013;想いを繋げて.03(姫七夕)

 クエストを終わらせて戻ってきたぼくたちを出迎えたエンツィオさんとジーナちゃんはとても驚いていました。それはそうでしょう、このギルドに一日に二人も登録希望者が現れるなんて奇跡に近いことなのですから。


「ほら、出来たぞ!」


 ぼくと違ってナツキ君――は登録自体が初めてですから、こうやってギルドマスターのエンツィオさんが直々に登録証を作ります。

 その真っ白で真っ新なカードを手渡されたジュライは、仄かに頬を膨らませ、目を見開いてそのさらさらとした表面を指でなぞっています。

 その表情は、ナツキ君がとても嬉しい時に見せるものと一緒で、久し振りに見たその表情にぼくもまた心がうきうきとしました。


 次いで、使い魔ファミリアの召喚手続きが行われます。ぼくみたいに召喚チケットを持っていませんから、エンツィオさんが奥の部屋から持ち出してきた1メートル四方のラグマットみたいな布地――真ん中には魔術円が描かれています――を用います。

 エンツィオさんが何やら呪文めいた言葉を唱えると、その円に虹色の炎が点り、炎は円の中心に移ろう幾何学模様を作っていきます。


「ぴーっ!」


 現れたのは、氷海の天使クリオネみたいな形をした、黒っぽい半透明の使い魔ファミリアです。ぱたぱたと両手を羽搏はばたかせて必死に宙に浮いています。大きさはジュライ君の頭くらいで、頭部に二つ横並びになった紅い瞳がキュートです。


「じゃあ、今日から君は“バッカルコーン”だよ」


 ネーミングが安直ですが、その辺りも実にナツキ君らしいです。


「じゃあ次は、パーティ登録だな」


 まだレベルもお互いに低いですし、パーティ名は保留……というかまだ付けられませんが、この先ぼくがお目当てとするクエストはパーティでしか挑めませんし、特に彼とはぼくはできる限りずっと一緒にいたいと密かに思っていますから、パーティを組まない選択はありません。


 ナツキ君にしても、VRゲーム自体全くの初めて、ということもあって――確か当時も、特にゲームなんかには興味が無かったと記憶しています――ヴァスリヲタを自称するぼくとしては手取り足取り何から何まで教えてあげたい気持ちでいっぱいです。


 要するに、ぼくたちがパーティを組むというのは、お互いにメリットしか無く。

 そして、ぼくは勿論ナツキ君も、それに関して異論はありませんでした。


 ログイン初日から色々と驚くことだらけでしたが……冒険者としての第一歩は、これ以上無いドキドキに溢れたものでした。



◆]ジュライ

  とパーティを結成しました[◆

◆]PTパーティ限定クエストを解放しました[◆






◆]ログアウトしました[◆



 ぷしゅっ――ごぅん……しゅーっ。


 電脳遊戯没入筐体HUMPTY-DUMPTYの蓋部がスライドして、ぼくは軽くくらくらと酩酊する身体で筐体内のチェアベッドから部屋へと降り立ちました。

 そのままチェアベッド部分に腰を落ち着けて、ぼーっとする頭が覚醒するのを待ちます。

 フルダイブ、或いはフルコネクト型と呼ばれる最新鋭のVRゲームは、慣れていないとこんな風にVR酔いを起こします。VR自体に慣れていても、初めて遊ぶゲームなんかでは避けられない問題です。それだけ、脳を酷使しているのだそうです。


「……ナツキ君、相変わらずかっこよかったなぁ……」


 ぽつりと呟いて、ぼくは覚醒しきった身体を立ち上がらせました。

 そして押し入れのスライドドアを引いて奥の段ボールを引き寄せ、舞い上がった埃に咽た咳を払いながら、その本を取りました。


 中学校の時の、卒業アルバムです。


「懐かしいです……」


 厚みのある表紙を捲り、青春を切り取った一枚一枚の写真に視線を落としました。


 ぼくも彼も、当時は“陰キャ”で知られていましたから、そんなぼくたちの姿を映した写真は多くはありません。

 ですが二年生の時の体育祭の写真の中に、ぼくが一番好きな、ナツキ君が単体ソロで映っている写真があります。


 白い道着と紫紺の袴。足袋を履き、鞘に納まった軍刀を腰から抜き放とうとしている、鋭い表情のナツキ君です。


 今思えば、あの暴漢三人に引けを取らず一方的に最低限度の痛みを与えて退散させたのも、ナツキ君だからこそのことでした。


 ナツキ君は、“牛飼流軍刀術”と言う、日本国がまだ大日本帝国だった頃に研鑽された歴史ある武術の継承者であり、つまり凄腕の軍刀使いと言っても過言ではありません。

 剣道と何が違うのか、については、ぼくは専門家ではありませんから詳しいことは分かりませんが、日本における軍刀というのは西洋のサーベルと日本刀の合いの子で――かなり日本刀寄りに傾倒していますが――、戦中に弾薬の消費を抑えるためや銃火器の使えない接敵距離で相手を屠るために洗練された剣術、と言えばいいのでしょうか。まぁ、多分そんな感じです。


 ナツキ君はこの軍刀術を5歳の頃から習っていたそうで、しかもかなりその筋の才能に溢れていたと聞いたことがあります。

 時折現役の警察官の方や自衛隊員の方と木剣で切り結ぶことがあったそうですが、中学に入ってからはほぼ負けなしだったそうで、どちらかと言うと教える側の立場だったそうです。ちなみに、彼は超絶感覚派だったので教えることには向いていなかったとも聞いています。


 文化祭のこの写真は、その彼の軍刀術に注目した校長先生が発案したもので、応援合戦の最中に披露されたものでした。

 チアリーディングや応援団による鼓舞が続く中、唐突に行われる模造刀を用いた迫力の凄まじい型の演舞は、あまりにも凄すぎて会場中がしぃんと張り詰め、それまでの盛り上がりが嘘のように無くなった、極めてひどい失敗だったと記憶います。


 ですがぼくにとっては、それは特別な意味を持つイベントで――というのも、ぼくがナツキ君に恋をしているんだと気付かされたのは、この時の演舞だったんです。


 いつもと違う、真剣そのものの表情に、重い筈の軍刀を使いこなす見事な体捌き。

 目が離せないぼくは心臓が痛いくらいにドキドキと高鳴るのをどうしてだろうと考えながら、そして気付いたんです。あ、これ、恋だ、って。


 でも結局、中学を卒業するまでぼくは彼に告白をすることは出来ませんでした。

 中学に入学して同じクラスになり、最初は何だか不気味な人だなぁなんて思っていたのが、7月7日という同じ誕生日をきっかけに仲良くお喋り出来るようになって。

 中学二年生も同じクラスになって、そして体育祭で好きだと言うことに気付かされて。

 中学三年生も同じクラスになれて、踏み越えたい一線に届かないことで、これまでの関係が壊れるのが怖くて進むことが出来ませんでした。


 それに、中学を卒業したら台湾に戻ることは分かっていましたから。


 でも、台湾に帰ってからもナツキ君とは頻繁に連絡を取り合っていたんです。

 メールっていうのは本当に素晴らしいです。昔は、エアメールを高い料金を支払って送り合っていたそうですが、メールは簡単だし、気軽だし、何より費用が気になりません。


 でも段々とぼくたちの遣り取りは少なくなっていきました。

 ある時から、ナツキ君の返信が全然返ってこなくなったんです。


 そして――あの事件のことを知りました。

 その事件は、ナツキ君の双子の妹である牛飼ウシカイ七華ナノカちゃん――ぼくも何度か会ったことがあります――と、ナツキ君の地元の大学生六人を犠牲者とする、連続殺人事件でした。


 その犯人こそ、当時高校二年生のナツキ君で。


 最終的に自首したナツキ君は、日本では四例目となるAI裁判官を用いた裁判で初めての『死刑判決』が下されました。

 世界的にAI裁判官を導入した裁判というのはオーソドックスになりつつありましたが、日本はその辺りはまだ発展途上でして、しかし事件の全容がナツキ君の口から語られ、そして事実確認が取れ明るみに晒されると、AIの下した判決は間違いじゃないという声が相次ぎました。


 トドメは、彼自身の言葉でした。



『あいつらは妹を、七華を穢しました。

 七華は僕に、“死にたい”と言いました。

 僕は“守れなくてごめん”と言いました。

 それから、勝手に持ち出した曾祖父の形見である軍刀で、七華の首を斬りました。

 一思いに斬ったので、多分痛みは無かったと思います。


 それから穢した六人を、斬ることにしました。

 彼らを斬って殺せば殺人罪になることも、殺せなくても傷害、また殺人未遂になることも分かってやりました。

 本当は一塊になっている時にやれれば良かったんですが、そうそういい状況も無くて焦りました。早く斬りたかったんです。


 だから一人ずつでもいいかと思いました。ちゃんと六人殺せれば、一度にやろうが六度に渡ろうが一緒ですから。

 問題なのは、一人ずつだと時間がかかりますから、もたもたしているうちに僕が捕まって、斬れなくなってしまうことでした。だから、速やかに斬る必要がありました。


 幸いなことに、僕はちゃんと六人を斬り殺すことが出来ました。

 もしかすると僕は、……妹の復讐にかこつけて、ただ人を斬りたかっただけだったのかもしれません。

 そう自分でも思うくらいに、僕は彼らを斬ることしか頭に無かったんです』



 段ボールの、アルバムの下に入れていたスクラップブック。彼のその事件の、ほぼ全ての記事を切り取って保存しているものです。最後の彼の言葉が、一語一句違わずに、そこには載っています。


 彼は今、死刑囚として収監されている筈なんです。それからは彼のことを追っていませんから、今の彼がどうなっているのかは分かりませんが、でもだから、あのゲームの中に彼が現れる筈が無いんです。



 それでも。

 あの顔で、あの声で。

 ぼくの名前を呼んでほしいと。

 何度だって呼んでほしいと思うのは、北七ばかでしょうか。



 ぼくの前に現れた彼が、本当にナツキ君なんだって――

 そう、信じてしまいたいぼくは、白痴おろかでしょうか。

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