009;キャラクターメイキング.07(牛飼七月)

 寒さに震えながら温かな乾草の中に潜っていると、雪景色はやがて薄れ始め、段々と荒野の涸れた光景へと移り変わっていきました。

 するとどうでしょう、あんなに寒かった空気が熱を帯び始め、とてもじゃないですが乾草の中になんていられなくなります。

 暑すぎて僕は身体を覆っていた〈剣士の外套サーコート〉を脱ぎました。真っ赤な厚手の布地を綺麗に畳み、軍服の前裾のボタンも外して、爽やかな風に身を晒して涼を取っていました。


 しかし今度は、陽射しの照り付けがきつすぎて肌一面に玉の汗が浮かんできます。

 先程折り畳んだばかりの〈剣士の外套サーコート〉をばさりと広げ、僕は再びそれを身に纏いました。幾分か直射日光を防げるのでマシです。


 砂漠に身を置く人々が何故皆あんな身体を覆うような格好をしているのか不思議でしたが、その答えに巡り合えました。成程。


 さぁ、列車が走る外の景色は一面の砂――砂漠になっています。

 空気が含む水分量が目に見えるように減っています。カラカラです。

 そろそろ水が欲しいな、なんて思っていたところでした。

 列車が、減速していきます。見れば線路レールの外側に幾つも建物が見え、何処かの街の駅に辿り着いたんだと判りました。


 水分を補給するためにもここで下車することを選択した僕は、コンテナから顔を覗かせて人気が無いことを確認し、颯爽と砂の大地に降り立ちました。

 着地と同時に砂煙が舞い上がり、僕は咄嗟に左腕の袖を口許に当てます。うぇっぺぺっ!


 田舎町なのでしょうか、ここには軌道と街を隔てる金網フェンスはありません。思えば随分遠くからそれは無かったような気もします。

 人間の目というのは不思議で、見ていたようで見ていなかったことが多々あります。最も、それは恐らく脳の機能の不思議でしょうけど。


『アレバマスタに到着しました。またのご乗車をお待ちしております』


 客車の方から小さくアナウンスが聞こえてきます。そうですか、ここはアレバマスタと言うんですね、ありがとうございます。


『遺跡群方面行きは5番線にお乗り換え下さい。次はフラテルに参ります』


 ホームの方で流れるアナウンスを横耳に聞きながら僕はざりざりと砂を踏みしめて人だかりの方へと歩きます。先程の雪原よりはまだ、沈まない分歩きやすい方です。早く硬い地面を踏みたいではありますが。


 建物の影から顔を出して通りを観察します。……これなら混じっても問題なさそうですね。

 僕は影から出て、賑わう人々の往来に身を投じました。多分、怪しまれて無いでしょう。


 問題があるとすれば僕の格好でしたが、同じではありませんが僕みたいに不思議な格好をしている人はちらほら見かけます。僕と同じ冒険者でしょうか? とは言っても僕はまだ、冒険者ですら無いのですが。


「あのっ! 離して下さいっ!」


 ?? 何でしょうか、おっとりしてそうな柔らかい女の子の声が聞こえてきました。

 声の方向を辿って路地に入ると、一人の女の子がガタイのいい男性三人に絡まれています。うち一人は女の子の左腕を掴み上げています。

 酔っているのでしょうか、それとも陽射しのせいでしょうか、男たちの顔はほんのりと赤みがかっているような気もします。


「いいじゃんかよぉ」

「ちょっとだけだからさぁ」

「あの、仕事中なんですっ」

「お仕事偉いですねぇ! で? いくら?」

「俺たちと遊んでくれたらお駄賃弾んじゃうよぉっ?」

「やめてくださいっ!」


「すみません」


 考える前に、もう僕は突っ込んで行っていました。脊髄反射というやつで、根っからの性分なのです。


「何だよてめぇ」


 一番こちら側にいた厳ついお兄さんが僕に歩み寄ってきました。明らかにドスを利かせ、凄んだ顔つきです。

 ですが、これっぽっちも怖くなんかありません。


「嫌がっています。やめてあげて下さいませんか?」


 だから僕は、いつもみたいににっこりとしたスマイルでそうお願いしました。


「はぁ?」


 あれ? 通じないですね……これまでも通じたことなんて無いんですが、僕の笑顔はそんなに下手なんでしょうか。


「誰だよてめぇ、あぁん!?」

「誰とか、そういうのは関係ないです。彼女が嫌がっているのですから、あなた方は引き下がるべきだと、そう思うのですが……」


 多分僕の顔は困った表情だったんだと思います。それをまじまじと見ていたお兄さんは、ひとつ溜息を吐いたと思うと、何といきなり僕の鳩尾みぞおちを蹴り上げました!


「ぶっ――」


 咄嗟のことで判断できずに避け損ねた僕は二歩たたらを踏んで退がり、三歩目がつっかえて尻餅を着きました。じんわりとした鈍い痛みがお腹の辺りに居座ります。


「馬鹿じゃねぇの?」

「おいおい、邪魔すんなら痛い目見てもらうぜぇ?」


 女の子の腕を掴んでいるお兄さん以外の二人が拳を握ってポキポキと指の関節を鳴らしながら擦り寄ってきます。

 成程。そっちがそのつもりなら、こっちもこのつもりです。


「……いいんですか?」


 僕は立ち上がりながら訊きました。


「何がだよ」

、いいんですか?」


 柄尻に右手を添えながら睨みつけます。僕の言わんとしていることを察して、二人の暴漢は怒声を発して腰の鞘から曲刀を抜きました。


「おい、大事になんだろうが!」

「うるせぇ、煽って来たのはあいつだ!」

「てめぇみたいな正義漢気取り、ムカつくんだよ!」

「別に気取っているわけじゃないですよ、純然とした事実を述べただけです」

「うるせぇ、ハゲクソチビ!」


 背に回した曲刀を振り上げ、まるで野球の投手ピッチャーみたいなオーバースローのフォームで繰り出された一閃は、技と呼べる程の練度はありません。

 欠伸が出そうな剣速に、僕は顔を顰めながら柄を握る四指目掛けて、抜いた軍刀を振り払いその切先で撫で上げました。


「ぁああっ!」


 小さな赤い飛沫が舞いました。別に指を斬り落とそうとしたわけでは無く、ただ骨に浅く届くよう斬り付けただけです。


「ハンス! てめぇ――ぇあっ!?」


 もう一人には返す太刀で太腿にこちらも浅い切り傷をつけてやりました。隙だらけで、とても敵とは呼べません。これでは抜いた甲斐がありません。どうしてくれましょう。


「っくそが……おいてめぇ、俺たちが一体誰なのか、判ってて喧嘩売ってんだろうなぁ!?」

「……そんなに有名な方々だったんですか? 申し訳ないですが一切存じ上げません。何で有名なんですか? 雑魚っぷりですか?」

「ぷっ」


 僕の言葉に、腕を捕まれていた女の子が少し吹き出しました。挑発を真に受けた最後の男は怒気を顔面全体に行き渡らせると、唾を地面に吐いて腰の曲刀を抜き放ちました。


「ザジ、ハンス、――こいつを細切れにしてやるぞ」

「あ、ああ!」

「今更土下座したって赦してやらねぇからな!」


 さて。これで形勢は一対三――多少は、楽しめそうです。



 ――なんてことを思いましたが、結局やっぱり全然楽しめませんでした。


「く……くそっ、」

「覚えてやがれっ!」

「次会う時は……ギタンギタンにしてやるからなぁっ!」


 ……結局あの人達は、どんな方々だったのでしょうか。もういいですけど。


「あのっ!」

「はい?」


 声に振り返ると、絡まれていた女の子がぱたぱたと駆け寄って来ます。そこで初めて僕は、彼女の出で立ちをまじまじと眺めました。


 ほんのりと健康的に焼けた肌に、二つ結びにした翡翠色の髪。

 下がり気味な真っ直ぐの眉毛の下には、確りとした睫毛に縁どられたアーモンドのようなまなじりの尖ったぱっちりとした大きな目。その光彩は仄暗い灰色をしていますが、陽射しを受けて銀色に煌めいているようにも見えます。

 右目の下の泣き黒子、小振りだけど筋の通った鼻、薄い唇、小さい顎。

 そしてその幼い容姿に似合わない大きな二つの膨らみが、くっきりと浮かんだ鎖骨の下で蒼い布地に包まれています。着ている服装はこの国に往来する人々によく混じる、民族衣装の風味がふんだんに盛り込まれたビビッドでクラシックなものです。


 一目見た感想を率直に言えば、愛らしい容姿だと僕は思いました。

 もっと言えば、お顔小さすぎませんか、とか、お胸大きすぎませんか、とか思いました。

 そしてもっと言えば――――あれ、この子、

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