007;キャラクターメイキング.05(牛飼七月)

 歩いているといつの間にか景色が雪原から雪の街に様変わりしていました。

 靴底からほんのりと感じる暖かさは、舗装された道に雪を解かす電熱線でも敷いているからでしょうか。しゃがみ込んで触れてみると、やはり人肌程度には暖かいです。


 相変わらず雪は降り頻っていますが、大通りには人々の往来が見受けられます。

 皆、一様に確実な防寒対策をしている様です。僕みたいにほんのりと薄着な人はいません。

 だからでしょうか? 何となくすれ違う人が僕の方をちらりと見ては、すぐに目を逸らしました。


 気にしないで歩いていると、やがて僕の身体は僕の意思とは関係なくひとりでに動き始めました。

 眼前に、地面から文字列が浮かび上がっていきます。吃驚しましたが身体は止まってくれませんし、勿論文字も止まりません。



【“魔動の黎明” アルマキナ帝国】

 Dawn of the Maghinary.

     ALMACHINA ENPIRE.


 見渡す限りの雪原という厳しいこの地に生まれた氏族たちが寄り添い合い、過酷な環境と跋扈する魔獣たちに鍛え抜かれ生まれたのがこの“アルマキナ帝国”である。

 古代遺跡より“機械”という文明を拾い上げ、それを魔術を用いて再現して生まれた“魔動”の技術こそ、その反映の礎となった立役者だ。


 乏しい資源のために他者から奪うことを余儀なくされた国はやがて帝国となり、侵略を善しとする覇道に身を置く。

 そのためその在り様は軍事国家そのものであり、大陸四大国のひとつに数え上げられたのも今では必然と言えるだろう。


 しかし時代が調和に傾くと、大国間で和平条約が結ばれ、軍事を大いに盛り上げていた魔動は民の生活を豊かにする汎用の文明へと転化されていく。

 特に大陸を横断し四大国全てを網羅する“魔動鉄道”はその大きな証左のひとつだろう。


 しかし過酷な環境は未だ続く。

 雪原に跋扈する魔獣、人間を敵視する蛮鬼や妖魔の群れは虎視眈々と帝国に身を置く幾多の命を狙っている。アルマキナの地で、冒険者たちはその軍勢に、今日も抗うのだ――――



 成程、この国の説明なんですね。よく分かりました。

 しかし、文字列が全て浮かび上がったと同時に僕を取り囲んだこの方々はどちら様なんでしょうか? 皆、一様に白銀の甲冑に身を包んで漆黒のマントを羽織っているのですが……


「我が隊を強襲した身元不明の賊はお前だな」


 一際物騒な兜で頭を完全に覆った大柄な騎士が前に出ました。賊、というのは僕なのでしょうか。一応後ろを振り返って見てみますが、それらしい方はいらっしゃいません。


 はて――と、考えるまでも無く心当たりならあります。

 あれは雪原を歩いていた時。ガションガションと奇怪な音を立ててこちらにやってきた二本脚の歪ながあろうことか火の玉を射出してきましたので、さっと避けて長細い脚を斬りつけてやったんでした。


 さすがに重機より少し小さい程度ではありますが、そんなロボットに軍刀の刃なんて通じません。刃毀れもしてがっくりしました。ですから機転を利かせて動き回ることで翻弄し、自滅して倒れるのを待っただけなんですけど……

 あれ、もしかしてその後に交戦を仕掛けてきたのもそうなのでしょうか? 手に持つ突撃銃みたいなものから光弾を撃ち出していた。

 銃と思って吃驚したんですが、弾の速度が目で追えるくらい遅かったので返り討ちにしたんですけど……その、4人くらいでしたし。


「……峰打ちになって無かったですか?」

「そういうことじゃない!」


 どうしましょう、攻撃を仕掛けてきたのはあちら側だと言うのに、ひどくご立腹です。僕、正当防衛しただけなんですが……


「えっと……この後って、僕、どうなるんですか?」

「はぁ……」


 あからさまな態度で大きく溜息を吐いた騎士様は、両手を腰に当ててぶっきらぼうに言いました。


「連行する」

「え、嫌なんですが……」


 きっと僕の顰めっ面が気に入らなかったのでしょう。憤慨した模様で、びしっと僕を指差した後に「捉えろ!」と怒号を放ちました。

 すると騎士様の後ろにいた騎士様たちが前にずずいっと出ると、僕を両脇から掴もうと手を伸ばしてきました。


 ですがその手はするりと空を切り、甲冑同士が激しく正面衝突しました。

 僕が、すっと後ろに下がったせいです。


「貴様っ!」

「だから、嫌だと言っています。それに、僕は正当防衛をしただけで、攻撃を仕掛けてきたのは」

「問答無用っ!」


 すると正面の騎士様が腰に差していた鞘から剣を抜き放ちました。僕を取り囲む騎士様たちも同様にすらりと剣を抜き、先程衝突して倒れた騎士様二人も立ち上がって後退すると同時に剣を抜きます。


「あの……いいんですか?」

「何がだ?」

「そういう、向けられると……手加減、したくなくなります」


 だから僕も抜き放ちます。中央に大きな刃毀れの見える、繊月のような軍刀を。


「ほざけっ!」


 正面の騎士様が突進してきました。多分、肩で体当たりして僕がよろけたところをズンバラリン、ってところでしょうか。高が知れています。

 突出した左肩の裏側――つまり騎士様の左側に身体をスライドさせて避けました。そうしながら、剣を構えただけでぼけっと突っ立ってる騎士様の一人に駆け寄り、強めにその剣身を真横から薙ぎ払います。


 ガキィッ!


 金属音が劈いて、騎士様の手から直剣が放り出されました。カラカラと音を立てて直剣は舗装された道を滑っていきます。


「き、貴様ぁっ!」


 横から違う騎士様が斬り込んできます。野球の打者バッターみたいに担ぐように振り上げた直剣を、両手で握って横薙ぎに繰り出してきます。身体ごと回転させて遠心力を載せるのは流石西洋の剣の作法です。

 ですので僕は身を低くしながら首筋を薙ぐ剣閃を潜ると、大きく揺らいだ体勢に横から蹴りを入れました。甲冑の腹部は流石に硬く、しかし僕の履いている軍靴も鉄底でいい勝負でした。

 騎士様はたたらを踏みながら結局倒れ込みます。しかしそれを見届けている暇はありません、大忙しです。


「ふんっ!」


 今度は真っ直ぐに振り上げられた、真っ直ぐの斬り落としです。剣では無く斧です。ドゴッという鈍い音ともに、舗装が剥がれて礫が跳びます。

 しかし握る籠手の指は全てが金属で覆われているわけではありません。舗装路に斧を突き入れてしまった騎士様の握る手に僕は斜め上から刃を振り入れました。ピリッと革を裂く感触に続き、僅かに赤い飛沫が舞いました。


「くそぉっ!」

「遅いです」


 続いて両手用の大剣を振り上げた騎士様には、ガラ空きの脇に切先をプレゼントしました。ほんの少し突き入れただけですが、吃驚するくらい喚き散らして地面を転がります。

 ……何で騎士なんかやってるんでしょうか。


 介者剣術、というのはやったことは無いですが、甲冑のどこが硬くてどこがそうじゃないかくらいは見て判ります。判りますから、後は狙いをつけてそこに刃を持っていくだけの単純な作業です。


「……貴様、何者だ」


 気が付くと、戦意を以て立っているのは正面の騎士様ただ一人となっていました。8人なんて人数、正直言って数のうちに入りません。最もこれが手練れ揃いだったなら話は別なんですが。


「何者と言われても……僕は何者なんでしょう?」

「こっちが聞いてるんだ!」


 騎士様が剣を振り上げました。馬鹿の一つ覚えも大概にして欲しいです。その振り上げだと、脇がガラ空きなんです。

 だから僕は忠実に、軍刀の刃を右脇に突き入れようとして――咄嗟に後退バックステップしました。


 騎士様の頭上に、《ディザーム》という文字列が浮上ポップアップしたからです。


 すると騎士様は腰を落とすと同時に、ひどく鋭い斬り落としを繰り出しました。速度がこれまでの剣技とは段違いでした。

 あのまま右脇に突きを繰り出していればきっと、僕の軍刀にあの鋭い剣撃が打ち込まれ、僕は得物を失っていたことでしょう。


 あの文字列が何なのかは判りませんが、ただあの文字列が出現した時の攻撃は驚異的だと、それだけは判りました。

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