  アニマAnima竜鱗のアニマAnimaSavra

   属性ElementAqua

   ◇アクティブスキルAction-Skill

   《原型解放Renegade Form竜鱗Savra


  アルマArma魔槍遣いStinger第二段階Segunda

   ◇アクティブスキルActionSkill

   《スピアヴォールトSpearVault

   《ヴァーティカルスラストVerticalThrust

   《ラテラルスラストLateralThrust

   《ダブルジャンプDoubleJump

   《ペネトレイトPenetrate

   《クロスグレイブCrossGlaive

   《スティングファングStingFang

   《構築魔術/FSortMagia rank-F

   ◇パッシブスキルPassiveSkill

   《機動強化MoveUpⅠ》

   《跳躍強化JumpUpⅠ》

   《槍術強化SpearUpⅠ》

   《刺突強化StingUpⅠ》

   《貫通強化PierceUpⅠ》

   《魔術強化MagicUpⅠ》


  装備Equipments

  〈パルチザンPartizan

  〈獣皮の鎧Beast leather armour

  〈飛竜の靴Wyvern leather boots〉[◆


 正直、メインクエストを片付けるのは容易い。移動時のログアウト――これを巷では“オート移動”と呼ぶらしい――を抜けば30時間もあれば全部クリア可能だと思われる。

 勿論、個人の技量や能力にも左右されるだろうが。

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