第20話 発覚2

 フランクフルトがりんご飴に変化を遂げ、ようやく口が止まった姫岬とゆっくり今後の方針でも練ろうと目論んでいたとき、俺は新たな面倒事に直面していた。

「皆月くぅ〜ん、部活サボってデートでもしてんのぉ?」

 久々のウザ絡みしてきたのは女子ソフトテニス部の浅川胡跳だった。

 浅川も伊織同様学校帰りのようで、涼しそうな夏服の制服姿。数メートル先で同部の三年生の先輩が二人、上品に手を振っている。顔見知りの先輩ということもあり俺と浅川を二人にして面白がっているのだろうが、こちらとしては珠璃の件もあって内心ビクビクなのに、気楽なものだ。

「まあそんな感じだな。だから浅川、邪魔しないでくれよ?」

 すると浅川はビクッと体を震わせる。

「え!? マジ?」

「ああ、マジだ。紹介しよう。こちらが俺の自慢のかの……」

 前回の失敗を踏まえて、まず姫岬を紹介しようとした。だが不意に、浅川と初めて話した頃のことが脳裏を過った。確か浅川は姫岬のことを中学の頃からライバル視していて、あまり良好な関係ではなかったような……。てなると、二人を接触させる行為は、混ぜるな危険のはず。

 だが俺の心配は空振りに終わった。

 良い意味で空振り。野球で喩えると、空振りしたおかげで一塁ランナーの盗塁が成功した感じ。

「あら、あなたは浅川さんかしら。お久しぶり」

「って姫岬さんッ、どうしてここに!?」

 親密な雰囲気ではないが、二人の間にギクシャクした空気は漂っていない。

「私だってお祭りくらい来るわ。順位が良いからって勉強ばかりしてると決めつけないでね?」

「決めつけてないですぅ。あとムカつくから自分で順位が良いとか言わないで貰えますかぁ?」

 お互い嫌味ったらしい口調だけど、むしろ仲良いのだろうか?

「私順位良いわよね? ね、皆月くん?」

 一学期期末試験では姫岬が四位で、俺が七位。二人して七組男女の最高順位を獲得することが出来た。皮肉なことに、付き合っている作戦の副産物が先に現れたのだ。

 四位という素晴らしい順位なら、いくら謙虚に言葉を選んでも良い順位と言えるだろう。

「え? まあそうだな」

「皆月くん……って二人は知り合いなの? てか付き合ってるの!?」

 浅川は空に飛んでしまいそうな勢いで体を伸ばし、驚きを体現する。

「つい最近からだけどな」

「ホントなのッ!? ねえ姫岬さん!」

 普段から大きな目を見開き、いつになく鬼気迫る面持ちの浅川。

 てかまたか。俺と姫岬が付き合ってることを知らなかったのは。

予想はしていたが、伊織に限ったことではなかったようだ。もう誰にも認知されていないことは確定的で、結局俺たちは四ヶ月間毎週土曜日に恋人ごっこをしていただけらしい。

「本当よ。この男がどうしてもって言うから仕方なくだけど」

 もっと棘を落とした言い方は出来ないんですかね? このヒロインは。

 それでも半分は正しいから、強く否定させてもらえないことがむず痒い。

「そうなんだ……でもそういうことはすぐ教えてよ。ね、皆月くん?」

 俺の顔を見上げて、浅川はあざとくニコッと笑う。

 程よく見慣れた浅川の笑顔が今だけは少し違うように映った。的確な表現が見つからないが、違和感があったというか透き通っていたというか。

「悪い。けど伊織にも言ってなかったから」

 浅川は「そういう意味じゃないんだけど!」と、頬をムッと膨らませる。

 自分を可愛いと自覚していないと出来ない顔で、これぞ浅川という表情。

「まあいいや。姫岬さんが調子乗ってるのは癪だけど、皆月くんに免じて見逃してあげる! じゃあまた新学期。もちろん皆月くんだよ!」

 リュックに付けた人形を豪快に振り回して、先輩たちがいる方向へ走って行く。

 浅川は姫岬をどのような理由でライバル視していたのだろう。最後去り際に「もちろん皆月くんだよ」と、俺限定にした辺りかなり因縁が深そうに窺える。

「まったく騒がしい人ね。さっきの少年と同じ精神年齢をしてるんじゃないかしら」

 走り去る浅川の背中を見つめつつ、両手にりんご飴と綿菓子を持った姫岬が呆れている。

「お前ら仲良いのか? 随分気が合ってたように見えたけど」

「はあ!? どうして!? そんなの有り得ないわ! 犬猿の仲より犬猿の仲よ!」

 早口も早口で否定された。犬猿の仲より犬猿の仲とは桁違いに仲が悪いって意味だろうけど、本当に犬猿の仲ならそんなこと言えないはずだ。手は出さないトムとジェリーって所だろうか。

「中学の頃から何一つ変わってないわ。あの娘」

「何があったの? 浅川とは一年以上の仲だけど、これという難点はないと思うんだが」

 パッと言葉にできる難点というか短所は、学力が低いところくらい。学力が低いだけでは他人に迷惑をかけないし、姫岬と険悪な仲になる理由には普通なり得ない。

「聞いて驚くわよ。あの子自分より私の方がモテるからって戦争を申し込んできたのよ。そこまではよくある話だから良いのだけど、告白された人数で私が勝った後も執拗にライバル視してきて、すれ違いざまに睨んできたりしてきたの。思い出すだけで腹立ってくるわ……」

 聞き手からしたら面白い話だが相当に苛立っているようで、眉間に皺を寄せて両手も小刻みに振動している。てかあなたは戦争をよくしてたの……?

「それは災難だったな。でも去年はほとんどの男子に好かれてけどな、あいつ」

「猫を被ってるからに決まってるじゃない! すぐ男は騙されるから浅はかなのよね」

 確かにその通りだが、猫被ってない嫌な奴より猫被ってる良い奴の方が好印象に決まってる。

 なんなら姫岬も、初対面相手では猫を被るべきだ。

 極端に好かれようとする浅川、極端に人との接触を拒もうとする姫岬。

磁石のN極とS極のように、両極端の存在としてお互いに弾きあっているのかもしれない。

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