第21話 絶体絶命のピンチ1
「ちょっとそこのお二人さん。少しお話ししていかないか」
またか……次は誰だよ。同じことを考えたであろう姫岬と同じくして振り返ると、見たことのない顔が五人横一列に並んでいた。
物騒な輩は皆似たような格好をしていて、土木作業員のようなダボダボの制服ズボンに胸元まで開いたシャツ、意図的に見せている首元には磁気ネックレスが五つくらい下げられている。
印象的なのはその頭部で、左右の耳たぶには円形のイヤリングが光っており、赤く染められた髪はワックスでバッチバチに固められていた。
髪の色形は違えど五人とも合致率八割越えの風貌で、制服が私立
「初めましてですね。どちら様ですか?」
センターに立つ一番身長の高い男に問いかける。
「ヤバイわよ……この人はマジの人」
姫岬が一歩後退りして小さな声で囁いた。演技ではなく、マジで萎縮しているようだ。
「覚えてないとは言わせないぞ姫岬叶愛。今日は逃さねぇからな」
「
遠足時のような弱々しい覇気のない声を上げる姫岬。うちの高校の生徒ではないのに先輩呼びしているということは、中学の先輩であると考えるのが自然だろう。
「あの日の事忘れたとは言わせねぇ」
「ちょっと僕を置いていかないで貰えますかね? 彼女が何をした──」
「うっせえッ! お前は黙ってろ」
威圧的な覇気で言葉を遮られた。
「僕の彼女のことですから黙ってる訳にはいきません」
堀北という名の不良はチッと舌打ちをして、姫岬にガンを飛ばす。
「俺はそいつに恥かかされた……。三年前の文化祭だ、そいつに俺は辱められたんだ!」
「と言いますと? すみません。それだけでは具体的な話が浮かんでこなくて」
もう少し詳しい話を聞こうと訊き返しても、堀北は口を割ろうとしない。
見るからにカースト上位であろう男が文化祭で辱めを受けるとはなかなか想像に容易くない。
罪のない物静かな生徒がこういう目立とうとする輩に理不尽な辱めを受けさせられるとかならすんなり入ってくる気はするが、逆リンチにでも遭ったのだろうか。
「私が大人数の前で振ったの。よくあるでしょ……告白大会みたいなやつ」
姫岬が斜め後ろに立って、俺だけに聞こえるよう俯きながら呟く。
なるほど。大体の事情は理解できた。
文化祭の余興として行われがちな告白をする場において威勢よく姫岬に告白したはいいが、キッパリ断られたことで見せ物になってしまい、大勢の前で恥を晒す事態に陥ってしまったとか、そんな話だろう。プライドが傷つけられて、「どうしてくれんだ貴様!?」みたいな。
公開告白は成功すれば大いに祝福され、勇気が讃えられる。だが失敗すると大勢の知人の前で赤っ恥を掻き、一部のアンチからは嘲笑われることになる。則ち当時から横暴な態度をとっていたであろう堀北は、軽い仕返しをされた訳だ。要は単なる逆恨みってことだ。
面白半分で企画を通した学校側にも責任はあるだろうし、一概に堀北が完全無欠の悪とも言い難い。が、エントリーするかしないかは自己責任だろうから堀北の逆恨みには変わりない。
「んでお前は皆月碧だよな」
続いて、細く尖った目で俺に視線を飛ばしてくる堀北。
「そうですけど、なんで僕の名前知ってるんですか? 先輩と僕は違う中学ですよね」
「そうだな。俺は三中。その女と同じだ」
「ならどうして。僕はそんなに目立つ存在ではなかったんですけど」
「俺らの情報網舐めんなよ。お前らが前の祭りで一緒にいるところを目撃した奴がいたし、中学の頃から名前だけは聞いたことがあってなあ」
「意外と有名人ですね僕って。他校との交流はゼロと言えるほどの箱入り娘だったのに」
中学の頃を振り返ってみても、他校との交流は部活くらいしかなかったはずだ。他校の生徒と混ざって遊んだこともなければ、そもそも三中には男子のソフトテニス部はなかった。
それでもないのなら、接点が皆目見つからない。
「僕、何かしましたっけ……?」
「お前中二の夏に
知らないし覚えてないし、絵里って誰だよ。
「うちの中学でマドンナって呼ばれてた先輩よ……あなたも大概じゃない」
再び姫岬の補足説明が入った。マドンナなんて言われても、一々告白してきた相手の顔を覚えてはいない。増してや他校の生徒ときたら尚更だ。
「覚えてないんですが、その口ぶりだと絵里って人のこと先輩は好きだったんですか?」
そう訊くと、堀北はグッと拳を握り締めた。
「好きだったさ。好きだったからこそ悔しいんだよ……」
また逆恨みじゃないですか……俺たちにどうしろって言うんですか。
「だからその女をめちゃくちゃにする。いいか皆月、痛い目遭いたくなかったらコイツを置いてどっか行け」
拳や首を骨をポキポキ鳴らして宣戦布告する大将に続き、横の四人も軽いストレッチをし始める。その姿を見て、こめかみから一筋の汗が頬に伝い落ち、散々な堀北に同情しつつ面白がっていた気持ちが、ビリビリッと引き締められた。
あちゃぁー、どうしましょう。リアルにマズい展開になってしまいました。
適当にあしらってバイバイしたかったが、この人数から姫岬を連れて逃げることは難しそうだ。体格差でも人数でも劣る俺たちに勝ち目はないことはバカでもわかるし、人目に付きにくい場所に連行されて、好き放題にされてしまう。なんとか話し合いで解決できたらいいのだが。
「これでも一応姫岬の彼氏なんで、平和的な話し合いで落とし所を見つけませんか。知らない男にベタベタ触られるのはこっちとしても腑に落ちないんで」
初めて披露する彼氏ズラというものに、危機的状況でさえ若干の高揚感を抱いていると、相対する五人の不良共が一度に揃って、ガハハハハハッと湧き上がった。
「お前が姫岬の彼氏? 笑わせるな。コイツは昔から彼氏なんて作らない処女だぞ?」
「だからって僕が彼氏じゃない証拠にはなんないでしょうよ。言い換えると、姫岬は適当に付き合ったりするような尻の軽い女ではないということになりますけど」
「付き合ってるにしては距離が離れすぎなんだよお前達。白潟の祭りでお前らを見たって奴から並んで歩いてるだけで、カップルには見えなかったって聞いたけどな。手すら繋いでなかったようだし。見た感じ今日も継続中らしいが」
白潟の祭りとは俺が天神さんと呼んでいる祭りに違いない。推理するまでもなく、祭りは過去それしか行っていない。
「その理屈だと手繋いだら付き合ってるってことですか? 百歩譲って冬ならわかりますが、季節は夏ですよ。手汗で蒸れて相手に不快感を持たれたら、とか考えたことありますか?」
「咄嗟に思いついた屁理屈並べてんじゃねーぞお前。そういうでっちあげは一回も手を繋いだ経験がない奴が言う台詞なんだよ」
堀北の言葉がグサッと胸に突き刺さる。
本物の恋人とかりそめの恋人の一番の違いは、〝直接相手に触れることが出来るか〟にあるのかもしれない。片手が不自由になるにも関わらず手を繋いだり、身長差で歩き難いにも関わらず頑張って腕を組んでいるペアを今日何組も見てきた。だが彼ら彼女らは紛れもない本物の恋愛関係にある恋人たちで、俺たち偽物の恋愛関係にある者ではない。
だからと言って無理に触れようとはならないし、なって欲しいとも思わない。
だけど今は緊急事態だ。女子の柔肌にガッツリ触れてしまうことになるが、許して貰えるとありがたい。またいつか何か埋め合わせするから、今は黙っていて欲しい。
「手を繋いでいるところを見せれば納得してもらえるんですよね?」
そして俺は姫岬の左手に自身の右手を重ね合わせ、一本一本絡ませるように指を交わらせる。
「初々しいねえ。小学生の初デートかな?」
堀北が安い挑発を投げかけて、隣のモブ共が機械的に嘲笑する。
「まだ納得してもらえませんか……ならケツでも撫でましょうか?」
真っ先に姫岬が反応し、訴えかける視線を送るところが横目に見えたが、取り合う素振りを表さない。本物の恋人同士なら、胸や尻を揉むことくらい朝飯前の行為なんだろう。知らんけど。
「恋人ごっこで出来るならやってみろよ。そんなちっこいケツなんて触る価値もないけどな」
一度は繋いだ手を離して姫岬の右肩に手を回し、俺の体に姫岬の左半身が密着するようにグッと強引に引き寄せる。その時「きゃっ」と、らしくない女子らしい声が姫岬から漏れ、不本意ながらブルブルっと身震してしまった。
「世界中全ての男が大きい尻が好きだと思ってるんですか? マイノリティかもしれませんが、俺はケツも胸も小さい方が好きなんで、この女は百点満点なんですよ」
姫岬が俯いてしまった。女子に対してタブーな体型のことについて触れてしまったせいで相当腹を立てていると予想される。俺に貧乳好きだと言われても、ちっとも嬉しくはないことぐらいわかってるけど、今はこのやり方しか出来ない。なんとか煮え繰り返る怒りを抑えてくれ。
罪悪感を感じながらも右肩から腕に沿ってゆっくりと手を下ろしてゆき、五人からは見えない死角で姫岬の脇腹を軽くつねってみる。
「ほら、触り心地なんて堪りませんから」
「ちょっと!? 何なのいきなりっ」
つねった部分を引っ込ませるところを見て、俺が本当に尻を触ったと思ったのだろう、西徳不良の五人の目が姫岬の下半身に集まる。
本能に忠実な人間で助かった。それを見て俺はボソボソっと姫岬の耳元で呟く。
「
姫岬は「えっ!?」と訊き返してきたが、丁寧に説明している余裕はない。
「その女をお前だけのものにするのは勿体なさすぎる。俺たちとシェアしないか? お前にももっとデカい女紹介してやるから」
とことんクズだなコイツ。すこし色っぽい仕草見せただけで掌返してきやがって……。
「さっきも言いましたが、僕は貧乳が好きなんで結構ですよ。それにあなた達のような汚れた人種に彼女を触ってほしくないので、僕には何のメリットもありません。あなた方が触った女性にも触りたくないので」
真正面から侮辱する発言に、堀北だけでなくモブ全員まとめて血相を変える。
「ああッ!? ぁんだとコラァッ!」
「殺されテェのかオメェ!」
「堀北さんやっちゃいましょうッ!」
堀北以外の四人が俺と姫岬と同学年以下だと気づいたところで、俺は堀北の斜め後ろの有象無象に向かって手を振り、声を張り上げる。
「高堂先生ー! 助けてくださーっい!」
マズイっ、と危機感知センサーが反応したのか、光速で背後に振り返った西徳不良五兄弟。
掛かったな脳筋ども、先生なんているはずもないのに。
「よし、今だッ」
姫岬の折れそうな細い手首を掴んで、後ろの人混みへスタートダッシュを決める。
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