014;遺跡の奥に眠る夢.01(姫七夕)

◆]警告。

  現実に悪影響を及ぼす行動意思あり[◆

◆]プレイヤーロストの恐れがあります[◆


◆]プレイヤーの思考領域から

     特定の行動意思を抹消します[◆


◆]……コマンド承認[◆

◆]……コマンド実行完了[◆


◆]プレイヤーの思考領域から

     特定の行動意思の抹消を確認[◆


◆]ログインしました[◆



 目を開くと、ぼくは【砂海の人魚亭】の一階で昼食を食べていました。

 視線の先にあるのは後にこのお店の名物料理となる――そういうクエストがあるんです――南国風カレーです。フルーツのフレッシュな甘味と香辛料スパイスのピリ辛さが程よくミックスされた絶品なのです。それを、ぼくはすでに半分ほど食べている模様です。


 よく見ると、視線の奥に誰かがいます。なのでぼくは視線を持ち上げました。するとそこにはナツキ君――ジュライが座っていて、ぼくと同じ南国風カレーをスプーンで掬って食べています。


 目が合いました。ぼくは咄嗟ににこりと、いつもの癖を発動させました。

 ジュライは目をぱちくりとさせています。どうやら彼の方が先にログインしていたみたいですね。


「おはよう、ジュライくん」

「……もう、こんにちはの時間ですよ?」


 このゲームに限らず、昨今のVRゲームというのはよく出来ていて、ログアウトしてから次にログインするまでの間、キャラクターはプレイヤーの主義嗜好に沿った生活を自動的に送ってくれます。

 ただしプレイヤーの意思が反映されているわけではありませんから、勝手にクエストを受注して冒険に出ることも無ければ、誰かと会話したりということもありません。会話をしようとすると『ログアウト中です』というアラートが浮上ポップアップするんです。あ、でもともにログアウト中のキャラクターやNPCとは会話するみたいなんですけど。

 しかしプレイヤー同様にキャラクターもお腹が空いたり眠くなったりしますから、生活にはお金が必要です。それを失念して長い間ログインしていないと、次にログインしてみたら所属している冒険者ギルドに借金してしまっていることもあったりするんです。


「ごちそうさま」

「ごちそうさまでした」


 給仕ウェイトレスも兼任するジーナちゃんにお昼ご飯の代金を支払い、お皿を下げてもらいました。

 そしてそのまま、この後のクエストについてジュライとお話をします。


「ジュライくんにとっては初めての冒険ですね」

「お手柔らかにお願いします」

「ぼくにとっても初めてのパーティクエストですから」

「足手纏いにならないよう頑張りますね」


 こんな他愛の無い会話だけで、ぼくはなんだか幸せな気持ちが胸の中で膨らんでいく感覚を味わいます。ついうっかり、変な笑い声を上げてしまいそうです。

 いけませんいけません、気を引き締めないと。


「これから二人で挑むクエストは……この国の古代遺跡の調査です」

「古代遺跡の」

「はい。実はこのクエストの攻略中に入手できるトレジャーの中に、ぼくの目当てとする武器があるんですけど……」

「武器ですか」

「うん。でも、遭遇する敵は結構強いので、対策を今のうちに立てておかないといけなくて」

「……どんな敵が出てくるんですか?」

「うん……」


 ぼくはひとつこくりと頷いて、これから赴く古代遺跡に潜む敵についてを説明しました。


「……それなら、何とかなるかも知れません」

「え?」


 するとジュライは、グラスの水を一口飲んで、そんなことを言いました。


「レベル、というものがどういうものかは分からないのですが……でも状況をコントロール出来るのなら、相手の数はさほど問題にはなりません。それに……」

「それに?」

「……今回からは、ち……セヴンと、一緒に戦うんですよね? なら、負ける理由が無いですよ」

「わ……」


 何てことを言うんですかこの子は!?

 熱い……顔が熱いです!

 いつも無表情のくせして何でこんな時だけ爽やか穏やか笑顔決め込むんですか!?

 かっこいいにも程があります!

 なので一瞬ぼくのことを『ちぃちゃん』って呼ぼうとしたことは水に流してあげます!

(ゲーム内で本名を呼ぶことは原則禁止なのです!)


「あ、ありがと……じゃあ、先ずはお買い物に行きましょう。流石に、何の準備もしないまま挑むと帰ってこれない可能性もありますから」


 そう。クエストとは本来、入念な下調べと必要な準備を行なって漸く挑むものです。

 昨日のは内容も知っていましたし戦闘が無い――実際にはありましたが――ものだったので登録直後にぱっと出かけましたが、今回潜るダーラカ古代遺跡群の推奨レベルは最低でも10。ぼくたちはまだ登録したてでクエストもひとつしかクリアしてませんからレベルはほぼ初期の2と1です。全然足りません。


 というのも本来、今回の古代遺跡に挑めるようになるのはもっと後の筈でした。

 冒険者ギルド【黄金の双翼亭】に加入し、クエストをこなしていくと、〔ひとつの輪に〕というクエストを受注出来るようになります。

 それをクリアすると、登録していない他のギルドのクエストも受注出来るようになり、古代遺跡にも潜れるようになるのです。


 そしてそのクエストは、本来であればレベルが10に達し、新たな高みへと登ったキャラクターが受注することを前提としています。

 だけどぼくたちは予め【砂海の人魚亭】に所属し、かなりのショートカットをしています。だからレベルが全然足りないのです。

 そして、配信リリース開始からまだ一日しか経っていない今日、そのレベル帯に突入している方は極々少数だと思います。それこそ、徹夜オールレベルで遊び続けている方くらいなものです。


 でも勝算が無いわけではありません。

 クエストをクリアしなければ道中入手したトレジャーは失われます。

 ぼくが目当てとする武器を入手するためには、何としてもクエストをクリアして生還しなければならないのです!


 そのためにも、凄腕の軍刀使いであるジュライとパーティーを組めたのは僥倖でした。何せ、ぼくは攻撃のために詠唱を始めると全くの無防備になりますから。

 本当はNPCの傭兵――それも、屈強な盾役タンク――を雇って挑もうと思っていたのです。上位のレベル帯の傭兵はそれなりに高い費用が必要ですから、挑戦はきっと明日になるだろうと思っていました。

 ですがジュライなら撃破役としても立ち回れますし、避け盾役タンクとしても機能する気がします!

 はやく目当ての武器も手に入りますし、それに避け盾役タンク――めちゃくちゃかっこいいです。かっこいいの極みです。ううう、見たい……心がドキドキ、身体がうずうずします。ああ、顔が熱いです……


「武器のお手入れは大丈夫ですか?」

「うん。昨晩のうちに研ぎ直しておきました。刃毀れ一つ無いですよ」


 運が良ければジュライの武器も手に入ります。防具もです。ぼくの防具も新調できるかもしれません。だから運任せではありますが、このタイミングでぼくたちの装備は購入しません。


「じゃあ、クエストを受注がてら、街でお買い物しながら向かいましょう」

「わかりました」


 ぼくたちはにこりと微笑み合います。相変わらずジュライの表情は、ほぼ目を細めただけの不気味なものですが。

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