017;遺跡の奥に眠る夢.04(姫七夕)

◆]戦闘終了[◆



 振り返って駆け寄ると、ジュライも6体のサンドゴブリンをちょうど屠り終えたところでした。

 調査隊長のキースさんが口をぽっかりと開けて愕然としています。


「ジュライ、お疲れ様!」

「はい。セヴンも……」

「アンタら……本当にレベル2と1か!?」


 荒げた声にはそれまでとは違う不信の色が混じっていました。驚愕するのもわけないと思います。


「あ……今、レベル4と3になったみたいです」


 今しがたの戦闘で得られた大量の経験値で、ぼくたちは二人とも一気にレベルが2つずつアップしたみたいでした。

 ぼくたちはパーティを組んでいる間柄ですから、モモやバッカルコーンたち使い魔ファミリアを通じてお互いの能力値ステータスは分かるようになっています。

あ、パーティを組んでいても一緒にクエストに行ってる時とか、クエスト外でも傍にいる時とかだけですけどね。


 それは置いといて、とにかくキースさんはレベルという絶対的な指標に対する揺らぎが出来てしまったことでぽんかりとしていましたが、しかし頭をぶんぶんと振って表情を引き締めると、一番最初に会った時のにっかりとした笑顔を見せてくれました。


「どうやら俺は認識を改めなきゃいけないみたいだな……お前さんたちはレベルは低いが強い。それも半端なく……」


 ぼくたちは顔を見合わせ、にこりと微笑み合いました。

 百聞は一見にしかず。依頼者さんの信頼GETです。




◆]【アストラリス遺跡前】

  に、移動しました[◆



 どこがその境界になるか判らないのですが、目端に地名の浮上ポップアップが現れます。

 ここまで来ると歩く度にパシャパシャと水気を踏んだ響きが鳴り始め、明らかにさざなみが見て取れる箇所もあります。


 砂漠は南に行くに従い海と混ざり、砂海の様相が広がります。

 澄み渡った青い空の下で、乾いた大気に揺れる陽炎、魚の背のようにキラキラと銀色に照り返る波交じりの砂――見た目には非常に爽やかですが、感覚的には沼地とほぼ変わりません。


「よし。新たな拠点テントを建てるぞ。アンタたちはその間、周囲の警戒をお願いしたい」

「はい、わかりましたっ」


 ぼくはビシっと敬礼を決めます。

 そして振り返ってジュライと向き合うと、キースさんから頼まれた周囲の警戒の件を伝えました。


「うん、わかったよ」


 彼はひとつ頷くと、作業を始めた調査員たちの周囲をぐるりと回りながら辺りを見渡し始めます。ぼくもまた彼が描く円の軌道の反対側を、彼と同じ速度で同じ方向に歩きながら周囲の異常をいち早く察知できるよう視線をあちらこちらに投げます。


 二人パーティで困ったことがあるとすれば、こういう時にうまく休憩が取れないことでしょうか。あと一人いれば、ローテーションを回すことも容易だったでしょう。


 遠くに目を凝らせば、隣接する遺跡の周辺でサンドゴブリンたちと交戦している冒険者の一団がいました。

 おそらく彼らも、ぼくたちと同じく調査隊に付き従って護衛する依頼を受けているのでしょう。パーティメンバーは最大マックスの六人、二人きりのぼくたちとは大違いですが……如何せんまだレベルが追いついていないのか、少し苦戦しているようです。サンドゴブリン、大所帯ですからね。


「加勢、しますか?」

「え?」


 足を止めて交戦の様子を見ていたぼくに、追いついて来たジュライが話しかけて来ました。


「ジュライくん、よっぽどの戦力差が無い限り、他の人の冒険に横槍入れるのは御法度タブーですよ?」

「え、そうなんですか?」

「そう。まず、戦闘で手に入る経験値はパーティメンバーで除算されますから。人数が多ければ多いほど、は少なくなっちゃうんです」

「あ、そうなんですね」

「そうなんです。ただ、援けを求められたら確りと応じます。冒険者同士の援け合い、横の繋がりも大事ですからね」

「分かりました」


 にこりと微笑み合って哨戒を続行したぼくたちでしたが、1時間も経過すると調査員さんたちの簡易天幕が出来上がり、荷物持ちとして追従していた四体の使い魔ファミリアから取り出した資料や資材を運び込んでいきます。


 拠点テントが完成し、調査の準備が整った頃――地平線に陽が沈もうとしていました。

 改めてぼくたちが受けた依頼内容を確認すると、この【アストラリス遺跡】の地下第三階層に見つかった隠し通路の先の未踏破エリアに先遣隊として赴き、調査隊が安全に入って来れるよう経路ルートを確保する、というものです。


 出現する敵についてはすでにジュライと打合せ済みです。そしてここに出て来る多くの敵は夜行性ですから、敢えて休まずにそのまま突っ込み、翌日に調査隊を招き入れる作戦で行きます。

 回復用の〈ヒーリングポーション〉も買えるだけ買ってはいますし、常に最善手を打てれば問題は無いかと思います。後は、効率よくレベリングを挟むことでレベルアップ時の全回復もに出来ますし。


「それでは行ってきます!」

「おう、頼んだぞ」

「気を付けてね」

「何かあったら直ぐに呼び出すんだぞ」

「はい、分かりました」


 ぼくは手渡された〈共鳴の魔符レゾナンス・アミュレット〉を確りとポケットの中に入れました。

 護符と銘打っておきながら掌サイズの厚みのあるこの円盤は、中心に備わる魔石が対となる魔石と霊的に繋がっていて、魔力を込めながら魔石に向かって声を放つと、対となる護符からその声が聞こえてくる、という――所謂“電話”の役割を持つものです。

 電波を介しているわけではありませんから地下でも普通に会話できますが、残念ながら対となる護符同士でしか会話が出来ません。

 ただでも、これを持ってさえいれば予想外の窮地ピンチが訪れたとしても、調査隊の方々に救援をお願いすることは出来ますし、進捗状況を逐一報告も出来ます。

 備えあれば憂いなし、ですね。


「お邪魔しまーす……」


 ぼくとジュライは横に並びながら、【アストラリス遺跡】の表層第一階層、その開け放たれた正面入口を潜って中へと入りました。

 熱で景色が歪む外とは打って変わって、足を踏み入れた瞬間に仄かにひんやりとした空気が肌に纏わりつきます。流石地下水を汲み上げるポンプ施設、水の元素がぐんと強まっています。


 鼻孔をくすぐるのは金属の錆びたような匂いと、ほんのりとした黴臭さ。金の元素は砂漠よりも強まっていますが、火と土の元素が弱まっています。

 この遺跡はすでに踏破されて冒険者や調査隊に荒らし尽くされた筈ですが、隠し通路が見つかり未踏破のエリアが開かれたことで緊張感が高まっています。見えない獣が暗闇の奥に潜んでいるようです。ほんの少し身震いします。


「大丈夫ですか?」

「あ、ありがとう……大丈夫です」


 にっこりと口角を持ち上げ、意気を込みました。ジュライも目を少し細め、そして暗闇の奥を真剣な眼差しで睨みつけます。ぼくも彼に倣い、奥の暗がりをむむむっと睨みます。見えない獣は見えないのではなく、いないのです。


「ぷぎゅっ」

「わぁ、モモ、ありがとう」


 時折使い魔ファミリアは主人のことを考えて自ら「これ必要じゃない?」と提案してくることがあります。モモもまた、奥の暗がりを目の当たりにして〈角灯ランタン〉を取り出した方がいいんじゃないか、と平たい鼻先でぼくの太腿を小突いてきたんです。


 ふりふり、ぶりん。――〈角灯ランタン〉を取り出し、ぼくが左手に持って構えます。

 こういう時、決められた魔術しか行使できない《詠唱士チャンター》ではなく、自由に魔術構文スクリプトを組み合わせることが出来る《魔術士メイジ》はいいなぁ、って思います。彼らなら、前方や周囲を照らすのに片手を犠牲にすることなく、追従する光源なんかを創り出すことが出来るのですから。


「ジュライくん、見えますか?」


 並び立つ彼はこくりと頷き、目を細めました。その様子にぼくもにこりと頷いて、ぼくたちは【アストラリス遺跡】の奥へと、足を運んでいきます。

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