第29話 vs中学生
5、6番コートがある方角からボールが転がってきて、浅川より少し背の低い男子二人組が壁に沿って駆け寄ってくる。
浅川が転がってきたボールを二人へ軽く打ち返したら、一人が調子良さげに口を開いた。
「ありがとうございます。皆さんテニス部ですか?」
「そうだよ!」と、浅川がポニーテールを絞り直しながら答える。
「俺はサッカー部だ。こいつは元テニス部。今は引きこもりだ」
伊織が少年に答える。って引きこもり言うな! ちゃんと毎日学校行っとるわ!
「いいですね。なら僕たちと試合してみませんか?」
「いいねっ!」
元気に即答した浅川だが、少年の言う、なら、の意味がよくわからん。
俺たちは三人でボールを回しながらテニスをしていたし、ペア決めはどうするのだろうか。
サッカー部のお兄さんは外で見てて下さいとか抜かしたら、容赦なくボコしてやる。
「そちらは三人の交代交代でいかがですか? もしよろしければ僕たち二人と交代でも」
一応配慮はできるガキんちょのようだ。
「いや、俺は遠慮しとく。そっちの二人はテニス部なんだろ? なら経験者のコイツらとやってくれ。俺はジュースでも飲んで涼んどくからさ」
なら、はこう使うんだぞ中学生キッズたち。テニスする暇あるなら国語の勉強しろ。
既にコートの外へと足を進めていた伊織は、俺ら四人の反応を待たずフェンスを開けて出て行った。拗ねてる様子ではなかったし、機会にこじつけて灼熱地獄から上手いこと離脱したかったのだろう。カバンから財布を取り出して、自販機がある建物目掛けて早々に歩き出していた。
「ペアはウチと皆月くん。で、そちらの二人でいい?」
ツーブロックのツンツン頭と、細いアルミの縁をした眼鏡の少年は、「はいっ」とやる気に満ちた返事をする。
「お前らどこの中学だ? この辺りだと四中とかか?」
「個人情報は黙秘します!」
「同じく!」
何から何まで理解不能な言動をする二人に、「はあ?」と心の声が漏れる。
見ず知らずの他人にあれこれ身の回りの情報を漏らすな。と厳しい指導が世柄なされているのかもしれないが、コミュニケーションやろうが。と愚痴りたくもなる。
「お姉さんなんて名前なんですか?」
「浅川胡跳って言いまーす。紅山高二年女子ソフトテニス部でーす。出身中学は三中でーす」
ダメだこの歳上。ベラベラと個人情報吐き出して、ちっともお手本になんねー。
「それでこちらは同級生の皆月碧くん。ジュース買いに行ったサッカー部は椿伊織くんでーす」
「おいっ!? 俺と伊織の個人情報まで勝手に漏洩さすな!」
「皆さんすごいっすね! 紅山高って頭良いところですよね」
「そうだよ! けどウチは平均以下だけどねぇー」
頭掻いてテヘヘじゃねーよポンコツ小学生。貴様は全科目の総復習が必要だ!
そんな俺たちが通う紅山高校は、頭良いと一括りにしても偏差値四〇の者から偏差値70を裕に超える者まで幅広い学力の生徒が在籍している。県内で紅山高と言えば「すごい!」と、一目置かれはするから、当人の学力を無視して優越感に浸りたいのなら進学すればいい。
「親が紅山高行け行けうるさいんですよ……。ところでお二人は付き合ってるんですか?」
「え? あ、いや、その……、つ、付き合ってはないよ?」
脈絡を完全無視した質問に、コミュ力お化けの浅川さえもテンパっている様子。
「もし付き合ってたら男二人女一人で出かけたりしないって」
「そうだぞ。そういう質問は逆に雰囲気を悪くすることがあるから、ノリでもしちゃダメだ」
「そうそう! てか早く試合始めない? 時間なくなっちゃうよ」
「そうですね。じゃあ先輩。僕たちが勝ったらお姉さんとジュースください」
ツンツン頭の視線はまたしても俺に向けられている。
じゃあ、の使い方も間違ってるし、それこそ見ず知らずのクソガキから先輩と呼ばれる筋合いもない。けど偶然見かけた浅川を好きになってしまって、一緒にいた俺に対してジェラシーを覚え、敢えて先輩呼びをしていることは予想できた。
まあ見るからに線は細いからへなちょこボールしか返ってこないだろう。
面白そうな展開に俺たちが勝てそうな喧嘩とくれば買うしかない。返り討ちにしてやろう。
「良かろう後輩。お前たちが勝ったらお望み通りお姉さんもジュースもくれてやんよ。でも俺たちが勝ったらお姉さんは俺が貰うし、三人分のジュースきっちり奢って貰うかんな?」
「いいでしょう! ってお姉さん顔赤くありません? 大丈夫ですか?」
本当だ。浅川の顔がいつになく赤い。熱中症には気をつけろよ?
真面目そうなメガネくんと浅川は巻き添えを喰らう形で、四ゲーム先取の七ゲームマッチが始まった。俺と浅川のペアは、前衛後衛をとるスタンダードなスタンスで、相手のペアは、両者とも後ろで球を拾い続けるプレイスタイルのダブル後衛の陣形をとった。
相手は今回限りの即席ペアらしく、二人の真ん中に打ち返したらよくお見合いをしていた。
基本的にダブル後衛のペアは珍しく、入部した段階で前後衛半分半分にされて前衛後衛で一つのペアが組まれる為、細かい分担を決めていないと難しい陣形になる。あたふたしながらなんとか返球できても、ネット前で構えている浅川に捕らえられ、どっちにしても詰みだった。
三十分続いた試合の末、四―一で俺と浅川のペアが勝利。
ジュースを奢れとは口にしたもののさすがに大人気ないと思って、何の報いもなしに二人を帰してやった。点を取るたびに浅川とハイタッチしたりコソコソ密談したりして、煽りに煽ってストレス発散できたからなんだかんだ楽しかった。やっぱり俺って性格悪いな。
重たいブラシでコート整備を済ませ、勝手に巻き込んだ代わりとして自販機で浅川にジュースを買ってやる。三十分も走り回ったせいでウェアが湿度を含み、浅川の椀状の膨らみが試合前より鮮明な形を成していたのは、真夏の記憶として何重にも錠をかけて心の底に沈めておいた。
そして荷物を固めたベンチで音楽を聴いていた伊織と合流し、セミの鳴き声をBGMにして雑談をすることになった。
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