012;想いを繋げて.02(姫七夕)
「馬鹿じゃねぇの?」
「おいおい、邪魔すんなら痛い目見てもらうぜぇ?」
しかし空気が変わりました。
お腹を押さえながら彼がゆっくりと立ち上がり、そして腰を落として右手を左腰に差した
「……いいんですか?」
「何がだよ」
「抜かなくて、いいんですか?」
ぼくはぞわりとしました。無表情の奥に、明らかな敵意が見て取れるようでした。
しかしその挑発を受け取った二人の暴漢は、腰に差していた曲刀を怒声とともに抜き放ちました。
「おい、大事になんだろうが!」
ぼくの腕を掴んでいるリーダー格も怒鳴りますが、二人は聞き入れません。
「うるせぇ、煽って来たのはあいつだ!」
「てめぇみたいな正義漢気取り、ムカつくんだよ!」
「別に気取っているわけじゃないですよ、純然とした事実を述べただけです」
「うるせぇ、ハゲクソチビ!」
そしてそこからの剣戟は、実に一方的でした。
優しい刃、という表現を、ぼくは覚えました。彼の太刀筋は柔らかく、最小限でした。
得物を握る指に切り傷をつける程度。
地面を踏みしめる脚に切り傷をつける程度。
額に切り傷をつける程度。
決して命には届きそうにない、最低限度の抗戦――しかしそれは、一方的な勝負でした。
途中からリーダー格も交じって一対三になりましたが、一増えた程度で戦況は一切変わりませんでした。
「く……くそっ、」
「覚えてやがれっ!」
「次会う時は……ギタンギタンにしてやるからなぁっ!」
あちこちに切り傷をこさえた男たちが退散していきました。……というかこのクエスト、こんなイベントあったんですね。マップが10年前と変わっているから
冒険者さんは
それはさておき、ぼくはお礼を言うために駆け寄りました。
「あのっ!」
「はい?」
「ありがとうございます!」
そして、思い切り頭を下げました。
「あ、……いえ」
頭を上げて、この時ぼくは、漸く彼の出で立ちをまじまじと見ることが出来ました。
ゆるく波打ったくしゃくしゃの黒髪。前髪がほんのりとかかった目は釣り気味で大きく、虹彩も光を宿さない真っ黒な色。寝不足なのかメイクなのか目の下の隈がものすごいことになっています。
細く筋の通った鼻、シャープな印象を抱かせる顎、細長い首。
羽織った外套のおかげで体格はよく判りませんが、おそらく華奢な部類だと思われます。
そして、ぼくとほぼ同じくらいの背丈――
この時のぼくの表情は、きっと凄かったでしょう。開いた口が塞がらないとは正にこのことで、全く予想だにしない再会だったのですから、全くしょうがありません。
「え……ナツキ君!?」
勿論その頃に仲の良かった友達には今でも関係が続いている方もいますが、当時中学校三年間一度として違うクラスにならなかったのは彼だけで、そのため男の子で言えば一番仲良くなったのも彼でした。
もう五年も経っているというのにその雰囲気は変わっていません。表情に乏しくて、穏やかなのですが傍から見ると何を考えているのか分かりづらく取っつきにくい、それでいていざ会話をしてみるととても不思議で面白い――それが、ぼくの覚えている彼の印象です。
「……ちぃちゃん?」
「わ、やっぱりナツキ君だ! え? 何で?」
当時の愛称で呼ばれ、俄かに懐かしさが爆発しました。それと同時に、“どうして、何で?”という気持ちも。
だって、ナツキ君は――――
「……お久しぶりです」
「うん。すごく、久し振り……」
頭を振って今しがた沸いた感情を振り払いました。
この方が本当にナツキ君かどうかは知りません。結局今ぼくがいるのは電脳遊戯の世界――
でも、助けてもらったことには変わりありません。それに、どういう意図があってそんなことをしているかは判りませんが、この邂逅は確かにぼくに、確かな喜びを齎してくれたこともまた事実なのです。
二度と会えないと思っていた、初恋の人にぼくは再会できたのですから。
だから、再会を喜ぶこの空気を壊すことは出来ませんでした。
「元気、でしたか?」
「え? う、うん。元気でした」
「なら良かったです」
「ナツキ君は……」
「僕ですか? 僕もきっと、元気だったと思います」
「そうですよね。元気じゃないと、ゲームとかも出来ないですもんね」
「そうですよ。特に、このゲームは身体を動かしますから」
ぼくはふふふと笑いました。するとナツキ君も目を細めて澄ました表情になります。これで本人は笑っているつもりなんです。無表情にも程があり過ぎます。
「あ、大丈夫でした?」
「ああ……一応峰打ち程度に済ませましたし、深く斬り込みはしなかったので命に別状は無いと思います」
「あの、そうじゃなくて……お腹」
「お腹? ああ、空いています」
「ぷっ」
こういうところです。ぼくが、この人が好きだと思ったのは。一緒にいて、そして一緒に話していて、突拍子もないところから珍妙さが飛び込んでくる感じ。この天然具合。
しかしぼくは唐突に思い出しました。
「あっ」
「え?」
「そうだ、お仕事の途中でした。もう少し先に行った所にあるお家の方に、手紙を届けるだけなんですけどね」
どうにか、彼とフレンド申請するいい切り口は無いものかと考えようとした、その時です。
彼が唐突に、ぼくの手を握ってきました。
「わっ!?」
ぼくがそれに驚くと、ナツキ君自身も驚いたようで、ぱっと手を離してあたふたと蛸踊りに似たジェスチャーを目まぐるしく披露して、何かを伝えたがっていました。
「……あの、」
「はい、何ですか?」
「ちぃちゃんは、このゲームのプレイヤーなのですから、勿論冒険者ですよね?」
「え? うん、そうですけど……でも、ナツキ君も」
「実は僕はまだキャラクターメイキングの途中なんです。これから冒険者ギルドに登録に行く予定だったんですけど……色々とありまして」
……何ですと!?
「え、待って? え、え、え??」
「ま、待ちます」
「ううん、あの……その……え? ナツキ君、冒険者登録、まだなの?」
「え? はい、……まだ、です……」
え? キャラクターメイキングの途中!? キャラメ終わってないのに戦闘とか出来たっけ? あれ? そういう仕様に変更された?
考えても考えてもわけが分かりません。ヴァスリヲタを公言するぼくとしては一大事です。ナツキ君そのものに対する疑問が一瞬吹き飛びましたが、多少時間が経過すると再び湧き上がってきました。
ナツキ君が今ここにいることに比べたら、些末事なんですよね……。
「あの、」
「はいっ」
畏まった表情と姿勢で向かい合ったぼくたちは、慌てふためく前の表情に戻りました。
「取り乱しちゃってごめんなさい。冒険者ギルド、案内します」
「いいんですか?」
「うん、勿論。だって、助けてくれたし」
「ありがとうございます」
「ううん、こちらこそ。あ、でも……ぼく、今クエスト中だから、それが終わってからになるんですけど……いいですか?」
「それは勿論、構わないです。願ったり叶ったりですから」
また、目を細めて澄ました顔をしました。この顔を、出来るだけ多く見たいなと思うのは贅沢でしょうか。そのために彼をぼくと同じ、不利なギルドに加入させて一緒のパーティを組もうと思うのは、傲慢ですか?
だって、本当ならこの表情は、もう見れない筈だったのですから。
彼を演じているのが誰なのかは分かりませんし、もしかしたらぼくは騙されているだけなのかもしれませんが、その目的が見えない以上、ぼくはこのまま騙され続けていたいと考えてしまいました。我ながら、
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