018;遺跡の奥に眠る夢.05(姫七夕)

◆]【アストラリス遺跡-地下三階】

  に、移動しました[◆



 流石に踏破された遺跡です、特に大変なことは何一つ無く――道中、“ブルースライム”の群れが天井から降って来たくらいで――スライムと言っても可愛らしい姿なんてしていなく、また臭いのでこのゲームの世界では嫌われています――後はちょこちょことこの遺跡を根城にしているサンドゴブリンの小集団を蹴散らしながら――サンドゴブリンは強い個体が外に出て狩りや追剝をする習性があるのでこういった建物・拠点の中の個体はそこまで脅威にはなりません――錆の浮かぶ鉄の廊下を進み、階段を下って地下第三階層へとやって来ました。


 ブルースライムの群れを相手にした時は流石にぼくの《戦ぐ衝撃ルインバースト》で一網打尽にしましたが、サンドゴブリンとの交戦にぼくの出番は全然無く。

 ジュライの抜き放つ白刃が閃く度、サンドゴブリンが悲鳴とともに青みがかった血液を散らしてばったばったと倒れていくのです。

 しかも目を凝らしてじっと見ても、ジュライは一切《スキル》を使っていないんです。つまり、通常攻撃オンリー。


 《スキル》というのは《アルマ》それぞれが修得する特殊な技術で、簡単に言えばぼくの《詠唱士チャンター》の修得する《詠唱魔術》のようなものです――厳密に言うと違うんですけどね。魔術職も魔術以外に《スキル》覚えますし。


 ジュライのアルマは《刀士モノノフ》と言って、〈刀〉や〈軍刀〉と言った切断武器を扱うことに長けています。

 《刀士モノノフ》が修得する《スキル》は《戦型》と言って、所謂“構え”です。例えば《戦型:居合》ならばSAMURAI-Xるろうに剣心みたいに抜刀術で戦ったり、という感じ。ぼくは実はこのゲームの近接職は扱ったことが無いからよく分からないのですが。


 構えから繰り出される特定の攻撃は威力やクリティカル発生率にボーナスが発生し、また次の特定の攻撃に繋げるとどんどんボーナスが増加していくんだそうです。

 ぼくの当時のフレンドも、この《刀士モノノフ》で《戦型:居合》を修得して擬似的に“飛天御剣流”を模倣リスペクトするんだと意気込んでいましたっけ。リメイク版でもプレイしてますかね?


 けれどジュライは、その恩恵を一切無視して自分が培ってきた軍刀術で戦っています。リアルチートここに極まれり、ですが、こういったゲーム内で活用するリアルの技術のことを、スキルに対して“トリック”と呼んだりします。


 本人にそれを確かめてみると――何と、使、とのことでした。無理もありません、スキルや魔術を使うのは、少しばかりコツが要るのです。


「頭の中で修得したスキルのことを強く思い浮かべて、ここだって言うタイミングで“使う!”って強く念じるんですよ」

「スキルのこと、というのは、スキルの名前ですか?」

「うん、名前でもいいし、スキルのイメージでもいいですよ。ぼくの場合は魔術構文スクリプトを詠唱する必要がありますからそこまで強く念じなくても自動的に詠唱の終わりと同時に魔術が発動しますけどね」

「成程……今度、試してみようと思います」


 ぼくたちは地図――を収納しているモモ――に導かれながら、隠し通路の発見された区画へと歩を進めます。周囲の警戒は怠りませんが、ついつい隣にいる彼と話し込んでしまいます。


「ちなみにジュライは、どんなスキルを修得しているんですか?」

「えっと、確か……」


 《戦型:月華》

  ――刺突の構え。《初太刀・月》の威力・攻撃速度にボーナス。

 《初太刀・月》

  ――《戦型:月華》から繰り出す、突進からの突き攻撃。続く《二の太刀・上弦》あるいは《二の太刀・下弦》の威力・攻撃速度にボーナス。


「……の、二つですね」

「へぇ、“月華”ですか。何だかかっこいい名前ですね」

「そうですね……“月”と、“華”……」

「月と、華……」


 繰り返し呟いて、ぼくは“頭にをつければ、七月ナツキくんと七華ナノカちゃんだなぁ”なんて思いま



◆]警告。

  現実に悪影響を及ぼす行動意思あり[◆

◆]プレイヤーロストの恐れがあります[◆

◆]プレイヤーの思考領域から

     特定の行動意思を抹消します[◆


◆]……コマンド承認[◆

◆]……コマンド実行完了[◆


◆]プレイヤーの思考領域から

     特定の行動意思の抹消を確認[◆


◆]ゲームを続行します[◆



 ――あれ、何でしたっけ? 何を考えていたのか、分からなくなってしまいました。そう言えばログイン前にも、何かジュライに訊きたいことがあったような……何でしたっけ?


「あれですか?」

「え?」

「隠し通路です」

「あ、うん……そうです、あれが隠し通路です」


 ぼんやりとした脳裏に喝を入れたぼくは、〈角灯ランタン〉が照らす奥を指差しました。

 通路途中の壁、べっこりと歪んだ鉄板が一枚剝げ落ちています。

 そこには岩壁を刳り貫いたような通路が続いていて、とてもじゃありませんが天然の洞窟には思えません。


 ぼくたちは警戒しながら鉄に囲まれた廊下から岩壁の通路へと足を踏み入れました。

 途端に空気が変わり、土の元素が強まり金の元素が弱まったことを肌で知覚しました――ちなみにこの感覚は魔術職が最初から有する《元素知覚》という常駐型パッシブスキルです。


 欹てた耳には、ぼくたちの靴音、衣擦れの音、それから殺した息遣い、その他には何も聞こえて来ません。


 一度右へと折れ曲がり、数十メートルほど緩い下りの傾斜の道を行くと再び錆びた鉄で囲まれた通路へと辿り着きました。


 再度元素の力関係が変わったのを感じます。それと同時に、冬の朝のように裂けそうなほど張り詰めた空気も。


「……緊張しますね」


 ジュライが隣で呟きました。ぼくはこくりと頷いて、二股に分かれた通路のそれぞれの先を〈角灯ランタン〉で照らします。

 どうやら右は数メートルほど進むと行き止まりになっています。おそらく道は続いているのでしょうが、天井が崩れて塞がってしまっています。落ちた鉄板の上に降り積もった土と岩を取り除いて進むのは今の状況では無謀もいいところです。


「左ですね」

「そうですね」


 10年前とはやはり地形マップが大きく変わっています。なのでぼくの知識は半分くらいしか役に立ちません。

 でもゲームってそもそもそういうものですし、それにこの世界でぼくたちは冒険者ですから――未知の道を行き、危険を冒してなんぼなのです。


 しかし道は未知でも、展開は既知です。

 通路の先にある鉄扉を押し開け覗き込んだ部屋の中に、ふらふらと蠢く亡者たちの姿をぼくたちは確認しました。


 ここだ――ぼくは確信します。

 この亡者たちのいる部屋こそ、ぼくが目当てとする〈鈷硝子コバルトガラスペン〉の隠された、この遺跡の制御室です。

 薄暗くて詳細には見えませんが、亡者たちの放つ仄かな燐光に機械類や棚や机が照らされています。


「ジュライくん」

「はい」


 ぼくたちは亡者たちに聞こえないよう小さな声で言葉を交わします。

 その声よりも、緊張により高まった自分の心音の方が騒がしいと感じるくらいです。


、詠唱の最終節の手前で扉を開けてくれますか?」

「分かりました」

「お願いしますね――それでは、行きます」


 すぅ――冷えた鉄錆の匂いのする空気を肺いっぱいに吸い込みます。

 敵は10年前と配置が同じであれば、《不死族アンデッド》に属するレベル9の魔物モンスター“ガイスト”の筈――その弱点は日属性、或いは火属性です。ですが火属性はこの遺跡の元素エレメントの関係で弱まってしまいますから、日属性の魔術が最も適しています。


 しかしぼくは日属性の魔術を行使できません。

 装備している〈初級詠唱教本〉に記述されている唯一の攻撃用詠唱魔術は無属性ですし、ぼくが暗記している詠唱魔術の中に日属性のものはありません。

 というか、日属性の魔術って《巡礼者ピルグリム》が主に修得するものですので、《詠唱士チャンター》の得意分野ではそもそも無いのです。


 また、ガイストは厄介なことに物理攻撃に対する耐性を持っています。その名も《物理半減》――つまりジュライの斬撃は有効打にならないのです。ですから魔術で一網打尽にするに越したことは無いのですが……

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