022;遺跡の奥に眠る夢.09(牛飼七月)
イグアナ男――アリデッドさんの動きは大したことはありません。ただし、文字列が
垂直に跳び上がり、あるいはある程度の高度から垂直の降下を見せる《ヴァーティカルスラスト》と、その場から地面と水平に推進する《ラテラルスラスト》の二つを軸として、槍で地面を衝いたその反動で高く跳び上がる《スピアヴォールト》、空中で再度跳躍を行う《ダブルジャンプ》と、四つのスキルを駆使してボスモンスターを翻弄します。
ぷわん ――脳裏に音が鳴り響き、網膜に直接文字列が映し出されました。
どうやらアリデッドさんが、システムを介して僕たちにあのボスモンスターについての情報を共有したみたいです。
◆]ゾンビメイカー
魔法生物 レベル20
俊敏 9
強靭16
理知 6
感応11
情動 8
属性:蝕
《弱点属性:木、火、土、金、水/30%》
《属性特攻:日、月、星/30%》
《属性耐性:日、月、星/50%、蝕/100%》
《不死創造の毒針》
《神経麻痺の毒針》
《強酸の毒針》
《ステータス異常:病毒無効》
《ステータス異常:腐敗無効》
《ステータス異常:侵蝕無効》
以下、未開示[◆
レベルの数値が高い割に、
僕の数値がレベル6になって『俊敏9、強靭8、理知7、感応6、情動6』ですから、レベルが14も上の相手と同じ機敏さで動けますし、賢さは僕の方が少し上だ、ということになります。
しかしあくまで数値の上での話です。
絵に描いた餅のように、数というものは全くアテにならないこともあります。逆に、セヴンの言うようなリアルチートみたく、数から意味を剥ぎ取る概念だって存在するのです。
ですから僕は、視界の端で邪魔をするそのメッセージウィンドウを静かに閉じました。
惑わされてはいけません。斬るなら、斬ることだけを考え、この身をそのためだけの道具に仕立て上げなければいけません。
余計な思考、感情は刃を鈍らせることを、僕は嫌と言うほど知っています。過去の経験です。確かあの時も
◆]警告。
現実に悪影響を及ぼす行動意思あり[◆
◆]プレイヤーロストの恐れがあります[◆
◆]直ちに過去の追憶を中断して下さい[◆
また出ました。このアナウンスは何なのでしょうか。
「ぼけっとしてんな!」
発破をかけられ、僕ははっと前を見ました。ぶよぶよが太ましい両手を大きく振り上げ、反らした上体を畳みかけるように降り下ろして来ています。
「くっ!」
「ばぁおっ!」
左右への運足は間に合いません。仕方なく後方へと短い跳躍で回避します。
すると背がどん、と何かに当たりました。
ですから僕は振り向かずに思い切り両脚で踏み切り、右方向へと大きく跳び退きました。ごろりと転がる僕の耳に、ずだんと言う大きな音が響きます。
迂闊でした。アリデッドさんに言われた通り、ぼけっとしていました。後方から接近する異なるぶよぶよに気付かないでいたのです。
「おいおい大丈夫かよっ!?」
「すみませんっ、大丈夫ですっ!」
気を、引き締めなければいけません。
ぶよぶよはあと四体――即座に斬り捨てて、アリデッドさんに加勢しなければ。
だから僕は、僕を見つめました。僕の中にいる僕――感覚の一番奥深いところで三角座りをし、黒い靄を纏っています。
そんな僕が立ち上がり、僕の意識の深いところで僕たちはお互いの感覚を同期させました。
部屋を染める警報灯の赤色が、違う色味に見え始めます。
右手に握る軍刀を濡らす黒い腐汁さえ、僕の目には鮮やかな緋色に――
「――《
天を衝くように咆哮をひとつ。そうしたなら、浅く黒ずんだ皮膚から燻ぶった煙を噴き出す僕は、もうただ斬るだけをしか考えられない道具です。軍刀を振り回すだけの機械か何かです。
息をするように、ただただ斬る、それだけです。
「ぼぇっ!」
「ぎゅぼっ!」
すれ違いざまに腐肉に差し入れた刃を振り抜きます、その太刀を返して跳び上がりざまにもう一体の首を斬り付けました。
ぶよぶよの肉は半ば腐っていて、まるで水に浸したパンのように崩れやすく、だから思ったよりも深みへと到達した鋒はばたりと頭部を刎ね飛ばしました。切り離された膨張した頭がぐるぐると乱回転してぼとりびしゃりと床に激突します。
僕が有する《
さぁ、残るは二体です。秒で片付けてしまいましょう。
「ぶぉぉっ!」
「遅いです」
正面から
僕の背にどんっとぶよぶよの巨体が衝突しましたが、それと同時に僕を抱き締めようと伸びた両腕がずっぱり肘の手前辺りから切り離され、前方へと雑な軌道を見せるロケットパンチのようにすっ飛んでいきました。床にべしゃりと黒い汁の輪が広がります。
そして僕は振り返ると同時に斜めに斬り上げます。その刃はぶよぶよの右脇腹に突入すると、左肩まで一気に駆け上がりました。肉に隠れていた刀身が再び現れるのに合わせて黒い腐汁が噴き上がりましたが、それが僕の身に降りかかることは特段気になりません。多少、いえ、結構、臭いのですが。
同様にして残る一体を屠り去り、僕はアリデッドさんの方へと振り向きました。
高速で射出される舌の尖撃を軽やかに躱しながら、しかし繰り出す鋭い槍の穂先は赤黒い甲殻に弾かれています。
善戦してはいるでしょう、しかし攻めあぐねている様子は苦戦とも見て取れます。
加勢しなければ――そう脳裏で呟いて、駆け出そうとした瞬間。
彼女の声が、劈きました。
「――《
抜け殻となった天井の白い繭に光が収束し、それが透明色の波動を拡げて爆散しました。
衝撃波は蠍の尾の先端にある敵の上半身を激しく打ち付け、その余波が僕たちの肌をびりびりと揺らします。
セヴンは上手く考えました!
何しろ彼女の扱う詠唱魔術は実に大味で、どの攻撃魔術も範囲が広くこんな場面で使われたら僕たちでさえも巻き込まれてしまいます。
しかし天井のあの繭を起点としたなら、蠍の上半身だけがギリギリ効果範囲に入るのです。
僕は振り返り、ギャラリーで僕と同じく《
頼もしいです。あの威勢に、僕も応えなければいけません。
「ったく、撃つんなら何か言ってくれ、って感じだよ」
後退の跳躍で僕の隣に並び立ったアリデッドさんが表情とは裏腹の愚痴を溢しました。僕はその爬竜の横顔に微笑みを返し、そしてキッと前を見据えます。
「んじゃ、俺もオタクらに倣おうかね、っと――《
アリデッドさんの周囲を冷えた気流が水飛沫のように舞い上がります。結露し霧状になった気迫が緑色の身体に纏わりつき、呼応するようにアリデッドさんの表皮に蒼色の鱗のような紋様が浮かび上がります。
「セヴン! 出来れば水属性の魔術くれると助かる!」
「水……分かりました!」
確かに水属性が一番いいかもしれません。敵の弱点属性でもあり、そして先程入手した補助装備で特攻もつきます。ただ問題は、サンドゴブリン戦で彼女が繰り出した《
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