016;遺跡の奥に眠る夢.03(姫七夕)

 シルシン遺跡は地底から水を吸い上げるポンプの役割を持っていたと判っていまして、この地が砂漠となってしまった原因の一つだとされています。


 今は全く稼働していないシルシン遺跡――その姿は古代遺跡と言うよりはまるで工場跡のように映っています。


「ぷきゅーっ!」

「待って、モモ!」


 地図を有するモモは目的地までの最適な経路ルートを割り出して先導します。召喚時のランクが高いため、その動きは活発で素早く、そしてやはりKawaiiです。


 後ろを振り向けば、調査隊を護るようにその先頭にぴったりと着いたジュライが、周囲を警戒しながらぼくたちの前進に追従します。

 警戒しながらだと歩調はどうしても遅くなりますから、こうやって都度都度で立ち止まり、やって来るのを待つ必要があります。


 円筒状の建物、その外壁に張り巡らされた螺旋状の階段を上り、向こう側の建物へと続く空中回廊を進みます。

 この辺りはすでに波に侵されて“砂海”の様相を見せています。時折砂の上を薄らと覆う水面がパシャリと跳ねるのです。


「綺麗ですね」


 追い付いたジュライが日差しを照り返す白銀色の水面に目を細めながら零しました。

 ぼくはそれににっこりとした笑顔を返します。


 続く建物の外壁の階段を降り、水気を含んだ白砂の大地に足を踏み入れます。

 さぁ、サンドゴブリンが現れるのはこの辺りからです。

 道程はまだあと20分ほど残っています。そしてこれまでは実に他愛のない――“火蜥蜴の幼生サラマンダーインファント”や、“大蠍ヒュージスコーピオン”などの低レベル魔物モンスターがちょこちょこと現れた程度で、全部率先してジュライが斬り捨てました。

 その軍刀捌きにキース隊長や他の隊員は目を見開いて唸りましたが、依然ぼくたちへの評価はそこまで変わっていません。やはり、ここからが勝負なのです。


「ゲゲッ」

「グゲッ」


 建ち並ぶ遺跡の影から、何やら声が聞こえてきました。

 先行するモモもそれに気付いたのか、「ぷぎっ!」なんて短い叫びを上げ、踵を返してぼくの左脚にでっぷりとした身体を擦り寄せて来ました。涙目です。Kawaiiです!


「ゲゲゲッ!」

「グギギッ!」


 そして、現れました。

 剥いだ巨大魚の皮を鞣した黄色いボロボロで継ぎ接ぎだらけの衣服に身を包み、また襲撃した冒険者や調査隊から接収した装備で身を固める、人間の子供大の醜悪な妖魔――サンドゴブリンです!


 繁殖力のもともと強い彼らです、その最大の脅威は“徒党を組んでいる”こと、そしてこの地のゴブリンは厄介なことに連携を仕掛けてきます。いくら地力が弱くても、数の力というのは凄まじい相乗効果を生むのです。それをぼくは、10年前から嫌というほど思い知ってきました。


 5、6、7……目の前に立ちはだかったのは全部で12体。奥の方にはやけに豪華な衣服と装飾品を身に纏う“サンドゴブリン・シャーマン”までいます。こいつは魔術を使うのでさらに厄介です!


「セヴン!」

「駄目です、ジュライは下がっていて下さい。おそらく後ろからも来ます!」


 肩越しに見たジュライの目が見開かれ、彼もまた後方を振り返りました――予言のように6体のサンドゴブリンが調査隊の背後から現れます。挟撃とは何と賢い奴らでしょう――それでもこの過酷な地で彼らも生き延びなければならないのです、知恵をつけるのは当然なのです。


「守りながらで悪いのですが、後方から来た一団をお任せします。いいですか?」

「勿論――でも、セヴンは?」

「ぼくは、大丈夫です」


 そう告げて、肩越しににっこりと微笑みかけました。するとジュライは不安そうな表情を収めてこくりと頷きました。


 そう――敵との距離が開けていて、そして相手が集団である。この状況は、ぼくのような《詠唱士チャンター》にとって願ってもいない状況なのです。


「……ぼくの、見せてあげます!」


 小さく呟きながら、ぼくは〈ブックホルダー〉に手を伸ばして〈初級詠唱教本〉を取り出し、右手に持ちました。同様に左手には取り出した〈羽根ペン〉を握ります。


 〈初級詠唱教本〉のような〈魔導書〉にカテゴライズされる武器は、もちろんその中に詠唱することで効果を及ぼす魔術構文スクリプトが記載されているのですが、それとは関係なく手に持っているだけで装備者の魔力を高めてくれるという効果があります。

 羽根ペンもまた、それを装備しているだけで僅かですが魔力が上昇したり、ものによっては属性耐性や特攻効果を付与するものもあります。あくまで補助装備なので効果値は微々たるものですが。


 そして〈初級詠唱教本〉に記述されている詠唱魔術は4つ――広範囲に無属性のダメージを与える《戦ぐ衝撃ルインバースト》、広範囲に動きを封じる[呪縛]のバッドステータスを付与する《絡む棘荊ソーンキャプチャー》、広範囲に物理ダメージに有効な透明な防壁を張る《王の城壁キングスフィールド》、広範囲に魔術ダメージに有効な透明な防壁を張る《妃の障壁ドミナスフィールド》というラインナップです。


 しかしこの場面でぼくが詠唱するのは、その


 ぼくは知っています。詠唱魔術とは、魔導書に記述された魔術構文スクリプトを読むことではなく、その魔術構文スクリプトそのものに込められた魔術を解放する行為なのです。


 つまり、この時点で知り得ない魔術ですら放てるのです!


 すぅ――肺に貯め込んだ空気で、ぼくは喉を振るわせます。

 呼気は魔力を含み、大気に満ちるマナと共鳴して魔術の奏でる音の無い旋律が戦慄へと転化されていきます。


 魔術というのは複雑で面白く、まず個々のキャラクターが持っている属性と合致する属性の魔術は効果が高まります。キャラクターがどの属性を持っているか、というのはキャラクターメイキング時に決定される《アニマ》の種別でまず決まり、《王冠ステマのアニマ》を獲得しているぼくは《木属性》を得意とします。


 しかしそれだけでなく、魔術の効果対象となる相手が持つ属性によってその効果が増減します。また、それ以外にも弱点属性や属性耐性を有している場合、それらによっても効果に影響が及びます。

 サンドゴブリンは《火属性》で、尚且つ《弱点属性:金》を有しています。本来火属性のキャラクターというのは《金属性》に対して強いのですが、サンドゴブリンは弱点が《金属性》となっているのでその構図が逆転しているんですね。


 そして最後に、魔術が及ぶ場所に満ちるマナが持つ属性――これを《元素エレメント》と言います――も、行使された魔術の効果に影響を与えます。

 砂漠であるこの場所は《火属性》と《土属性》が強く、また海も混じっているため《水属性》にも富みます。逆に《木属性》と《金属性》は弱まるのです。


 つまり、ぼくが得意とする《木属性》の魔術は、この場所においては効果が弱まってしまいます。

 それらをひっくるめて考えて、選択するのは、勿論《水属性》のこの魔術――


「――四方、水に満ち 泥に充ち

   跳ねて撥ねて刎ね給え

   連綿たる歴々の 零落をこそ

   罪として 罰を齎せ――」


 辺りに地響きのような轟音が響き始めました。慌てたサンドゴブリンたちは、マナを共鳴させているぼく目掛けて襲い掛かります――が、遅いです。


「《大渦の顎メルシュトレェム》!」


 短剣を振り翳して跳躍ジャンプしたサンドゴブリンを、足元から噴き出した鉄砲水が撥ね上げました。鉄砲水は次々と噴き上がり、それらは土石流のように中心座標へと向かって急速に流れていきます。


 地響きを上げながら半径10メートルほどの限定された空間に沸き起こった大渦は、サンドゴブリンたちを飲み込んで一網打尽にします。魔術の効果が切れて水流そのものが消えて無くなると、中心座標でぐったりと積み重なったサンドゴブリンたちの山がありました。

 ぴくりとも動かないのを見ると、どうやらサンドゴブリンの弱点属性と元素エレメントパワーの相乗効果が功を奏したみたいです。成功やりました

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