第28話 仲良し同士のテニス会合

 近況報告を兼ねた軽い運動を30分程度公園で行い、俺は一人でテニスコートを管理するクラブハウスに立ち寄ってから、先に二人を向かわせていた西コートへと足を急がせた。

「こっち側のコートって男子の試合がある方だよねー? 壁打ちコートなら東にも西にもあるからさっきの場所で良かったんじゃないのー?」

 俺の到着を待っていた浅川が、大きく手を振って問いかけてきた。

「全力でボールをシバきたいからコート借りてきたんだ。一時間借りたって三百円だから、反面しかないコートで三人窮屈にやるよりいいはずだからな」

「なるほどっ。ウチも皆月くんと試合してみたかったから大歓迎だよ!」

 二人と合流して、足並み揃えて歩を進める。どうやら伊織が浅川の荷物を持っているようだ。

「めっちゃ楽しみ! こっちのコートでは試合したことなかったから、すごくワクワクする」

 スキップで前に出る浅川は高校生というより中学生。いや、小学生。

 まあまあ大きい胸に生意気な手脚が、なんとか高校生に見せているという印象を感じさせる。

「ところで何番コートなの?」

「七番コートだったかな。右側の奥から二番目だ」

 補足として運動公園テニスコートの配置説明をしておくと、公園を真っ二つに分断する道路の東側八面が東コート。西側八面が西コートとなっている。浅川の言っていた通り中学高校共通して東コートを女子が使い、西コートを男子が使って大会や練習が行われる。

 約四年間、毎月のように通っていた西側のテニスコートだが、一年振りに訪れると感慨深いものがあり、嫌な思い出も良い思い出も山のように思い出された。

 一度ベスト16に入った記憶など、今では全てが懐かしく遠い昔のように脳内で再生される。

 大会では保護者が座るため「選手は座ってはいけない」と暗黙の了解になっていた屋根付きの背もたれまであるベンチに荷物を並べ、一人一本ラケットとボールを持って人工芝のコートに足を踏み入れた。財布やスマホなどの貴重品も上のカバンに入れたまま。平日犬を連れたご老人しか利用しない公園には用心深さなど必要ない。

 コートに降りるや否や、ぎこちないフォームでサーブをぶちかました伊織は、三面先の角までボールを取りに行っている。俺と浅川は青のアルミ製ベンチにラケット立て掛け、屈伸、前屈、アキレス腱伸ばしなどの準備運動をこなして動く体制を整える。

「ウチにとって七番コートっていい思い出が沢山あるんだー」

 屈伸をしながら浅川は楽しそうにニコニコ笑う。汗で艶やかに光る太ももをすぐ側で見ると、伊織が口にしていたセクハラ発言も大きく頷ける気がした。

「西側のコートで試合したことないのにか?」

 浅川は前屈しながら顔をしかめ、首を縦に振る。

「意味がわからん。七番だからラッキーセブンとか言うんじゃないだろうな」

「ウチがそんなつまんないこと言うと思う?」

 今度は俺が首を縦に振る。

「ヒドイよ皆月くーん……」

 脚を前に伸ばし、尻もちをついたワンピースの下には水色のショートパンツが顔を覗かせていた。ちっくしょうッ。

さっき伊織が「パンツが見えねぇ」って言ってたけど、本当に穿いているとは……。

「待たせたな野郎ども! 早速始めるゾッ」

 俺と浅川がいる反対側のコートに立って、脳筋らしくラケットをブンブン振り回す伊織。

 さすがに伊織一人ではラリーが続かないと考え、現役ソフトテニス部の浅川を南側に残して伊織がいる北側へ回ることにした。

 伊織の運動神経は見張るものがあり、「最初はロブショットだけにしろ」と俺が命じていた通りに浅川のもとへ返球出来ていた。俺自身も一年間のブランクがあるとは言え、四年間続けていた感覚を徐々に取り戻して、浅川と一対一で低空飛行のラリーが続くようになった。

 ポーッン、ポーッン、ポーッン、ポーッンと白いゴムボールが理想的な弧を描く。

 一年間素振りさえしなかった恩恵か無駄な動きがなくなっていて、軽いフットワークでフォアハンド、バックハンド共に打ち返せている。

「皆月くん上手いじゃん! フォアよりバックの方が綺麗なあたり、昔から変わってないね!」

 そう言って褒めてくれる浅川も、二回戦敗退常連とわからないほど綺麗なフォームをしている。二ヶ月間だけ横のコートで見ていて知ってはいたが、中学の頃にフォームを固める練習をみっちりしてきたようだ。

「高校に上がってあまり言われてないはずけど、俺がバックハンドの方が得意ってよく知ってたな。まあ球筋とかスピードでわかんのかも知らんが」

 中二の春、世界野球のテレビ中継を見て野球の面白さに目覚め、左打ちの練習を毎日のようにしていた影響でフォアハンドよりバックハンドの方が得意になったという経験談がある。

 中学の顧問や部員からは「全部バックで拾えよ」と挨拶のように言われていたが、高校に上がってからは同じ中学出身の先輩にしか言われた記憶がない。

 他人と比べても自画自賛のフォームだから浅川でもわかって不思議はないが、昔と呼ぶには昔ではない微妙な過去であるが故に、やや疑問が残る。

「まあねー。観察眼は自信あるから意外と覚えてるんだよー」

 そう言えば初めて浅川と話した日も、他人の情報を覚えることが得意って言ってたっけな。

 そう考えたら、スッと腑に落ちた。

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