019;遺跡の奥に眠る夢.06(姫七夕)

 いくらリアルチートを有していると言っても、ぼくの場合はナツキくんと違ってこのゲームのシステムに依存しているわけで……

 そして《詠唱士チャンター》の、“暗記していればその魔術が記述されている魔導書を装備していなくても、剰え所持していなくても行使できる”という特性は、流石に10年前の時点で下方修正されましたし、その部分は今回のリメイクでも変わりませんでした。


 魔術には位階ランクが設定されています。

 ぼくが今現在所有している〈初級詠唱教本〉のランクは“F”、そして〈初級詠唱教本〉に記述されている魔術の位階ランクも同じく“F”です。

 これに対して、現在5レベル――遺跡に入ってからの戦闘でまた一つ上がりました――であるぼくの《詠唱士チャンター》としての位階ランクは“E”です。“F”よりも一つ高いのです。


 ぼくは位階ランクが“E”以下――“E”と“F”です――の詠唱魔術なら、何の制限ペナルティも無く行使することが出来、それらの魔術は通常通り効果を発揮します。

 しかし位階ランクがそれよりも高い魔術を行使しようとすると、足りない位階ランクの一段階ごとに、威力または効果値または持続時間が“50%ダウン”してしまうのです。


 ぼくが位階ランクDの詠唱魔術を行使しようとしたら、その威力は50%になりますし、位階ランクCの詠唱魔術なら25%です。位階ランクBだと12.5%になりますが、この計算では小数点以下は切り捨てられますので12%、位階ランクAだと6%になるのです。しかし10%未満となった場合は無効化キャンセルされるので、ぼくはA以上の位階ランクの詠唱魔術を行使することは出来ない、ということになります。


 ちなみにサンドゴブリン戦で行使した《大渦の顎メルシュトレェム》は位階ランクCの魔術です。ただ弱点属性と元素エレメントパワーの相乗効果で4倍の威力に跳ね上がってますから、通常通り100%の効力を発揮してサンドゴブリンの集団を一網打尽に出来たのです。


 さて。前置きが長くなってしまいましたが、今度の相手は不死族系魔物アンデッドモンスターガイスト。恐らく10体いるでしょう。10年前もちょうど10体でした。

 ガイストの弱点属性は火属性ですが、この【アストラリス遺跡】の内部は水属性の元素エレメントが強く、火属性の魔術は弱体化されてしまいます。また《不死族アンデッド》共通の《弱点属性:日》も有していますが、残念ながらぼくは日属性の魔術を行使できません。


 ならばどうするか――切り札というのは、こういう時に切るものです。



「――《原型解放レネゲイドフォーム》」



 自分の内側にある温かな拍動――《アニマ》を意識しながらぼくはそう呟きました。

 すると周囲のマナとぼくの内側のマナが共鳴し合い、仄かに翠色に色付いたそれらはぼくの表皮から立ち上っては頭上に鹿の雄大な角のような魔術式を構築します。


 同時に、ぼくの能力値ステータスの“魔力”の数値が大きく跳ね上がりました。

 《王冠ステマのアニマ》を有しているぼくは、《原型解放レネゲイドフォーム》を行うことで魔力を大幅に上昇させることが出来るのです!


 しかもそれだけではありません。レベルが5に上がったことでぼくの《原型解放レネゲイドフォーム》もちょっとだけ強化され、何と“元素エレメントによる属性攻撃・効果の弱体化を通常の半分の割合だけ減免する”ことが出来るのです! つまり、《原型解放レネゲイドフォーム》を施した状態で放つ火属性魔術は、水の元素エレメントに満ちたこの場所でも通常の半分しか弱くならないのです!


 少し驚いたような表情をしているジュライに目配せすると、彼は顔を引き締めてひとつ頷きました。

 さぁ、詠唱に入ります。選んだ魔術は勿論火属性、溌溂とした謳い文句のような魔術構文スクリプトが特徴のこの魔術です!



「――燃べろ燃べろ燃べろ命を燃べろ

   呪に抗いて 逆巻く煙

   明滅する昏迷 赤熱する恩恵

   朱雀の空が 翻り墜ちる――」



 最終節をそらんじるその手前で、打ち合わせ通りジュライが鉄扉をガタンと開け放ちました。

 騒音に振り向いたガイストたちが双眸を赤く輝かせて敵意を剥き出しにします!


 でも、ぼくの方が速いです!


「――《猛火の誓カリエンテ》!!」


 言葉に載せたマナを解き放つと、ぼくの口から飛び出た音の波は火の粉を纏いました。

 チリチリと迸ったそれは、起点となる部屋の中心の座標に舞い落ちると火柱となって天井に噴き上がり、八方へと飛散して半球ドーム状の檻となりました。

 同時に、地面を火柱から伸びた火線が走り、檻を構成する炎と合着すると檻の中を縦横無尽に炎が跋扈して蹂躙します。


「ヲヲヲ――」

「アアア――」


 業火が迸る轟音に掻き消され、ガイストたちの断末魔は殆ど聞き取れません。

 そうして10秒ほどが経ち、火勢が衰えて紅蓮の檻が消失すると、地面も壁も天井の焼け焦げて黒くなった部屋の中に、一切の敵意が消えていました。


「……やりましたか?」

「ジュライくん、それ、死亡フラグですよっ」


 《原型解放レネゲイドフォーム》を解除したぼくは隣に立つ彼にむっとした表情を向けました。でもすぐににこりと微笑みます。


 《猛火の誓カリエンテ》の位階ランクは《大渦の顎メルシュトレェム》と同じ“C”。つまり今のぼくでは本来の威力の25%しか発揮できません。

 さらにこの場所は水の元素エレメントが強く、火の元素エレメントは弱まっているためさらに20%弱まり、威力は通常の5%となります。

 ですが《原型解放レネゲイドフォーム》の効果により減少値は半分になりますから正しくは15%。

 そして同じく《原型解放レネゲイドフォーム》の効果によって魔力が跳ね上がっているので30%、不死族アンデッドの持つ《弱点属性:火》によって60%。


 60%の効果、それでもガイストを倒し切る程度には位階ランクCの魔術の威力とは凄まじいものでして……だいたい、《戦ぐ衝撃ルインバースト》だと3発当てて漸く倒せるかなぁ、くらいのものですから、《猛火の誓カリエンテ》の威力は軽く《戦ぐ衝撃ルインバースト》の5倍、といった感じなのです。計算、間違って無いですよね?



 ぷわん……〈鈷硝子コバルトガラスペン〉


 一番奥の棚の引き出しを開けると、乱雑に詰め込まれた資料の奥でぼくの目当てのそれは白く耀きを纏っていました。

 手に取り握ると、ぐゎっと力が漲る感触が全身を走ります。


「あったんですね」

「はい、ありました! 良かったです……」


 正直、10年前にこのゲームをプレイしているとは言え、リメイクされた今作が全く同じというわけではありません。

 マップは変わっていますし、クエストにも覚えの無いものだってありました。細かい調整もされているみたいですし。

 ですから、この部屋に本当にこの〈鈷硝子コバルトガラスペン〉があるかどうか――もしかしたらここじゃない場所になっていたかもしれませんし、そもそも配置されていない可能性もあったのです。


 透明な硝子の内側にコバルトブルーの流線を孕んだそのガラスペンを、ぼくは胸に押し付けてぎゅっと抱き締めました。


「じゃあ、行きましょうか!」

「はいっ」


 後はこのクエストをクリアするだけです。事前に手渡されていた〈製図用紙〉に隠しエリアの地形を書き連ねていく、それだけなのです。

 しかし勿論、書き連ねるには踏破する必要があります。まだ魔物モンスターも出てきますし、油断は出来ません。


 それに、クエスト途中でぼくたち二人ともが意識を失ってしまうと失敗となり、登録した冒険者の宿まで強制的に引き戻されます。ここで入手したアイテムも失ってしまいますし、報酬ももちろん貰えませんし。踏んだり蹴ったりなのです。


 ふんすと鼻息荒く意気込んで、ぼくは新たに手に入れた〈鈷硝子コバルトガラスペン〉を〈ブックホルダー〉に差し込みました。〈羽根ペン〉はモモにもぐもぐしてもらいます。初期装備ですが、売れば一応お金にはなります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る