021;遺跡の奥に眠る夢.08(姫七夕)

 イグアナ男はぼくたちの姿に気が付くと、ギャラリー部分を駆け寄ってきます。

 彼よりも速く、緊張がぼくたちに走りました。


 ジュライはその様子に腰の鞘から軍刀を抜いて構え、ぼくの前にずいっと身を乗り出しました。こういう男らしい振る舞いを自然とされてしまうと、危機的状況にも関わらず――危機的状況だからなのでしょうか――こう、胸がドキドキとしてしまいます。


「Stop! Beat me not, I’m your friend!」


 ジュライが前身とともに振り抜いた軍刀の鋒を槍の柄で受けたイグアナ槍兵はおそらく英語だと思われる言葉を放ちました。え? まさかプレイヤーキャラクターですか!?


「……セヴン、彼が何を言っているか解りますか?」

「えっと……たぶん、自分は味方だ、って」

「Ah, You’re Japanese?」

「何ですか?」

「えっと、日本人ですか、って。 Yeah, He is Japanese, but I’m Taiwanese.」

「Okay… じゃあ日本語で喋った方が通じやすいか。あー、聞こえる?」

「日本語、喋れるんですか?」

「一応ね。好きなものはとことん調べ尽くしたいタイプなんだよ。で、そろそろその物騒な得物、退けてくれない?」


 乞われ、ジュライが軍刀を納めました。イグアナ槍兵も、胸をなで下ろしたようなジェスチャーを見せつけます。


 どうしましょう、凄く……イグアナです。

 ミサイル弾頭のように尖った顔の真横についた両目には上下に瞼がついています。

 肌は深い緑色をしていて、皮膚の表面は鱗で覆われています。鱗と言っても魚のような一枚一枚が剥がれるあのタイプじゃなくて、岩肌のようにゴツゴツとした連なった表皮です。


「Wait...あー、オタクら、レベルは?」

「えっと、ぼくが7で、彼が6です」


 ちなみに、ガイスト戦で2つ一気に上がりました。


「はぁ!? レベル7と6!? Fxxkin' kiddin' me冗談だろ!?」


 するとそれを聞いたイグアナ槍兵は湯気が立ち上がりそうなほどの憤慨というか驚愕を見せて、ジュライの肩をがしりと掴みました。


 ジュライの身長はぼくとほぼ同じです。男性にしては低い部類に入るでしょう。

 それに対してイグアナ槍兵は背丈も高く、体つきもかなりがしりとしています。革鎧に骨の飾りや布地などの装飾オプションが施されていて少しばかり隠れてはいますが、かなり筋骨隆々としている筈です。イグアナですけど。


「Oops, ……わりぃ」


 イグアナ槍兵がジュライの肩を掴んだ手を放しました。どうやら憤慨は疑問とともに噛み砕いて飲み込んだようです。


「それだけの何かを持ってるってことだろ? ちなみに俺はレベル17だ。本来ここは、そういうレベル帯の入り込む場所だってこと、分かってるんだよな?」

「あ、一応、はい……」

「トレジャー目当て?」

「あ、そうです……」

「なら、ますます生きて帰らなきゃな」

「……はい」


 イグアナさんは白く尖った歯を見せてにやりと笑いました。何だろう、たぶん悪い人では無さそうです。逆に、いい人な気がします。

 それにしてもレベル17は驚きです。昨日リリースされて、キャラクターメイキングも早々にプレイを始めた人でも、そのレベル帯は殆ど離脱ログアウトせずに接続ログインしっぱなしじゃないですか。ヴァスリ狂ですね、気持ちは分かります!


「アリデッドだ。一時的に組ませてもらうぜ?」

「あ、はい。ぼくはセヴンです」

「僕はジュライ。よろしくお願いします、アリデッドさん」



◆]パーティに

  アリデッド が参加しました[◆



「ちなみにアリデッドさん、いくつか訊きたいことがあるんですがいいですか?」

「手短にな」

「まず……アリデッドさんは何処の方ですか?」

「ケベック州――カナダだ」

「カナダ!?」

「何だよ、お嬢ちゃんだって台湾だろ? 別に誰が何処の国の人間でも何かそれが関係あるのか、って話だろ。何だ? 日本人だったら斬撃特攻でもつくのか?」

「いえ、すみませんでした……あの、ちなみに、」

「何だよ」

「その、……格好は……?」

「趣味」


 ですよねー。しかし凄いですね、ぼくは全然頭像アバターを弄りませんから、こんな風に全くの人外にすることも出来るんですね、驚きです!


「アリデッドさん、僕からもいいでしょうか」

「おいおい有名人かよ俺は。さっさとしねぇとあのファッキン蠍ヤローがどんどん調子乗んだけど?」

「じゃあひとつだけ。アリデッドさんは、あのがどんなヤツかを、知っているんですか?」

「ああ、似たようなのを一体倒したことがある。とにかく死体に注射して《不死族アンデッド》をこさえるのがぶっちゃけしんどかった。マジであの時はソロプレイを呪ったね」

「なら、勝てますか?」


 ぎろり、とアリデッドさんがジュライを睨みつけました。イグアナの顔で、まるで蛇のように。

 けれどすぐににやりと笑んで言い放ちます。


「確実に勝つために手を組んだんだぜ?」


 そして欄干に飛び乗ったアリデッドさんは、槍の穂先を真っ直ぐあのに向けて、撓めた足に込めた力を解き放ちました。


「じゃ、先行くぜ? ――Hoo!!」


 飛び上がったアリデッドさんの身体に、《ヴァーティカルスラスト》という文字列が浮上ポップアップしました。放物線を描くはずの跳躍の機動はぴたりと静止し、頂点から垂直――真下にいるボスモンスターへと向かって一直線に下降します!


 しかしそれに気付いたボスモンスターは推進するアリデッドさんを見上げ、その口を大きく開きました。口から噴出されたのは紫色の霧――《ヴェノムブレス》です。

 それを視認するや否や、浮上ポップアップしていたアリデッドさんのスキル名が《ラテラルスラスト》に切り替わりました。真下に向けていた槍の穂先を手指の操作で背面へと向け、それと同時にアリデッドさんの身体が慣性や重力を全く無視して後方の壁へと水平に機動します! それにより、ボスモンスターの放った霧は対象のいない空中で文字通り霧散しました。


 何というスキルの切り返しでしょうか。VRゲームの真髄を見た気がして興奮が収まりません。

 隣を見ると、きっとジュライもぼくと同じ気持ちなのでしょう、そのような表情を見せていました。


「……僕も行きます。負けてられないです」


 告げて、彼もまた欄干へと飛び乗り、そして階下へと飛び降りました。

 4メートルほどでしょうか、ふわりと飛び上がったジュライは、柔らかく着地すると真横にごろりと転がって、着地時の衝撃を完璧に殺していました。新たなリアルチートです。


 それと同時に、壁を蹴って飛来したアリデッドさんが彼のそばに着地しました。

 二人は立ち上がり、互いに顔を一度見合わせると、にやりと笑い合いました。


「成程、か。ま、そうでもなきゃそのレベルでここにいることがおかしいもんな」

「トリックスター?」

「今はどうでもいい。オタク、周りのぶよぶよイケる? 俺はあのファッキン蠍ヤローを仕留める」

「分かりました。僕としても、斬るなら人型の方が好ましいです」

「ははっ――何だよオタク、殺人鬼か何かか? ……」


 そして二人は同時に、全く違う方向へと駆け出します。

 のしのしと相撲取りが歩くような感じで近寄りつつあったぶよぶよに接敵したジュライは、抜き放った軍刀を斜めに斬り上げました。


「ぶぉっ!」


 汚い悲鳴を散らしたぶよぶよは後退し、その隙を衝いて軍刀の鋒がぐずぐずに腐った喉に突き入れられます!


「ぴゅえっ」


 抜いて戻した鋒には黒く濁った汁が付着していますが、気にせずジュライは次の獲物に向かって駆けて行きます。


 一方、アリデッドさんもボスモンスターの口から射出される舌の尖撃を軽やかなステップで躱しながら肉薄し、垂直の機動を見せる《ヴァーティカルスラスト》と水平の《ラテラルスラスト》を巧みに使いこなしながら、およそ完璧な一撃離脱ヒットアンドアウェイを見せています。


「Hey! Danger in your sight!」


 たぶん、「どこ見てんだ?」的な煽りだと思います。

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