008;キャラクターメイキング.06(牛飼七月)

 《クァッドブレイズ》


 浮上ポップアップしたと同時に、騎士様は斜め下からの斬り上げを双方向に二回、身体を大きく回転させての斬り下ろし、そのまま回すように振り上げて体重を載せた斬り下ろし、の怒涛の四連続攻撃を繰り出しました。

 エグいです。舗装路、抉れています。


 しかし直後の硬直は大きいようで、僕はその隙に右腕の肘の内側に小さな切れ込みを入れました。


「ぐぅっ!」


 《ディザーム》


 またそれですか! 咄嗟に跳び退いて事なきを得ます。その技は流石に卑怯です、だってどの体勢からも繰り出すじゃないですか!


「すばしっこい奴め……大人しく捕まれ!」

「嫌ですよ」


 それに甲冑なんて着こなして勝手にすばしっこさを捨てたのはあなたたちですから! その一点に関しては僕、関係ないですから!


 《スラストバンプ》


 今度は何ですか!?

 僕は浮上した文字列ポップアップに警戒して後退バックステップしましたが、どうやらそれは悪手だったようです。


 ガツン! ――最初に見せた左肩による体当たり、の物凄いやつ。真っ直ぐ来るので後方に逃げたのではとても避け切れません。

 もんどり打った僕は体中に激しい痛みと衝撃が波濤するのを感じながら放り投げられ、人肌程度に暖かい舗装路に投げ出されました。


「……っ、」

「まだ動けるか……その力、惜しいな」


 何とか立ち上がることは出来ました。流石に防具の性能の違い、でしょうか。

 僕の装備するこの外套も軍服も、きっと騎士様の一撃を雀の涙程度しか弱めることが出来なかったのでしょう。


「お前、名前は」

「……名前、ですか……?」


 何と。名前を訊かれてしまいました。僕だって僕が何て名前なのか決めかねていると言うのに。

 ここは……本名でいいのでしょうか。と言うか、事前情報と何もかもが違い過ぎて吃驚通り越してあんぐりです、あんぐり。Angry。

 だいたいキャラクターの名前を決めるのはもっと後の段階だと思うのですが。もっと言えば、キャラクターメイキングが終わっていないのに何でこんなに戦いばかりしているんですか。


「そうだよ、お前の名前だよ」


 ぶっきらぼうに騎士様が問い直します。むむむと考えた僕は、咄嗟に思いついたその単語を口にしました。


「……ジュライ」


 単純です。安直にも程があると思います。それは僕の名前を直訳した英単語に他ならないからです。


「ジュライか――俺はアルマキナ帝国軍重装歩兵師団、三番隊、第七小隊隊長。ヒューイ・ロッテンバーグ」

「……すみません、もう一度いいですか?」

「……ヒューイだ!」

「すみません、ありがとうございます」

「っくそ。……お前、俺たちの軍に来ないか?」

「結構です。お断りします」

「あのなぁ……もう少し条件とか、待遇とか、訊く事あるだろ!?」

「いえ……僕はここに、んですから。それに軍属なんてまっぴらです」

「そんな服を着ているのにか?」

「はい――軍はやめた方がいいと、小さい頃に曾爺様ひいじいさまから教わりました。ですから、軍に所属するのはやめておきます」

「そうか……じゃあやっぱり、捕まえよう」

「どうしてですか」

「……お前が、脅威になるからだ」

「脅威になるんですか」

「ああ、そうだ」

「僕程度が脅威になるのなら……この国の軍というのは、大した事が無いんですね」


 激昂が迸る音がしました。幻聴だったのかもしれないと思ったのは、その直後僕の世界から音と色が消えたからでした。


 ひどく緩慢に流れていく世界で、時の呪縛から逃れたように流線を描くヒューイさんの剣は白銀に輝いていて、とてもじゃありませんが避けることは出来なかったと思います。

 だから咄嗟に身を捩りながら、撓めた下肢の伸び上がる脚力で以て斜めに斬り上げる太刀筋をあてがいました。


 白刃は剣の側面を撫ぜ、剣は滑り、軌道は逸れて舗装路に剣身が叩きつけられました。そのすごい轟音に、僕の世界の色と音とは舞い戻ったのです。


 真っ向から斬り結んでいたら、きっと僕はこの軍刀ごとになっていたことでしょう。


 《ヴォーパルブレイク》


 直前に浮上ポップアップしていたその文字列が薄っすらと消えるのを見届けず、僕は硬直したままのヒューイさんの横っ面目掛けて右足を思い切り蹴込みました。金属同士がぶつかり合う甲高い音とその内部を強かに叩いた鈍い音が混ざって響き、ヒューイさんはそのまま横に崩れると、ぴくりとも動きませんでした。きっと脳震盪でも起こしたんでしょう。


 さて。

 僕はこのまま冒険者登録に――って、そんなわけはありません。何せ騎士様を8人もぶっ倒してしまったのです。通りの奥からは、何やら増援の気配がします。万事休すです。

 こうなるともう逃げるが勝ちです。

 大通りを来た方向に逃げながら、あちらこちらへあれやこれやと逃げ惑い――やがて、より人の犇めき合う賑やかな場所へと辿り着きました。


 その建物には、こう書かれた看板が掛けられています。


【大陸横断魔動鉄道 アルマキナ・セントラル・ステーション】


 駅です! つまり列車です! 逃げるには持って来いの手段です!

 しかも様子を伺うに、列車はすでに来ていてもう直ぐ発車する模様です。渡りに舟とはこのことです!


 僕は人込みを掻き分けながら列車の在る方向へと身を運びます。時折振り返ると、遠くの方でぞろぞろとさっきの方々とほぼ同じ格好をした騎士様たちがこちらへと駆けて来ています。

 しかしホームへは行けません。その手前にある“改札”が僕の逃走経路を塞いでいるのです。この世界のお金は持っていませんし、切符を買う時間的余裕もありません。


 なので僕は踵を返すと、駅舎に沿って回り込みます。

 どうせ追われている身です、金網フェンスくらいぱぱぱと乗り越えましょう。


「いたぞ!」

「ひっ捕らえろ!」

「はっ!」


 攀じ登る僕を騎士様たちが見つけたようです。ですが僕は止まりません。

 金網フェンスの向こう側に降り立つと、並び停まる列車の影に身を隠しながら奥へ奥へと進んで行きます。


 シュフォォォオオオオオ……


 汽笛が鳴りました。僕はその、汽笛を鳴らした列車に飛び乗りました。無銭乗車ですが気にしません。どのみち捕まれば何をされるか判らないのです。逃げた者勝ちです。


『3番線、列車が発車いたします……』


 ホームからアナウンスが聞こえてきます。車両の中にも同様のアナウンスが鳴り響いているのでしょうが、僕が乗り込んだ貨物車両にまでは届いていません。当たり前です。

 そのまま僕は、コンテナにぎっしりと詰め込まれた乾草の上に寝そべりました。雪はまだ空からしんしんと降り続いていますが、あれだけの戦闘バトルをしたので体中が汗だくで、熱いくらいです。


 でも、嫌な気持ちはありませんでした。

 確かにあのような、切った張ったの場面には出くわしたくないというのも本音ですが、でもその切った張ったを楽しむために、この世界ゲームはあるのだと僕は知っています。

 勿論この世界ゲームの楽しみ方は人それぞれでいいですから、それが好きでないという方もいるんだと思います。それはそれでいいですし、僕は何も口出しません、押し付けません。


 でも僕は確かに、全力での切った張ったが許される世界を熱望していました。いや、渇望あるいは切望でした。だからこの世界に、身を投じることになったのでしょう。

 そしてそのことはとても嬉しく、そして僕はこの世界に来て良かったと、心から思いました。


 今しがた交戦した方々は僕と同じ人間なのでビミョーですが、一番最初にやり合った影ですとか、或いはこれから遭遇する色んな形の魔獣達。

 それらを相手にして僕は、力と技の限りを尽くして刃を突き立て・差し入れていいのです。それを咎める者はいないのです。


 誰一人、いないのです。



 さて。この列車の行き着く先は判りませんが、とにかく窮地は脱しました。

 幸先は思いやられる、と言った感じですが、まぁ何とかなるでしょう。実際、何とかなりましたし。

 これからどうするのかは、どうにかなってから考えることにします。今はしばらく、何も知らない世界へとやってきた感慨に耽ることにしましょう。



◆]アルマキナ帝国から亡命しました[◆

◆]経歴が追加されました[◆

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